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2009/09/23

たまには時事ネタ(56) 止んだダム工事

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現在進行形の歴史に翻弄され続けている温泉街まで、
実家の車を借りて丸1日がかりで、ドライブしてきた。

ちょっとした社会勉強も兼ねての遠出というワケだが、
連休中とあって高速道路は慢性的な渋滞が断続的に続き、
現地近くの温泉街を結ぶ道路もまた渋滞、そして目指す
「広報館」の駐車場も満杯と、さすがに大変だったな。
もっと奥にある温泉街やリゾート地へ向かう途中の車が、
ついでに立ち寄ったりするのだろう。なんとか入れた。

今後どうなるのか知らないが、どうしたものかねと、
広報館の中に展示されている計画模型を眺めつつ
他の観光客と、少し言葉を交わしたのであった。

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現地には近く新政権の閣僚が訪れる予定だというのだが、
陥ちた旧藩の城の明け渡しの儀に薩長軍が臨んだ如く
肩を怒らせ意気揚々と来ちゃったりしたら、嫌だなあ。

もし、あのときのように、旧弊一掃とばかり多くの政策を
詳細に吟味するコトなく無造作に切り捨てるのであれば、
日本人の政治感覚は基本的に変わってないってこった。

革新勢力が、「古いから悪い」と判断しているかのように
受け取られるような政策を採ってばかりであるならば、
保守派とは絶対に協調するコトができないと思うのだ。

決して迎合する必要はないが、議論の余地無しとするのも愚。
そのためには互いに敵意を剥き出しにせず対話を重ねるべき。
相手に敵意と受け取られるような言動も、また避けるべき。

それでも幸なのか不幸なのか日本人てのは不思議なほどに、
国を二分するほど強烈な対立構図が長続きしない、のである。
要するに大勢に迎合する性質が強いというコトかもしれんが。

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