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2009年9月

2009.09.30

保っ守のキモチ

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そういえば余談だが、社会の中流という自覚を持ち、かつ、
ちょい知識人になったりすると、古今東西左右問わずヒトは
うっかり排他的な感覚に陥りがちな気がしていたりする。

どうもヒトという生物のは偉くなったと思い込めば、
他を見下したくなる性質が備わっているらしいのだけど、
その価値観が他からは妙に好かれぬのもまたヒトの常。

しかしどちらかというと保守本流というヤツは、
いわゆる「高貴な義務」的なスタンスだとか、
あるいは老子の示す上善を目指すものではないかな。

いささか強引な比喩かもしれないが、たとえば水のような、
あるいは空気のような、要するに本質は何ら変わらないものの
状況に応じて柔軟に姿を変える、そんな存在ではないかと。

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ていうか上下を云々する文脈において、
右だ左だと言って単純化してるようでは、
アレなのだと思うけれども、ひとまず。

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2009.09.29

たまには時事ネタ(57) 過去の実績と失敗とを相殺せんとす?

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新たな与党になった連中も、新たに野党となった連中も、
選挙の結果として大きな変革を求められている点は同じ。
そして多くの人々も、適応が必要そうな社会情勢である。

たとえば悪弊をなくすよう常に心掛けるようにしたり、
新たな環境に適した習慣を身に付けようとしたり、ときには
過去の時代には良かったコトを改めたり、せねばなるまい。

体質改善というのは、
個人でさえ難しいものだ。
組織はなお大変であろう。

新しいコトを実際に試みて、「あ、こんなもんでもいいのか」
てな経験を繰り返しつつ学んで行動して身に付けていくのである。
そんな感じで、気の長い取り組みが必要になりそうだ。

最初は苦痛ばかりで効果を実感できないものだけど、
少しずつ変化の兆しが見えてきて、気付いた頃には
大きく変わったのだと実感できるようになれば成功。

まあ、もし環境の変化に適応しきれなかったとすれば、
おそらく誰も気付かぬうちに没落していって消えるのだろうが。
そんな末路を辿らず済んだなら、悪くなかったというワケだ。

--
ただ、その新しいコトへの挑戦というのが、
たいていは内側から自発的にではなくて、
外からの圧力で必然的に行われるのはヒトの常。

そういう意味では、全力を尽くしたものの死なぬ程度に
大敗する、というような経験も、長期的に見れば必ずしも
悪くないコトなのかとも思う(為にするのでなければ)。

スランプというより仕事の途絶えた時期を経て
幸運にも少し盛り返しつつあるような現状だから、
そんな感じに思えるのかもしれないが。

いずれにせよ今のトコロは、できるコトから
着実に固めていって、それから先を目指していく、
そんな地道な生活が当面は続いていくのであろう。

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2009.09.28

自称逸般塵の不通の日記(118) 3人寄れば何やら不穏?

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日頃は個人で仕事をしているコトが多いので、
本格的な共同作業は、今一つ得意ではない、
そんな実感しつつ進めている今回の仕事。

急ぎの、大きめの仕事だったので、いずれも
同種の業務の経験者や専業者3人でチームを組んだ。
詳細は端折るが、2人の作業の後を受け持つ形だった。

そんなワケで昨日も書いた通りの待ち時間が発生。
前段階の仲間の仕事を待つため迂闊に集中を切らす
コトもできず、消費エネルギーも多くなって腹も減る。

食って、メールチェックしても動きがないので寝て、
起きても動きがないのでシャワー浴びて買い出しに出て、
帰ってきてもなお動きがなくてまた食って、の繰り返し。

手が動き出すまでの段階に最も時間を要する頭脳労働。
ましてやそれを3人で分けている。遅延も3人分となるか。
いやはや、共同作業の難しさよ。

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2009.09.27

自称逸般塵の不通の日記(117) 仕事の狭間で

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何日か仕事やら遠出、外泊の日々が続いて
忙しくしていた直後に、ふっと空いた時間。
急ぎ仕事の最中なのだけど仲間の作業待ち
に入って、中途半端な心理状態にあった。

実際には後続する作業が別にあって、先に
そちらを進めておくコトは可能なのだけど、
作業の切り替えさえも難しいタイミングで、
少しボンヤリしながら待っていたのである。

時間の流れが妙に遅く感じられる瞬間。

昼間の残暑が部屋に残り、身体も冷めない。
こういうとき上手にクールダウンできると
調子を維持するのには良いのかもしれんが、
まだまだ、そこまでの制御は難しいようだ。

……いや、暇な数カ月の後の多忙な数週間。
そこに心身が慣れていないだけかもしれん。

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2009.09.26

救慌食考

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そいえば曼珠沙華は救慌食でもあったコトを思い出した。
鱗片を持った球根が地下にあり、そこが食えるという。
秋には葉を出さず花だけ咲くので目立つ。それで
目星をつけておいて飢餓の春に掘り出して食うらしい。

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一般的にみて、調理に手間が掛かる、あまり美味でない、
住居近くや田畑の畦などに放っておけば勝手に殖える、
それからおそらくは通常の作物と拮抗しない性質――。
救慌食とされるのは、そういった条件を満たす植物だ。

生育に関する条件は当然のコトだろうけど、
食材としての条件は興味深いトコロである。
理由を思いつくまま並べ立ててみた。

一家のみの飢餓状態ならともかく広域の飢饉となれば、
容易に食えるモノなど盗まれてしまう危険が高い。
何日もアク抜きをしないと不味くて食えないとか、
アクを抜いてもなお不味いような食材であれば、
多少なりとも盗難を逃れ得るかもしれない。

また逆に、家族総出で下拵えに取り掛かっているならば、
他所の家のものを盗みに出る余裕もなくなるのではないか。

また、たとえば晩稲への過度の依存が飢饉を悪化させるなど、
半ば人災の側面を持つ状況下においては、ひょっとしたら
その不味さが教訓として人々の身に染みるかもしれない。

もとより食材として使いやすく美味なものであるならば
生育条件からみて通常の作物となっていたコトだろうな。

普段は誰も食物として必要とせず欲せず、花しか見ないが、
それでも彼岸の頃には、収穫を無事に終えた者たちには
目を楽しませ、そうでなかった者たちには安堵を与える。

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2009.09.25

そのはしわたれず

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深い谷間を縫うようにして国道と鉄道が併走してゆく。
途中から徐々に工事現場が増えてくるように思われる。
ダムや湖を回避する新たなルートを作っているのだろう。

工事区間が一段落した先には、狭い峡谷の区間が続く。
渋滞でノロノロ進んでいたので周囲の景色を眺める余裕
はあったが、駐車場探しに一苦労しそうな気配でもある。

峡谷の終わるあたりが件のダム本体の建設予定地らしい。
風光明媚な峡谷を残す目的もあって、当初の計画よりも
谷の奥へと、その建設予定地は移されたとのことである。

予定地の手前、峡谷散策路へ通じる小さな駐車場の前を
通り掛かったとき、偶然、そこを出る車が目の前にいた。
咄嗟に、その車に道を譲り、空いた場所へ車を入れる。

駐車場周辺を少し散策してみればまさに深く狭い谷間。
春には花が、夏には涼感が、秋には紅葉が楽しめよう。
そして、これだけ深く狭い谷ならダムの効果も高かろう。

国道沿いに少し歩くと本体工事予定地の看板があった。
ここから上流の峡谷を最大限に活用する規模らしい。
水没する区間も長く、ダム湖の規模も大きなものだ。

眼下の谷底を見下ろし、左右に連なる稜線を見上げて、
改めてその規模を実感する。なにせ看板の立つ国道も、
少し上を走る線路も、堤体の中腹に入ってしまうのだ。

付替ルートを遠くから作らねば高低差に対処できない。
通りすがり目にした大掛かりなループ橋は、まさに
短い区間で大きな高低差を稼ぐのに役立つものである。

いったん駐車場へ戻り、再び渋滞に入り込んで先へ行く。
水没予定となっている温泉街や周辺では空き地が目立つ。
石垣で造成された四角い空き地に曼珠沙華が咲いていた。

かつてそこに暮らしていた人々の生活は、もはや痕跡。

上下流を峡谷に挟まれ、わずかに広がる川沿いの平地。
ヒトは、そういう場所に安住の地を求める傾向がある。
建物が失せ原地形が見えた姿をみて、改めて認識する。

旧温泉街の先は再び峡谷になる。こちらは水没予定だが。
険しい谷に、昔はさぞかし交通に苦労したことだろう。
その不便を解消した道もまた、沈むかもしれぬ運命。

どうにか入れた広報館の駐車場からは、湖面上に架かる
予定の橋が、まさに工事途中の状態として、一望できる。
あの橋脚の高さが、ダム湖の深さを示しているワケだ。

国道の下には、まさに収穫を迎えた小さな水田があった。
この地に生まれ育った人たちの原風景に侵入した、橋脚。
それは、あまりに巨大で、容易には排除できそうにない。

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2009.09.24

自称逸般塵の不通の日記(116) 秋の夕陽に照る川面と路

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この連休中の2日ほどは実家にいたので、
ついでに近所へ少し散歩に出てみた。

今の実家は住宅街だが、西へ5分も歩けば田園風景が広がる。
どこまでも住宅街が続く、都内の自宅の近所とは全く違う。

周囲は収穫期を迎えた水田。刈り取りのパッチワーク。
この時期特有の籾殻や藁灰の匂いを嗅ぐのは久し振りだ。

昔の実家は一面の水田の中にあったので、これが日常だった。
出たくなったのは、そんな秋の匂いに誘われたという理由も。

そのまま西へ西へと、夕陽を追いかけて歩いて行く。
この水田の中を西へ行けば川があって土手がある。

小一時間かけて土手まで行って、帰ろうと考えた。
日中に少し仕事をしてから出たので、間もなく日没。

日没寸前の斜めの光線が風景を柔らかく包み込んでいる。
茜色の西の空から、群青色の東の空まで、広がる色彩。

うっかり高圧線の鉄塔を広角や魚眼で見上げたりして、
いろいろレンズ交換してる間に日が落ちてしまった。

秋の夕日は文字通りの釣瓶落としだと実感した瞬間。
秩父の山並みに沈む夕陽を捉え損なったが、まあいい。

土手の上の木々や通行人が残照の空にシルエットとなる。
空のグラデーションは圧縮されつつも天頂から西に残る。

土手の上のベンチには、夕陽を肴に缶ビールを飲んでいる
近所の老人らしき人影があった。たしかに見事な夕焼けだ。

いよいよ残照が山の端に追い詰められる頃、土手を後にした。
これからしばらく、この景色を覚えているコトだろう。

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2009.09.23

たまには時事ネタ(56) 止んだダム工事

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現在進行形の歴史に翻弄され続けている温泉街まで、
実家の車を借りて丸1日がかりで、ドライブしてきた。

ちょっとした社会勉強も兼ねての遠出というワケだが、
連休中とあって高速道路は慢性的な渋滞が断続的に続き、
現地近くの温泉街を結ぶ道路もまた渋滞、そして目指す
「広報館」の駐車場も満杯と、さすがに大変だったな。
もっと奥にある温泉街やリゾート地へ向かう途中の車が、
ついでに立ち寄ったりするのだろう。なんとか入れた。

今後どうなるのか知らないが、どうしたものかねと、
広報館の中に展示されている計画模型を眺めつつ
他の観光客と、少し言葉を交わしたのであった。

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現地には近く新政権の閣僚が訪れる予定だというのだが、
陥ちた旧藩の城の明け渡しの儀に薩長軍が臨んだ如く
肩を怒らせ意気揚々と来ちゃったりしたら、嫌だなあ。

もし、あのときのように、旧弊一掃とばかり多くの政策を
詳細に吟味するコトなく無造作に切り捨てるのであれば、
日本人の政治感覚は基本的に変わってないってこった。

革新勢力が、「古いから悪い」と判断しているかのように
受け取られるような政策を採ってばかりであるならば、
保守派とは絶対に協調するコトができないと思うのだ。

決して迎合する必要はないが、議論の余地無しとするのも愚。
そのためには互いに敵意を剥き出しにせず対話を重ねるべき。
相手に敵意と受け取られるような言動も、また避けるべき。

それでも幸なのか不幸なのか日本人てのは不思議なほどに、
国を二分するほど強烈な対立構図が長続きしない、のである。
要するに大勢に迎合する性質が強いというコトかもしれんが。

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2009.09.22

自称逸般塵の不通の日記(115) いくつかのストーリーの断片をオムニバスにつなぎ合わせたような夢を見て目覚めた朝

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急に仕事が増えて途切れなくなったせいか、
少しずつだがアタマも回るようになってきたようだ。

しかし、そんな状態は長続きしないもので、
2週間も仕事にばかり追われていれば疲れてしまう。

だから少しくらい逃避したくもなるワケで。
目先の仕事と格闘しつつも出歩くコトばかり考える。

そういえば彼岸、曼珠沙華の季節だなとか、
収穫を迎えた水田を歩き回りたいなとか、てな具合。

まだ仕事は延々続いて終わらないのだけど、
今日は一区切りついたあたりで散歩に出てみようか。

だいたい、続き物の夢を見るときってのは、
あれやこれやと思うトコロがあるからなのであって。

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2009.09.21

風はいつも強く吹いているワケじゃなくて止んだりもする

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とても変化に富んだ暮らしというか、毎日がリスクの中にいる、
日々是冒険、それが自営業。

風向きや天候に応じて動けるときに動き休めるときに休む、
そんな柔軟さが生きる上で欠かせない。

要するに、根本的には太古からの野生動物の生活と、
ほとんど違いはないってトコロなのだろうな。

だいたいアタマじゃ分かってるのだけども、
あまりに長く逆風が続いたりすると、さすがに疲れる。

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2009.09.20

理系用語で読み解く社会(58) 従属栄養社会

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ヒトは生きるために食わねばならん。

当然のコトなのだけど、これがまた大変なコトで、
たとえば充分な耕地を確保して不作にならぬよう
気を配って作物を育て続けたり、広大な牧草地で
多数の家畜とともに24時間365日の生活を続けたり、
あるいは漁場に通い続けたりするのでない限りは、
たいていは、誰かが作った栄養を口に入れるため
その対価として金銭を稼いだりしなきゃいけない。
だもんだから仕事が途切れれば生きるコトも困難。
といっても社会に余剰な食料の生産があって貨幣
経済が順調に巡っていなければ、そもそも食物を
生産せず生活していくコトなど不可能なのだけど。

いや、そっちの話題じゃなかったな。

口に入れた栄養は身体を構成する物質を置換する。
油脂、特に香気成分の強いものは体臭さえ変える。
エコっぽい名称のダイエット用合成油なんぞでも
(個人的には旨味を感じられないので使わないが)
「腹につきにくい」といっても身体に吸収される
という点については普通の油脂と何ら違いはない。
単にヒトの細胞が栄養として受け入れたがらない、
そんな性質でありながら油脂っぽい性状の物質だ。
脂肪の吸収を抑えるとかいう黒いラベルの特保の
茶なども消費者の抱える身体への課題意識を強く
掻き立てるという点においては同類かもしれんが、
アレは普通(あるいは上質の?)油脂摂取を前提と
している分だけ、まだマシなものだと考えている。
(とはいえ積極的に飲もうとさえ思えないのだが)
ヒトはその身体で脂肪酸さえ合成できないくせに、
油脂を身体の潤滑剤として必要不可欠としている。
だからこそ貧乏している中でも可能な限り本物の
油脂を常に切らさぬよう努力しているのだけれど。

まあ、そんな個人的な考えは、ともかく。

ヒト集団もまた食っていかねば持続していけない。
しかも外部から取り入れたモノによって常に自ら
の構成要素を更新していくという点も動物と同様。
外部環境との関係にしろ内面的な構成要素にしろ、
変化しないってのは生きてないのと同義でもある。
むしろ変化し続けねば生き続けられぬという前提
に立っていなければヒトやヒト集団の生存は困難。

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2009.09.19

自称逸般塵の不通の日記(114) 銀色の遙かな日々

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自宅で、溜まった作業に没頭していた金曜日。

夜になって、ちょっとした買い出しのため近所のCVSまで出てみれば、
店の周辺にいるのは、電話しながらあるいは連れ立って楽しそうに談笑する、
妙に浮わついたテンションの人々ばかりであるコトに気付いた。

理由に気付くまで、暫くの時間を要した。

今のところ非常に貧乏だし、幸か不幸か仕事も山積だし、
その多くが翌週金曜あたりの納期になっているもんだから、
せいぜい「静かな平日」が続くような感覚でいた。

ほとんどの取引先は休みに入るから、電話などで
作業を中断させられる可能性は低いのだ。
今のうちに仕事を捗らせておく必要がある。

そういえば、この連休前に急ぎの仕事を依頼してきた取引先の人が
送ってきたたメールには、こう書いてあったっけ。

> 明日から(世間一般は)連休になってしまいますが,
> どうぞよろしくお願いいたします.

この人も、また静かな平日を過ごすのだそうな。
連休後を笑顔で迎えられるよう、お互い仕事に精を出しましょ。

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2009.09.18

役に立つか苦言かどうかは受け手次第(35) 思考は一生の知恵、検索は一時の恥にもならず

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このブログは“逆SEO”的アプローチで書いているので、
検索結果からアクセスしてくる連中は少ないのだけれども、
一部の名称はそのまま書いているので若干のお客さんがいる。

中でも特定の特急列車の「海側の座席」で検索してくる連中が多い。
おそらくAB/CDどちらが海側かを知りたがっているとは思うのだが、
他の情報を元に類推する楽しみを邪魔せぬよう明記していない。

代わりに海側の座席の眺めがどうだったかを詳しく書いている。

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2009.09.17

偏屈者の取扱説明書?

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底抜けに見えるときはストレスを溜めているときでもあり、
元気なように見えても内実ひどく凹んでいるコトもある。

一見すると沈んでいるように見えるときはまだ平穏。
むしろ妙に意識が冴えている場合すら少なくない。

アタマで分かっているけどできないようなコトは、
他人に言われると余計にできなくなってしまう。

本人が明確に意識した上で積極的に行うのではなく、
むしろ心中の不明瞭な部分の反発力によって主に動く。

理屈で生きる者たちには理解しづらいかもしれないが、
偏屈者の中には偏屈という規範があるワケではない。

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2009.09.16

地上の縺れた矮星は不可視光で輝く

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自ら輝くほどのエネルギーをもたない矮星であっても、
自重で潰れてしまわない程度には圧力を持っている。
だからこそ、その姿を保っていられるのであって……、
自分自身に対しても、もっと優しくあった方がいいのかな。

それほど朗らかな性格でなく、むしろ偏屈者であるという点、
それもコンプレックスの原因の一つではあるろう。
シュヴァルツシルト半径を下回れば
どんな小物だとて自重に潰れる道理。

白っぽいモノは、より白いモノと比較して
はじめて白くないコトが分かる。
逆に言えば、周囲が白くない環境なら、
矮星だって白く見えるってもんだろうさ。

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2009.09.15

自称逸般塵の不通の日記(114) やるべきコトがいろいろある秋

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9月も半ばに差し掛かると、暑さも落ち着いてくる。
上着を着て歩いていても、風さえ吹けば、涼しい。

散歩日和といった感のある日々、出歩く日が増えた。
主に仕事が忙しくなったせいだが、個人的な用事もある。

今夏、仕事が暇な時期には個人的な用事も少なかった。
忙しさというのは、重なってくるものなのかね。

生活が平板であるより緩急がある方が飽きないので、
それ自体は悪くないのだけれども、如何とも。

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2009.09.14

基本的な意味合い

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常に自分で確認する必要があるけど
他人に見られるのは気分の良いものじゃない

固めておかないと崩れやすくて
もし、掬われたりしたら非常に困る

体育会系なら基本中の基本だろうけど
経済学者は目先について語ったりする

「あしもと」とは、
そういうものらしい

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2009.09.13

回文章

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うまく曲がるには事前に減速しないとね。

その場その場で動こうとしたって、
たいてい上手く行かないものだよ。

長期にわたる蓄積だとか、
張り巡らした伏線だとか、
そんな要素も必要だろう。

どのような方向にも動けるように、
常に弛まず気を配り続けなければ。

勝負に臨む前に勝利するのは大変なのだ。

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2009.09.12

多分に気分的な問題なので

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そりゃもうずっと昔から気分屋だもの。
気分的な問題は気分を変えて解決するよ。

気にくわなくても理屈で納得して片付けるコトが
できる連中も友達や仕事仲間の中にいるけれど、

どれだけ理屈つけて考えてみたって
腑に落ちないコトは落ちやしない。

手に着かぬコトは着かぬまま、
焦燥感のようなのが募るばかり。

それでも進めなきゃならないコトについては
そういう気持ちになるように自分を仕向ける。

それなりの時間やコストは必要なのだけれども
ある程度ならコツも分かってきた気がするので、

少しずつ工夫して改良を加えながら
気分を変える方法を使っていくつもり。

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2009.09.11

自称逸般塵の不通の日記(113) 秋らしい空の下で

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もともと多分に気分屋で飽きっぽい性質で、
ずっと職場に縛り付けられていたりすると
こっそり逃避を図ったりするくらいだから、
内と外の両方を行き来する仕事は性に合う。

のだけれどもその性質をそのままに生きて
きたものだから得意不得意の落差も大きい。
特に好きな分野は残念ながら仕事にならず、
たいていの仕事は“少し得意な分野”から。

ときたま妙に不得手な分野の仕事もあって、
かなり苦しんで時間を費やして仕上げても、
先方の評価も良くなかったりするのだけど、
そんなときゃ、そうさ逃げるのさ、散歩に。

如何ともし難い、やるせない気分を連れて。

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2009.09.10

働いて食うサイクル

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半分は自宅、半分は外で、という仕事のスタイルは
生活全般にメリハリがあって悪くないと思っている。
とはいえ、やはり仕事の都合は個人の都合に合わせてくれず
その自宅と外とのバランスが狂う場面も少なくない。

この仕事、時期によって変動が激しいのが難点だ。
閑散期には外に出る機会も激減してしまって都合が良くない。
というワケで、買い物や散歩などの口実をあえて設けては
自発的に外に出るようにしていた。

しかし、やはり仕事で外に出るのとは気分的にも違うもので、
自宅での仕事も、散歩くらいでは思っていた以上に捗らない。
しかも仕事が少なければ金銭的にも苦しくなってくるために、
どうにも懐具合が気掛かりで、楽しみも低減されてしまう。

結局、仕事の少ないときには余計に仕事が遅くなるという
正のフィードバックが働いてしまうような気がしている。
だからせめて、直近の収入には繋がらないまでも、
今後の仕事の幅を広げるような気で、動くのである。

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2009.09.09

自称逸般塵の不通の日記(112) 身体という資本への投資

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急に忙しくなった結果、ここ数日の睡眠時間は
日平均2~3時間にまで減ってしまった。

外で仕事をした後には持ち帰って自宅作業。
昼間の残暑を避けて半徹夜が主体の時期。

しかし予定が朝から入っているものだから、
ちょっと眠ったら起き出さねばならない。

耐乏生活仕様の朝は自宅で簡単な朝食を取る。
その時間も含めて早起きが続いていたのだ。

しかし体力の消耗が激しくなってきたので、
出掛けに朝食を取るようにして時間節約。

要するに時間をカネで買うというワケだな。

昼も、暑い中で動き回ったり頭を使ったりで、
そのための動力源として充分な食事が必要だ。

先日までの仕事が少なかった頃は粗食だったが、
要はロクに動いてなければ省エネというだけ。

というワケで、こう忙しいと、定食など、
ちょっとボリューム大きめのメニューも欲する。

これまた、食費を増大させる要因となる。

そんなワケで、今の仕事が収入に化けるまでは
「借りてでも食う」生活を続ける以外にない。

返済時期も明確にできないような状況でも
貸してくれる友達には、何度も助けられている。

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2009.09.08

理系用語で読み解く社会(57) 情報力学

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情報のポテンシャルの差を生かして、
適切な装置を設ければ位置エネルギーを取り出せる。
情報の流れに介入することで
カネを取り出すことも可能というわけだ。

より効率的にエネルギーを取り出すために
堰止めて適量を流し続けられるようにしたり、
ときには流れを変えて整えて、
大きな落差を作り出すような方法もあるだろう。

誰も知らぬ水源など大したエネルギー量ではない。
組織的に管理運用するのに適したものは、
実は誰もが知っているような規模であるけれど
程良く奥まったトコロにあるようなヤツだ。

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2009.09.07

理系用語で読み解く社会(56) 侵食は進行する

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ちょっとした窪みや岩の亀裂などが河床にあると
水が渦を巻いたり砂礫が入り込むなどした結果
さらに抉られ深く大きな穴ができてゆく。

パイプ内などに生じる浸食作用もまた同様であり
些少な凹凸や接合部など弱いトコロから始まって
大きく進行していくコトが多い。

小さな群より大きな群を好む生物も少なくない。
小さいと外敵により全滅する危険が大きいから。
大きければ少しは生き残れるだろう。

弱いトコロから削れていくのが自然の摂理。
ただしパイプが浸食されたなら交換すれば済む。
弱い部分は使い捨てになる道理。

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2009.09.06

貧すれば、どんどんズルズルと……

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上流のダムが唐突に放水を始めたかと思うくらいの勢いで急激に仕事が増えた。
それ自体は喜ばしいのだけれど、少し困ってもいる。
外に出て人の話を聞いてナンボの商売。
となると交通費や飲食費などで、
出るたびにカネが減る。

ささやかな蓄えなど、ずいぶん昔に尽きた。自営で仕事をするようになって早々に。
それから何年も綱渡りを続けるような生活だったのだけれども、
ここ半年くらいは一段と厳しくなってしまい、
貧乏生活を余儀なくされていた。
要するに、カネがない。

特に今月から来月。耐乏レベルの生活を維持する見通しは立っているものの、
仕事で頻繁に出歩くとなれば当然ながら大きく不足してしまう。
まだ未確定だが出張の打診も受けているのだ。
とはいえナイよりマシではある。
なんとか切り抜けよう。

そういえば昔、一人になったときには「カネがないなら借りてでも食え」などと
嘯いていたのだった。「食わねば仕事も満足に出来ぬ」という理由。
となれば稼ぎも減ってしまい、余計に食えなくなる。
そして悪循環に陥るばかりなのだ、と。
今になって改めて思い出した。

今ある仕事がどれだけ続くかは知らぬが、あるだけ、できるだけ、やってみよう。

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2009.09.05

巣を持たぬ蜘蛛

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涼しくなって読書の量も増えてきた。
(暑さに耐えながらでは捗らないが)

文庫本4冊を一気に読んだ日もある。
目の前をハエトリグモが跳ねてゆく。

あまり動かないので蜘蛛も気にせず
狩り場の一部とでも思っているのか。

立ち止まって触角や肢を手入れする
様子などは何とも可愛らしいものだ。

とはいえうっかり気付かず踏み潰す
ようなコトでもあれば双方とも残念。

カーテンの上を歩いているトコロで
素早く窓を開けて外へと追い出した。

「そこの草ぼうぼうの空き地の方が、
おそらく獲物を捕らえやすいだろう」

そんな言葉をかけた記憶がある。

翌日あたりからいきなり仕事が続く
ようになったのは気のせいだと思う。

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2009.09.04

小人閑居して機能不全

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どこから足を踏み出せばいいのか判らないときや、
踏み入れたものの道に迷い自信を失いかけたときには、

一方の目で目標を見失わぬようにしつつも、
もう片目で足許を探って道を作ってゆく他にない。

だからまずは今、確実にできるコトから手を着けよう。
そこから先、実力と自信を身に付けて、進めていくために。

しばらくして振り返ったときに自分で驚けるくらいに。
向こうに続く長い道程も遠からずと思えるくらいに。

きっとそのくらいになってようやく、
おぼろげながら全体の姿を思い浮かべられるようになる。

どこか遠くに漠然と置いてきた目標というものが。

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こんなベタな詩を書いてしまうくらいに凹んでいたようだ。
仕事がないというのは、それだけ厳しいコトなのだろう。

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2009.09.03

考楽の秋、仕事の秋

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やはり、ある程度は四肢を使っていないと、
思うようにアタマが働いてくれないのだな。

その点、涼しくなってきたのは助かる。
寒冷地仕様の身体なので、動きやすい。

散歩したり、紙とペンで文章を書いたり、
少し増えてきた仕事をしつつ、動こう。

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2009.09.02

自称逸般塵の不通の日記(111) 空肥ゆる秋

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最近、思い出したように魚眼やピンホールを持ち歩くようになった。
ここしばらく機材置場の奥に埋もれていて忘れかけていたのである。

一眼レフの故障でレンジファインダーしか選択肢がなくなったが、
望遠や接写ができない代わりに、できるコトを楽しんでやろうと。

修理ないし代替品調達を急ぎたいトコロではあるけれど、今は困難。
そんな貧乏な身の上を嘆いていても仕方ない。まずは現状の範囲で。

魚眼と針穴を抱えて散歩して、次の仕事に取り掛かる気力を出そう。
特に朝夕、だいぶ涼しくなってきたし、歩き回るには悪くないのだ。

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2009.09.01

たまには時事ネタ(55) 嵐の昼間に

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ずいぶん投票率が高かったな。次回は知らんが。
「二大政党」は議席数が大きく変動したものの、
10議席未満の少数政党は殆ど動かず一安心した。
「どちらか」以外の選択肢は常に残したいから。

未明の開票速報番組の合間には台風情報が入る。
夏から一転して涼しくなり、窓を空けてみれば
雨の降り始め特有の濡れた土埃の混じった匂い。
この匂いを嗅ぐと、室内にいるのを有難く思う。

本能的に感じる安堵感。

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そういえば、雨の匂いには、昔から敏感だった。
といっても雨の降り始めの濃い匂いではなくて、
降り始める前の、かすかな水分の匂いに対して。
雨になる1~2時間ほど前には、おおよそ判った。

以前は仕事で屋外にいる時間が長かったせいで、
そういう感覚には特に鋭くなったのかもしれん。

今は社会の安全網の上にいない状態でいるから、
むしろ違った意味での感覚が鋭くなってるのか。

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