« 役に立つか苦言かどうかは受け手次第(36) 去るものは追えぬのだから来るものは拒むまい | トップページ | 苦手な夏の後だからこそ嬉しいのかもしれないが »

2009.10.05

たまには時事ネタ(58) 鉄の路は蛇

20091005_img_0105ts


旧ARAIC、現JTSBとJR西のニュースを聞いて、
前に読んだ本を思い出した。こんな一節だ。

--
地道な努力が一方では続けられてきたのである。しかし他方では安全への努力を破壊するような傾向があった。事故はエンジンの整備ミスや滑走路接地の上手下手だけで起こるのではない。重要なことは、そういう技術者たちの努力を、全社的にあらゆる分野に拡げてすこしでも危険の芽を摘むようにする体質を作ったかどうかという経営責任の問題ではなかろうか。運航は整備の責任にしようとし、整備は運航の責任に押しつけようとするような体質を払拭しない限り、安全な会社にはなれないだろう。日々の小事故やトラブルの教訓が、なぜ生かされなかったのか。
(柳田邦男「続マッハの恐怖」新潮文庫)
--

ずいぶん昔の本なのだが、このあたりの厳しい指摘は、
往々にして古今東西いずれの組織集団にも当てはまる、
あえていうならヒトに普遍的なものではないかと思う。
残念ながら、事故を完全になくすコトは非常に困難だ。

だからこそ本格的な原因究明の取り組みが欠かせない。
組織ないし個人の、過誤や過失、不作為などといった
責任を追求するのとは別に、事故に至る原因や背景を
他の組織や個人に対して啓発することは、意義がある。

こうした失敗事例を社会全体に共有し、誰もが
生きたノウハウとして取り入れていけるように、
国レベルの組織が責任を持って調査・公開する、

しかも、そのノウハウを抽出していくるためには、
主に懲戒を行う司法組織などから完全分離された、
原因究明のみに特化した独立組織が不可欠である。

そういった考えが、事故調査委員会の背景にある。
日本の事故調は航空機事故の調査からスタートし、
後に鉄道も担当するようになり、今は海難も含む。

ARAICからJTSBへ改組が行われたときの説明では、
米国NTSBほどではないにせよ組織の独立性を高め、
勧告機能などを強化するのが目的だとされている。

しかし、今のところNTSBほどの権限や規模はない。
NTSBの体制が適切かどうかは別にしても、人的な
リソース不足は、未だ埋められないように思える。

活動そのものもアクシデントや重大インシデント
が発生してから行われるのみだし、調査報告書を
発表した後の再評価なども、行われていない様子。

調査対象も現状では狭いように思われてならない。
たとえば自動車事故の大規模なものなども対象に
調査したっていいんじゃないか、とも考えられる。

他にも、不特定多数が利用する乗り物等において、
多くの人々が予想もしなかった重大な事故はある。
遊園地の遊具やビルの昇降機、機械式駐車場など。

いっそ自転車だの自動車だのから果ては宇宙機まで、
とにかく輸送システム全般を対象にアクシデントや
インシデントの調査検討を実施する機関として拡大・
発展させてやればいいんじゃないか、とさえ思える。

いや、もっと発展させたって、いいんじゃないか。
たとえば医療事故に対しても原因究明に特化した
専門の組織を作ろうとする取り組みが進んでいる。

人命に直接関わらなくても、ひょっとしたら金融
危機の原因究明などは、同様に将来へのノウハウ
として役立つのではないか。応用範囲は広いはず。

ここまでくれば、全ての分野を統合してやって、
再発防止を意味するための専門省庁を作っても
良いかもな。ダブルスピークで「失敗庁」とか。

庁くらいの、強い権限を備えた大規模な組織も良かろう。
失敗の原因を究明して社会に還元することは公共の利益。

現状、司法の場を原因究明のため代用するケースもあるが、
そもそも処罰や懲戒を行う司法は、もとより適切ではない。
まして昨今は厳罰化が進んだ上に被害者参加や裁判員制度
などが導入され、むしろ懲戒機能の強化が進んでいる始末。
だとすれば余計、独立した原因究明組織を作るべきだろう。

もちろん懲戒だって、それなりに再発防止には役立つはずだ。
失敗した事象に対し「してはならない」と指摘するのだから。
でも、それだけでなく、逆方向から「した方が安全である」
との指摘が同時に行われるならば、なお良いのではないか。

加えていうなら、司法における被害者参加制度を参考に、
被害者や遺族の感情に配慮した情報提供を積極的に行い、
場合によっては参加させるなどの取り組みも有益だろう。
これもまた、司法にできぬコトを補う機能といえるはず。

|

« 役に立つか苦言かどうかは受け手次第(36) 去るものは追えぬのだから来るものは拒むまい | トップページ | 苦手な夏の後だからこそ嬉しいのかもしれないが »