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2009年10月

2009.10.31

汝、自信を知れ

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「○○のための税金は払えない」
といった発言を、たまに見掛ける
特に、社会保障制度関連の議論を
している文脈の中で、よくある。

社会から切り離されたセカイの中で
自らカネを生み出したのであれば、
それを社会に還元する必要なんて
たしかに全くないだろうけど。

そんなコトができるのなら、ね。

ヒトの脳で理屈付けて考えられる
範囲なんて、せいぜい2手、3手先。
それも非常に単純化したルールの中、
というくらいに範囲は限定的。

たとえば将棋や囲碁などであれば、
経験に基づく取捨選択が働いて、
もっと先まで読めるケースもあるが、
これは理屈を超えた推論システムだ。

無数の要素が入り乱れる世界では、
ほぼ先が見えていないに等しい。
そんな世界の中、「自分の能力で」
達成できた部分がどれだけあるか。

それなのにヒトは、ちょっと苦労
しただけで、得たモノすべてが
自力に依ったかのように思えて
しまうのだから、滑稽ですらある。

「苦労したんだからこれくらい」
とか、つい言いたくなるのだろう。
「貧すれば鈍する」というのは、
まず精神面から来るものらしい。

なにせヒトってのはワガママだ。
だがごく僅かなワガママが集積した
だけでも、無数のヒトがいる世界は
冷酷極まりない存在と化したりする。

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このブログで適当なコトを書いてる
だけの半端者でも、なんとか食って
いけるくらいは仕事があるのだから、
日本の都会というのは、とにかく
恵まれた場なのだというほかない。

仕事が少なくなった昨今、むしろ
そんな意識が強くなっているのは、
やはり半端者ゆえか、とも思う。

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2009.10.30

自称逸般塵の不通の日記(123) 嵩張る老人

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しかしヒトはそもそも生物であるからして、
いずれは年老いて身体も頭脳も弱ってゆく。
すっかり中年に入ってきて、より実感する。
徐々に、身体にガタが来はじめたのである。

そんな話題を、いくつか。

1)
ここしばらくは、足の甲の感覚が変だ。
皮膚の一部の、触覚が失われている。
温度感覚や深部感覚は残っているので、
手で触れたりすると妙な違和感。

たしか少し前、さほど混んでない電車内で
立ち話をしているピンヒールOL2人組がおり、
その一方が揺れでよろけて足の甲を踏み、
他人の足を踏んだコトさえ気付かぬ風で
ひたすら話し続けた、という一件があった。
踏まれたのは安全靴の甲を少し外れた部分、
ちょうど今、皮膚感覚が薄れているあたり。
それが原因だとは考えにくいのだけれども、
ひとまず凶器を持った不注意者には要注意。

違和感を覚えてから半月ほどになるか。
興味深いコトに、少し慣れてきたようだ。
触れてみても、最初の頃にあったような
ピリピリした感触はない。
そして、ゆっくりではあるが、治りつつ
あるような気がし始めた。
触覚のない範囲が、少し狭まってきた。
末梢神経の伝達がどこかで途切れただけ
のコトであり、それを修復中というワケか。

2)
この秋には、身体が冷えやすくなった気もする。
目覚めた直後に身体が冷えて動きにくかったり、
自宅で身体を動かさず仕事を続けていると
次第に冷え込むのを、これまでになく感じる。

今夏は冷房が故障していたし、ひどい貧乏ゆえ
粗食で過ごしたコトもあって、運動量は激減した。
結果として、基礎代謝が落ちたと思われる。
その影響か、腹周りも少し増えた気がしてならぬ。
きっと内臓脂肪が多めについてしまったのだろう。
以前のように食生活を改善して散歩を増やせば、
たぶん多少は減らせると思うのだけれども、
その前に生活再建をせねばならず、暫しの辛抱。

粗食や運動不足で、満腹感空腹感も鈍ったようだ。
これまでのような空腹感はなかなか得られず、
気付けば脳に栄養が足りていない状態となったり、
あるいは逆に、満腹に気付かず飲み過ぎ食い過ぎ
てしまったり、飲食が不安定になってしまった。
先日など、友人宅で飲んでいたとき、おそらく
食い過ぎて消化不良になったのだろう、不意に
意識を失って倒れたコトもあったほどだ。
思わぬトコロで迷惑をかけてしまう結果となり、
申し訳なく思うと同時に、ショックでもあった。

u君が「肝トレしなきゃ」と言っていたっけ。
普段あまり酒を飲まずにいると、たまに大量の
酒を飲んだとき、酔いが回りやすいというのだ。
食生活でも、やはり似たようなものだろう。

3)
そんなワケで、余命20年くらいかなとも思える
くらいに、調子は低下しつつあるのが現状だ。

しかるに今の日本人は驚くほど長寿になった。
たとえば先日、バスに乗ろうとしたら、満員。
普段なら空席が目立つような時間帯なのに。
しかも、乗客のほとんど全員が老人だった。
まあ普段から老人ばかり乗っている路線だが、
それにしても多い。立錐の余地もないくらい。

老人たちは、みな非常に元気そうな様子で、
外を出歩くような格好をして、デイパックを
誰もが背負っている。何かのイベントに参加
した帰りに、揃って同じバスに乗ったようだ。
どこかで一斉に降りるのではなく、途中で
一人二人と降りてゆく。

しかし、同質の集団は、どうも好きになれん。
集団内のコトにばかり目が行ってしまって、
他のコトに注意を払わなくなるのが良くない。
同じバス停から乗り合わせた、小さな子供を
連れた父親など、かなり大変そうであった。
当然、混雑した通路に立っているほかなく、
老人団の一部が降りるたびに、辛うじて
身をよじって通路を空けていたのだけども、
それでも何度か、子供の頭が老人デイパック
に小突かれていたのを目にしている。
当然ながら、ぶつけた側は、それさえ認識
していないワケで、無性に腹が立った。

小学校に入るかどうか、というくらいの
小さな男の子。きっと老人たちの今後の
余命ほども、まだ人生を堪能していない。

その後、出掛けた先で落ち合った友人たちにも、
思わず愚痴ってしまった。
「後期高齢者の詰め合わせ、酷い」

--
たとえ健康診断も受けていない不摂生中年で、
家系の上でも父と叔父が糖尿ゆえ将来的には
同じく内臓疾患のリスクが高いのだけれど、
体質的には団塊世代や、その上の世代にも
似たトコロもあるようなので、連中の生き方を
見ていると、予想以上に長生きした挙句に
身体の各所に不調を抱えて、周囲に迷惑を
かけてしまいかねん、という気もしてくる。

どうせ今後さらに進む老化現象。
アタマもカラダも、使わなければ、より早く老ける。
これから年老いても周囲に迷惑をかけぬよう、
せいぜい使ってやるとしよう。

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2009.10.29

要するに思考の邪魔をするなってコトかもしれないが

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いろいろな機械をみていて、ときたま思うコトがある。
それは主に機械と人間との関わりの問題、といえるか。

人間の感覚や思考を補助してくれるような機械は好きだけれど、
人間の代わりに全部やってしまうような機械は好きになれない。

たとえばカメラの場合、以前にも書いた通り普段の写真撮影は
基本的にマニュアルで、ホワイトバランスも手動選択している。

明るい情景を明るく、暗い情景を暗く写す、というだけのコトでも、
人それぞれでさえ感性の違いがあるのだから機械には任せたくない。

でも、機械が自動で処理する理屈や原理を理解した上で、シーンに
応じた描写を期待してカメラの自動機能を使うのも、悪くなかろう。

実際、仕事絡みの写真を撮影するようなときには、
むしろ積極的にオート機能を使っていたりもする。

仕事で使う写真となると、記録を求めているものだから、
表現意図を前面に押し出すのでなく、無難な写りが必要。

だから、「凝った表現をせず無難に写してくれる」
プログラムオート機能を多用して撮影するワケだ。

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考えたくないとき、というのは誰にでもあること。
別の方向に意識を集中させたいような状況もある。

普段はホモサピエンスだけに考えながら動くけど、
そんな状況だけは、機械の手助けを有難く感じる。

シンプルな道具や工具を使い込んで馴染んだ状態、のように、
頭脳や手の延長線上として扱えるようなものだと、いいよな。

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2009.10.28

散歩で使う「いつもの」ポジション

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マニュアル露出可能なカメラを持ち歩くとき、
「ホームポジション」に合わせる習慣がある。
今は感度ISO200、シャッター速度1/125秒、
絞りF5.6、あたりを基本とするコトが多い。

これは多くの機材で使える平凡な数字であり、
特に標準前後のレンズであれば写りも悪くなく、
被写界深度や動感も肉眼に近い印象が得られ、
日常の散歩写真で頻出の明るさに対応する。

もちろん状況に応じてさまざまに設定を変えて
撮影するワケだが、たいてい「感度を1段下げる」
「絞りを2段開く」など、ホームポジションから
のズレとして露出設定を行うコトが、多い。

もちろん機材によって、設定できる数値の
刻みが1段、1/2段、1/3段と異なってくるし、
また開放絞りやX同調シャッター速度など、
機材に特有の数値も基本として多用している。

また、歩くときの環境に応じて、たとえば
薄暗い並木道を歩くときに絞りをF2.8にする、
晴れた空の下なら感度100を基本にするなど、
シーンに応じてホームポジションも変わる。

それでも、複雑な光の中で瞬時に撮影する場面
でもなければ、それほど大きく外さずにいる。
しかも最近はデジタルだから撮影直後に確認、
再撮影できるようになったので、ほぼ問題ない。

頭脳と身体が蓄積してきた経験と勘による
半自動制御を、機材が補ってくれるワケだ。
完全自動化された機材は使いにくいけど、
この程度の手動制御を許すなら、まあ良い。

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2009.10.27

「顔を探さば穴3つ以上」とも限らないらしい

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個人的に好ましくない変化も一部あったとはいっても、
画像記録を残す、というカメラ本来の機能においては、
デジタルの気楽さもまた、捨てがたいトコロではある。

たとえば「顔」写真。

今や、すっかり趣味の中に組み込まれたテーマだ。
顔っぽい物体や状況を見付けてはネタとして撮り、
友人にメールしたり、ブログに使ったりしている。

銀塩では、このような写真の活用は難しい。
自分でスキャンするか、サービスを頼むか。
よほど気に入った状況だけ撮影し、使った。

その後、デジタル一眼レフより先に、画素数増加や
機能強化で実用域に入ってきた携帯電話のカメラが、
日常的な顔写真撮影に役に立つようになっていった。

撮った顔写真をPCに取り込んでブログに使ったり、
携帯電話から直接メールしたりと、常に持ち歩く
機器だけに、撮影から活用のスタイルも一変した。

そして今は、デジタル一眼レフやデジタルRF機が
散歩の友となり、撮影できるシチュエーションや
表現も幅広くなり、顔写真の質・量とも向上した。

顔写真のスタイルが確立していった裏側に、
以上のような撮影道具の変遷があったのは
間違いないだろうと、今は思っている次第。

道具は道具なりに役割を果たすのみ。
道具を道具なりに使うのはヒトの仕事。
道具が結果を出すのは、ヒトの感覚次第。

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2009.10.26

理系用語で読み解く社会(59) 習練が不要な方向への収斂進化

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「3C」には入らなかったものの日本人はカメラ好きだ。
実際、一眼レフの流行など、何度も繰り返されてきた。
この裾野の広さが、業界を支えているのかもしれない。

流行が繰り返される背景には、新たな技術の投入もあろう。
一眼レフ方式の確立、AEやAFの実用化、そしてデジタル化。
新たな撮影スタイルが登場することで、顧客が増えてゆく。

しかし純粋な光学機器だったカメラは、デジカメになって
“光学機能を備えた家電製品”へと変質、使い方どころか
業界の体質までも、変えていったような気がしてならない。

家電としての低コスト化、コモディティ化、そういった
要素が、近年のカメラを大きく変えてきた、と思うのだ。
その変化が良かったか悪かったかの評価は、ともかくも。

「3C」のひとつであるクルマもまた、モノとしての傾向は
同じ流れのように思われる。構造の簡略化、部品の共通化、
修理でなく交換というメンテナンスの方向性、などなどだ。

かつてクルマといえば高度なスキルを要求する機械だった。
それが運転操作や製造・整備を容易にする方向へ変化して、
今はすっかりコモディティな商品としての地位を確立した。

ハイブリッド、そしてEVへの道筋は、きっとカメラが
デジカメとなった道筋と同様に、クルマという機器を
“自動車としての機能を持つ家電製品”とするだろう。

それが良きにつけ悪しきにつけ、ユーザーを変えていき
業界を変え、社会を変えて、さまざまな変化をもたらす。
それはヒトの欲求という、強い進化圧の影響なのだろう。

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2009.10.25

昔の写真機で見つめてみる

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MF一眼レフ+モードラは2組。一方は往年の最上位機種。
もう一方も兄貴から譲り受けたが当時の中級機だった。

もっと新しいAF一眼レフも何台か持っていたのだけど、
主に仕事用で、デジタル一眼レフの入手後に処分した。

より古い機種を手許に残したのは下取価格が安かった、
というのもあるが、より愛着があったためでもあろう。

端的に言えば質感。いや、撮影したときの手応え、か。
1コマ1コマの撮影にかける意気込みの違いも、あった。

モードラの電池は、使わなくなったときに抜いていた。
単3電池8本。当然ながら、これだけでも相当な重量だ。

ひとまずスピードライトと増設電源から電池を抜いて、
モードラの電池ホルダーに詰め替え電源を入れてみる。

バシャッキュイー

いかにもメカメカしいシャッター音と、巻き上げ音だ。
ほとんど総金属製のボディが、それを重厚に響かせる。

今もたまに使っている50mmの標準レンズを取り付けて
ファインダーを覗けば肉眼に近い倍率で被写体が映る。

フォーカスリングを回せばスプリットイメージが動く。
眼鏡を着用していてもフォーカスを外す心配は少ない。

MF専用機だからこそとは思うのだが、ファインダーの
見やすさは、今のデジタル一眼レフとは別世界の存在。

AF機になり、さらにデジタル化されて、今ではもはや
背面の画面がファインダー代わりになるような時代だ。

一眼レフレックス方式という構造そのものも、今後は
不要になろうとしている、そんな気さえするくらいだ。

この感触が、写真を撮影するという行為だけのために
あったという事実もまた過去の記憶となりかけている。

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2009.10.24

自称逸般塵の不通の日記(122) 古びて色褪せていそうなフィルムを見付けたよ

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先日、シャッター音の話をしたもんだから、
ついつい懐かしくなってしまったのだろう。

数年間アルミトランクに入れたままだった、
古い一眼レフとモードラを引っ張り出した。

するとフィルムが、何本か転がり出てきた。
デジタル機を買ってから、忘れ去っていた。

当時も今と変わらない貧乏生活だったけど、
僅かな余裕を、デジカメに注ぎ込んでいた。

当時は、感剤費を節約したいと考えていた。
だからフィルムを趣味で使わぬように、と。

デジカメを全面的に使うようになって何年、
フィルムの使用期限も、とうに過ぎている。

感剤メーカーが業務縮小してしまった結果、
生産中止になったものなどは現像も困難だ。

フィルムには、それぞれの色彩があるけど、
ナマモノであり、ずっと保管しておけない。

今は、生産中止になった往年のフィルムの
数々が魅せてくれた色合を、思い出すのみ。

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2009.10.23

たまには時事ネタ(59) 数字も語らず、訴えるのみ

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貧困率なんていう指標の調査が行われていたとは知らなかった。
そういう数字を公表する行為は、政府が決して社会の暗部から
目を逸らしているワケではないという姿勢を示すコトにはなろう。

公開された資料を読んでみて興味深く思った点がある。
世帯所得を世帯員数の平方根で割って「等価可処分所得」とし、
その数値をもとに貧困率の算定を行っているのだそうだ。

人数が多ければ多いほど一人あたり所得が少なくても生活しやすい、
という一般論をかなり単純化した計算式ではあるが、とはいえ
大きくハズレているワケでもないだろうと、改めて実感した。

それにしても、このような計算式を用いる以上、単身世帯の増加が
貧困率を押し上げる結果になるであろうコトも、容易に想像できる。
昨今の景気低迷が世帯収入を下げているのも間違いあるまいが。

いずれにせよ、暗部ノイズに紛れてシグナルを見出し難い数字だ。

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2009.10.22

暗部にはノイズが乗りやすいのだけれども

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最近のデジカメは撮影できる感度範囲が拡大されて
ずいぶんと高感度でも利用できるようになってきた。

絞り込んで高速シャッターを切るためというよりは、
暗いトコロでも意図した通りの画像を切り取りたい、
そんな意味合いの高感度性能が欲しいと思っている。

撮影に限ったコトでなく見聞する際の感覚としても。

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2009.10.21

考えたり考えなかったりして書いてる人

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文章の書き方もまた写真撮影と似たトコロがあるように思う。

たとえば画面に入れたくないモノが、どうしても入ってくる
ようなときには、ピントを外してボカしてやるようにしたり。

全体のトーンや彩度、色合いなども、それなりの意図がある。
個人的にはあまり派手でない色彩が好きであるらしい、とか。

こういう文章も、全て緻密に計算しているワケじゃないけど、
それなりには考えつつ書いていて、性格が出てくるのだろう。

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2009.10.20

考えながら歩く人

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1年ほどの間に数人の友達をカメラ趣味に引き込んだ結果、
彼らを連れ歩いて撮影する機会が急激に増えてきた。
また、仲間が企画した散歩に参加するコトも増えた。

皆でカメラを持って歩くようになると、日頃の撮影
スタイルを改めて意識する機会も多くなるのに気付く。
カメラを構える前から撮影を開始しているのだ、と。

歩きつつ、その先にある被写体を見極め背景を意識し、
露出を合わせるなど撮影準備をしつつ接近していって、
持っているレンズの画角が程良い位置で、構えて撮る。

あるいは目の高さだけでなく高く低く視点を変えたり、
あまり見ない方向から対象物を眺める構図にしたり、
そういったトコロも含めて、歩きながら考えている。

同行者や通行人、動物、自転車自動車列車から灯火や雲などの
動き、また空の色の変化を待ってシャッターを切るコトもある。
こんな動きの要素もまた、やはり歩きながら意識している。

構図だって、引き算足し算いろいろあるとはいうものの、
常に意識するよう心掛けている条件は唯一点だけ。
「必要なモノを入れて、邪魔なモノを入れない」

ときには予想外のモノが入ってしまったりするが、
それはそれで、けっこう面白い画になったりもする。
そんな経験もまた、後の撮影の参考に使える。

とはいえ過去の写真を一つひとつ思い返して撮るのでは
なくて、むしろその場その場で漠然と考えてるだけだけど、
状況に応じた主要な要素を意識するための勉強にはなっている。

適当にフラフラ歩いているようにも見えるが、考えてる。
そして、それなりに撮れているとも思う。……一応は。
どこか人生に似たトコロもあるな、とは言いすぎか。

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2009.10.19

気付けば小さな傷も増えて

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先日、レンズにレンズを接いで遊んでいたとき、
ふと机の上にあったガラスのコップを使って
天井の灯りに透かして下から見上げるように撮って、
長らく忘れていた事実を思い出した。

このコップは、ワンカップ日本酒の容器であった。
非常に頑丈で長持ちするもので、10年近く前から
使っているが、当然ながら1つも割れたコトはない。
それが都合6つ、自宅には存在するはず。

約10年前のこと、妻の母方の実家での葬儀の際、
夜を過ごすため隣の酒屋で買った、残りだった。
たしか1ダースくらいあったのが、半分残って
持ち帰るコトになり、その冬の間には飲み干した。

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捨てられるようなものじゃないし、壊すのだって
容易じゃない。もしそう思ったとしても、だが。
持ち帰る間に擦れたラベルを剥がしてキレイに洗い、
ただカタチだけ残して、日常に使っている。

そういうのを、ふとした拍子に思い出したりしつつ。

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2009.10.18

皆老いて同じ穴の狢

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ハナシは逸れたが、身近な他人てのは重要な存在なワケで。
鰥夫暮らし9年と11カ月、その大切さを身に染みて感じる。

ましてや積極的に他人と話をする性質ではないものだし、
自宅仕事も多いので放っておくと引き籠もり化しかねない。

だもんで、ときたま散歩や長話や飲み食いなどに付き合って
くれるような友人たちは、本当に貴重な存在なのである。

そんな気持ちがあるせいであろうか、ついつい同じ趣味に
引きずり込んで、いろいろ連れ回してしまったりするのは。

それでも昔から老けた趣味をしていたせいか、最近になって
同好の士が増えつつあるような気がするから、まあ嬉しい。

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2009.10.17

別に古いからといって偉いワケじゃないのだけれども、昔は偉かった

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カメラを買おうとしている友人を連れ歩いて
中古店を巡っていて、思ったコトがある。

古いカメラの愛好家は、しばしば自分自身で修理したり、
ときには改造まで自力でやってのけたりする。

おそらく、モノに対する強い愛着や執着が、
それほどまでの器用さと根気を発揮させるのだろう。

逆にいえば、ヒトはモノに執着しなくなったら
不器用になるんでないか、という不安も。

かつては品が少なくて大切にされたという面もあろう。
だが年を追うごとに市場全体の品数は増え続けていく。

カメラの場合、古い機材は死に絶えるのではない。
ただ第一線から消え去って、中古の在庫となるのみ。

考えてみれば中古店も数が減ったものだ。
10年前からすると半減してるんじゃないか。

中古カメラ店は常に在庫が増え続けるリスクを負う。
それに耐えられず小さな店は消えていったのか。

ユーザーは増え続ける選択肢に踊らされる一方。
あえて古い機材を使おうとするのは少数派だ。

こうして日本人はモノを大切にしなくなっていく。
モノ作りの日本、も過去のものになるかもしれん。

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2009.10.16

役に立つか苦言かどうかは受け手次第(39) 教えたコトで教えられ

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他人にいろいろと教えつつ、
実はこんなに知っていたのか、
と驚く瞬間があったりする。

カメラ購入の背中押しは何人目か。
そんな友人たちに説明をしていると、
そんな驚きが少なからずあった。

15年以上も独学で覚えてきた
知識や経験の数々が、教える
コトで整理されていくのか。

昔から勉強が苦手だもんで、
体系立った知識に接しても
なかなか身に付かないのだが。

いやはや、たまには教えてみるもんだ。

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2009.10.15

役に立つか苦言かどうかは受け手次第(38) 水を飲みたがっている馬なら水場に連れて行けば飲んでくれるワケで

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もともと本人が「どうにかしなきゃ」とか思っていたり、
徐々に変化の兆しが出てきていたりするようなケースは、
もう一押しが加えられるのを待っている状況ともいえる。

それは本人だけでは難しく、身近な他人が大きく役立つ。
小さなトコロでは個人から、大きな範囲では国や社会も、
しばしば、こんな感じで変化をしているように思われる。

本人や周辺の環境が整う様子を見極めて最後の一押しを
加えれば、小さな力で大きく事態を動かすコトができる。
その瞬間のベクトルを上手に制御すれば、方向性までも。

カメラを買おうとしている友人の背中を押したり、とか。

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2009.10.14

自称逸般塵の不通の日記(121) 自販機の衣替え

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秋から冬にかけては、得意な季節なのだけど、
趣味の街歩きにおいては、いささか不便もある。

冷たい飲料の選択肢が少なくなるのだな。

特に、砂糖とミルクたっぷりの缶コーヒーなどは
脳に糖分を補給するので重宝するが、たいてい熱い。

仕方なく少し早めに買っておいて鞄に入れて歩き、
ぬるくなってきた頃に飲む、というコトになる。

飲む機会を逸して持ち帰る本数が増えるのも冬。

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2009.10.13

自称逸般塵の不通の日記(120) 垣間見るだけでいいや。

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夜の車窓から見えた大型スポーツクラブ。
室内にズラリと並んだ機械の上で
一心不乱に走り続ける人々。

日頃ほとんど走るコトなく、
むしろ気が済むまで歩くばかりの
趣味の持ち主とは正反対の世界がそこに。

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2009.10.12

役に立つか苦言かどうかは受け手次第(37) 都市の歴史も万事塞翁が馬

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出張で地方都市の数々を巡っていて思うのだが、
駅前に出ると既視感を覚える都市は少なくない。
たいてい県庁所在市や中核市にはJR幹線が通じ、
高架となった駅前には広いロータリーや大通り。
ビル群が駅や県庁舎の周囲にズラリと立ち並び、
東京ほどではないが高密度さを印象づけている。

「仙台と大宮は駅前がそっくり」と母は言った。
川越に生まれ育った者には、その感覚も頷ける。
というより川越を離れてようやく気付くのだが、
どこか、他の地方都市とは違った雰囲気がある。
江戸時代から県内有数の商業都市だったものの、
県庁所在地にはならず、JR幹線も通じぬ川越市。

どうやら昔からの商家が、そういうのを好まず、
県庁所在地としての名乗りを上げるコトもなく、
鉄路も独自に敷設していった経緯があるという。
おかげで駅前は、どこか小ぢんまりとしている。
市内の道も、ほとんどは幅が狭く、城下町でも
あったことから、細かく直角に曲がったりする。

だもんで、いささか不便なトコロも少なくない。
結果として経済的な発展から少し遅れてしまい、
半ばタイムカプセルのように古い街並が残った。
むしろそんな様子が近年になって観光地として
注目されているのだから歴史とは皮肉なものだ。
賢いようで抜けていて、でも面白い、そんな街。

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2009.10.11

出張旅行記(27.7) 乗る対象としての鉄

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出張の帰りには、少し後の新幹線を選んだ。
福島での増解結を見てみようと思ったのだ。
ほとんど自動的に行われるのだけど。

いろいろな新幹線車両を眺めつつ数えたが、
JR東の新幹線では、200、400、E1~E4は
一通り乗った記憶がある。

東海道山陽新幹線は、もっと頻繁に乗るので、
0、100、300、500、700、N700まで、それぞれ
ほぼ間違いなく複数回は乗っている。

となると今のトコロまだ乗ってない形式は
現状の営業車両だと800だけになるのかな。
(E5が登場するのも近いとは思うが)

しかし九州新幹線に乗る機会は、
さすがに少ないような気がしてならぬ。
そうそう都合よく出張があるワケでもなし。

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2009.10.10

出張旅行記(27.3) 黄昏の再訪

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過去の仕事の記録を漁ってみれば、
福島市への出張は5年半振りだった。

前回の福島出張から3年間くらいは、
ほとんど毎月のように出張が続いた。

もっと昔の、最初に入った会社でも、
初の出張は福島県。いわき市だった。

最初の会社も遠出する仕事が多く、
主に関東甲信越だが、走り回った。

帰る前、前回と同じく県庁裏手の
阿武隈川沿いを少し歩いてみた。

この景色を眺める機会は、きっと
またいずれあるのだろうと、思う。

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2009.10.09

出張旅行記(27) 片隅だけ、狭い空間

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出張の新幹線。今回は久し振りに東北方面だ。
平日昼間なので混雑する時間帯ではないが、
やっぱり、ちょっと空席が目立つような気がする。

広い関東平野をひたすら北上する路線だけに、
ほとんど平坦な高架の線路が続き、トンネルで
突然の轟音に悩まされるコトも、当面はない。

逆に関東平野の西南端から西進する路線では、
ずっと丘陵地帯が続くもんだから、まったく違う。
久し振りに乗って、改めて実感する次第だ。

乗客の多くは一人連れで、話し声もまばら。
今回は同行者と別々に予約したので別の席。
おかげで今日の仕事の資料を集中して読める。

だがそんな静けさを破るように響く赤子の泣き声。
10分ほども泣いていただろうか、ついに親が
デッキへ抱いて連れ出して、あやしていた。

ずいぶん長く泣き止まないものだと思ったが、
どうも、それなりの理由があったようである。
親子が出ていった後にも話し声がする。

中高年の男が議論し合う、かなり大きな声。
そういえば東京駅ホーム上で、背広男3人
パック詰め(白人入り)を見掛けていたな。

いつものジンクスのカツサンドを食い終わって
空パッケージを捨てに行ったついでに見れば、
各自ノートPCを開いて車中会議をしている。

特に声が大きいのは、真ん中の白髪(日本人)。
日本語訛りの酷い、明らかに不慣れな英語で、
どうにか白人に理解させようと力が入りすぎ。

日本人に比べると白人は声が大きい傾向が
あると思うのだが、この白髪の相手をしている
白人は、まだ割と控えめな音量で喋っている。

しかしいずれにせよ、白人の反対側に座る
四十路男も含め、それなりの声で、途切れる
どころか声に声を重ねるような調子である。

これじゃ、泣かぬ赤子も泣き止まぬだろう。
それにしても、よりによって3人詰めの真後ろ
なんて、席が悪かったとしか言いようがない。

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2009.10.08

つついて藪に帰るかどうかは蛇次第

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他者の視点から見れば
良くないコトを「良くない」
と指摘するのは容易だ。
それこそ子供でもできる。

それで媒体は手を抜ける。
コストも節約できて手軽。
読者視聴者もまた思考
コストを削減できて良い。

ヒトが勝手に思ったように、
世の中が動いてくれると
いう夢の如き世界ならば、
きっと何の問題も生じまい。

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2009.10.07

どっちもあって、いろいろある

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たまには少し違った仕事をしてみると、
マンネリ感が薄れて普段の仕事も捗る、
今回の一連の仕事で、そんな気がした。

「少し違った仕事」の定義は状況次第。
以前は出張に出るだけでも含まれたが、
最近は普通の出張では含まれず、自宅
作業のときに喫茶店に出るコトは含む。

しかしやはり内容の違いは大きな点だ。
今回は普段と違うテーマ、内容の仕事。
もちろん求められる結果も、少し違う。
いつもは使わない部分のアタマを使い、
その影響で他のトコロも進んだようだ。

いや、普段の仕事も全く同じではない。
相手が異なるのだから常に新たな仕事。
ただし類似の内容も少なからずあって、
それゆえマンネリ感に陥るのであろう。

だから今回のように全く新たな仕事が
あると、きっと楽しくなって捗るのだ。
またテンポも変化して滞りにくくなる。

ひょっとしたら気分の問題でもあろう。
同じような仕事と思ってやれば同じで、
違った仕事だと思えば別のものになる、
そういう考え方もできるように思える。

そうすると今後は、マンネリ感に陥る
可能性を減らすためにも、それぞれの
仕事を一つずつユニークな存在として
取り掛かるようにしていけば、少しは
マシな仕事ができるようになるのかも。

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新たな仕事となると不安を抱くような
人も世には少なからず存在すると聞く。

同じコトを続けているからこそできる
ような物事もある、ともいえるだろう。

繰り返しているようにみえても、違い、
違いがあるようにみえても、実は同じ。

だいたい世の中のモノゴトというのは、
そういう感じに動いているのだと思う。

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2009.10.06

苦手な夏の後だからこそ嬉しいのかもしれないが

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年間を通じて最も好きな季節に入りつつある。
前にも書いた通り、ドアの内外を問わず気温は
少し低めの方が性に合っており、これからが
まさに、そんな程良い気温になる季節である。

同時に太陽の高度が低くなって、光の具合も
柔らかな印象になってくるのが、また良い。
実際、過去の写真を見返しせば、低い角度の
光線を使ったカットは、かなりの割合である。

そういえば10月は誕生月。しばしば人間は、
誕生月の頃の季節を好むという俗説もあるが、
個人的には、それもあながち間違いではない。
厳密にいえばもう少し後の季節が好きだけど。

貧乏暇なしの生活は、当面まだ続く見通しだ。
けどこれからの季節、暇を見付けては散歩に
出掛けるなどして、気晴らししつつ過ごせる。
それだけでも、ひとまず歓迎すべきコトだな。

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2009.10.05

たまには時事ネタ(58) 鉄の路は蛇

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旧ARAIC、現JTSBとJR西のニュースを聞いて、
前に読んだ本を思い出した。こんな一節だ。

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地道な努力が一方では続けられてきたのである。しかし他方では安全への努力を破壊するような傾向があった。事故はエンジンの整備ミスや滑走路接地の上手下手だけで起こるのではない。重要なことは、そういう技術者たちの努力を、全社的にあらゆる分野に拡げてすこしでも危険の芽を摘むようにする体質を作ったかどうかという経営責任の問題ではなかろうか。運航は整備の責任にしようとし、整備は運航の責任に押しつけようとするような体質を払拭しない限り、安全な会社にはなれないだろう。日々の小事故やトラブルの教訓が、なぜ生かされなかったのか。
(柳田邦男「続マッハの恐怖」新潮文庫)
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ずいぶん昔の本なのだが、このあたりの厳しい指摘は、
往々にして古今東西いずれの組織集団にも当てはまる、
あえていうならヒトに普遍的なものではないかと思う。
残念ながら、事故を完全になくすコトは非常に困難だ。

だからこそ本格的な原因究明の取り組みが欠かせない。
組織ないし個人の、過誤や過失、不作為などといった
責任を追求するのとは別に、事故に至る原因や背景を
他の組織や個人に対して啓発することは、意義がある。

こうした失敗事例を社会全体に共有し、誰もが
生きたノウハウとして取り入れていけるように、
国レベルの組織が責任を持って調査・公開する、

しかも、そのノウハウを抽出していくるためには、
主に懲戒を行う司法組織などから完全分離された、
原因究明のみに特化した独立組織が不可欠である。

そういった考えが、事故調査委員会の背景にある。
日本の事故調は航空機事故の調査からスタートし、
後に鉄道も担当するようになり、今は海難も含む。

ARAICからJTSBへ改組が行われたときの説明では、
米国NTSBほどではないにせよ組織の独立性を高め、
勧告機能などを強化するのが目的だとされている。

しかし、今のところNTSBほどの権限や規模はない。
NTSBの体制が適切かどうかは別にしても、人的な
リソース不足は、未だ埋められないように思える。

活動そのものもアクシデントや重大インシデント
が発生してから行われるのみだし、調査報告書を
発表した後の再評価なども、行われていない様子。

調査対象も現状では狭いように思われてならない。
たとえば自動車事故の大規模なものなども対象に
調査したっていいんじゃないか、とも考えられる。

他にも、不特定多数が利用する乗り物等において、
多くの人々が予想もしなかった重大な事故はある。
遊園地の遊具やビルの昇降機、機械式駐車場など。

いっそ自転車だの自動車だのから果ては宇宙機まで、
とにかく輸送システム全般を対象にアクシデントや
インシデントの調査検討を実施する機関として拡大・
発展させてやればいいんじゃないか、とさえ思える。

いや、もっと発展させたって、いいんじゃないか。
たとえば医療事故に対しても原因究明に特化した
専門の組織を作ろうとする取り組みが進んでいる。

人命に直接関わらなくても、ひょっとしたら金融
危機の原因究明などは、同様に将来へのノウハウ
として役立つのではないか。応用範囲は広いはず。

ここまでくれば、全ての分野を統合してやって、
再発防止を意味するための専門省庁を作っても
良いかもな。ダブルスピークで「失敗庁」とか。

庁くらいの、強い権限を備えた大規模な組織も良かろう。
失敗の原因を究明して社会に還元することは公共の利益。

現状、司法の場を原因究明のため代用するケースもあるが、
そもそも処罰や懲戒を行う司法は、もとより適切ではない。
まして昨今は厳罰化が進んだ上に被害者参加や裁判員制度
などが導入され、むしろ懲戒機能の強化が進んでいる始末。
だとすれば余計、独立した原因究明組織を作るべきだろう。

もちろん懲戒だって、それなりに再発防止には役立つはずだ。
失敗した事象に対し「してはならない」と指摘するのだから。
でも、それだけでなく、逆方向から「した方が安全である」
との指摘が同時に行われるならば、なお良いのではないか。

加えていうなら、司法における被害者参加制度を参考に、
被害者や遺族の感情に配慮した情報提供を積極的に行い、
場合によっては参加させるなどの取り組みも有益だろう。
これもまた、司法にできぬコトを補う機能といえるはず。

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2009.10.04

役に立つか苦言かどうかは受け手次第(36) 去るものは追えぬのだから来るものは拒むまい

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待ち遠しきものというのは、
とにかく来るまでが長くて、
来てしまえば直ぐ去るもの。

秋とか仕事のきっかけとか。
そんな気がする今こそ大切に、
やっていきたいトコロ。

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2009.10.03

静かな亀らの、音とか

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夏の暑い盛りなどは、エアコン故障中の自宅から逃げ出して
駅前商店街の2階にある静かな喫茶店に逃げ込んだりしていた。
若干の出費ではあるが、適度な気分転換になって、捗る。
なにせ考える時間の長い仕事をしてるものだから、気分が大事。

自宅の最寄り駅周辺は、妙なくらいに喫茶店が多い。
古い店も少なくないし、再開発後にできたらしい店もあるし、
最近になって若い店主が開いた店も、かなり多いようだ。
とはいえ過当競争という風もなく、ほどほどに共存している。

行きつけの喫茶店も、入口が目立たないので客は少なく、
いわゆる「隠れ家的」なタグをつけられそうなトコロだが、
いろいろな情報ルートを通じて客が集まってくるらしい。
最初に知った頃から比べると、ずいぶん客の入りは増えた。

目立つのが単数形の女性。「おひとりさま」というのだっけ?
静かに店に入って、一つ二つ注文して、デジタル一眼レフで
パシャパシャと撮影して、飲み食いして、ケータイを弄って
アンニュイなひととき(?)を過ごして、静かに帰って行く。

そんな静かな喫茶店で、u君と打合わせをしていたときのこと。
「おひとりさま」のシャッター音を背後で聞いたu君、いきなり
「なんだか軽い音だなあ」と言うので、思わず笑ってしまった。
10何年もカメラ趣味を続けている我々には、たしかに違和感がある。

まさに最近の一眼デジカメというのは、そういうユーザーを
想定したもので、小さく軽く携帯しやすく作られているのだ。
最近になって仕事用に買ったヤツも、まあずいぶんと軽くて、
シャッター音も高音が目立ち、どことなく軽い割に余韻が長い。

その昔、我々が使っていたのは当然ながら銀塩一眼レフ。
デジタル時代とは違ってプロ仕様機にも手が届いたものだから、
腕前に比して背伸びをしたような機種を使っていたものだった。
重厚で頑丈なボディを通じて響くシャッター音は、低く短い。

まあ当然、そういうカメラを使っていると機材一式の重量も
相当なものになって、日常的に携帯するには向かなかった。
だから2~3人で計画を練って大量のフィルムや交換レンズを
車に積み込んで遠出して、場所や時間帯を狙って撮影した。

考えてみれば、そういう撮影ドライブに、出掛けなくなった。
仕事が忙しくなったり貧乏になったり、といった理由もあるが、
ひょっとした軽い機材を選ぶようになったという理由もあるか。
散歩に持ち歩けるような手軽なカメラを、普段使いにしたのだ。

ここ数年は、主に手巻きレンジファインダーを使ってきた。
ボディは金属製なのでで最近のデジ一眼よりは重たいが、
フランジバックが短く、薄いレンズをつければ携帯性も高い。
交換レンズも小さなものがほとんど(ズームは存在しないし)。

RF機はミラーの上げ下げでパタパタする音など無縁の存在。
しかも手巻きだからシャッターチャージの際にモーターや
ギアを駆動するような音なども、まったく聞かれない。
かつて使っていたプロ仕様銀塩一眼レフより、さらに短い音。

このおかげでフラッシュの発光音まで気になるようになった。
メカメカしい外見に合わせて古いフラッシュを併用すれば、
「チャ」というシャッター音に重なってフラッシュの光る
ときの「ポン」という音も、はっきり聞き分けられるのだ。

新しいデジタル一眼レフも、薄くはないが軽くて携帯性は良い。
技術の向上で画素数だけでなく撮像感度も格段に高まったから、
撮影条件も広がって、その意味でも散歩撮影に適している。
ただ、いずれ慣れるのかもしれんが、ときたま音が気になる。

狙って撮るような写真だけでなく、散歩写真を撮る場合でも、
いずれにせよ趣味での写真なのだから、やはり気分が大事。

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2009.10.02

そうだ、寒冷地しよう

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いよいよ10月。夜などずいぶん涼しくなってきた。
駅から自宅まで10~15分ほどの道程を歩くのだが、
かなり速度を上げても、あまり汗をかかずに済み、
夏よりずいぶんスピードアップできるのが有難い。

晴れた日中も、もう暑苦しくならず過ごしやすい。
夏よりもずいぶん集中できるようになって有難い。

昔から暑がり汗かきな体質だから、関東あたりの
気候だと半年近くは暑さに耐える日々が続くのだ。

体質から考えれば北海道か、あるいはさらに北の
国にでも暮らしていないと合わないようにも思う
のだけれども、今の仕事では東京あたりでないと
なかなか成り立たない性質だもんで、致し方なく。

しかし……

温暖化というか都市部のヒートアイランド現象が
まだまだ進むんじゃないかという気がしてるので、
今後いつまで東京にいられるかどうかは、不明だ。

何れにせよ今は、冬が待ち遠しいのである。
いや、夏や梅雨でも、蒸し暑さにダレてて
構わないのなら、嫌いじゃないんだけどね。
でも大都会だから南国ペースの生活は無理。

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2009.10.01

自称逸般塵の不通の日記(119) 今年の夏はいつもの夏より長かったようなそんな気がして

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仕事が一段落して、少し仮眠をして、
目覚めたら、身体が冷えていた感触。

雨の日が多くなってきて、ようやく、
秋らしい日々が訪れたのを実感する。

ここ半年あまり続いた仕事の不作も、
なんとか持ち直し始めたような気配。

痛手はこれまでになく大きいもので、
むしろこれから先が長く苦しい戦い。

なんとか無事に冬を乗り越えて次の春を迎えたい。

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