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2009/10/25

昔の写真機で見つめてみる

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MF一眼レフ+モードラは2組。一方は往年の最上位機種。
もう一方も兄貴から譲り受けたが当時の中級機だった。

もっと新しいAF一眼レフも何台か持っていたのだけど、
主に仕事用で、デジタル一眼レフの入手後に処分した。

より古い機種を手許に残したのは下取価格が安かった、
というのもあるが、より愛着があったためでもあろう。

端的に言えば質感。いや、撮影したときの手応え、か。
1コマ1コマの撮影にかける意気込みの違いも、あった。

モードラの電池は、使わなくなったときに抜いていた。
単3電池8本。当然ながら、これだけでも相当な重量だ。

ひとまずスピードライトと増設電源から電池を抜いて、
モードラの電池ホルダーに詰め替え電源を入れてみる。

バシャッキュイー

いかにもメカメカしいシャッター音と、巻き上げ音だ。
ほとんど総金属製のボディが、それを重厚に響かせる。

今もたまに使っている50mmの標準レンズを取り付けて
ファインダーを覗けば肉眼に近い倍率で被写体が映る。

フォーカスリングを回せばスプリットイメージが動く。
眼鏡を着用していてもフォーカスを外す心配は少ない。

MF専用機だからこそとは思うのだが、ファインダーの
見やすさは、今のデジタル一眼レフとは別世界の存在。

AF機になり、さらにデジタル化されて、今ではもはや
背面の画面がファインダー代わりになるような時代だ。

一眼レフレックス方式という構造そのものも、今後は
不要になろうとしている、そんな気さえするくらいだ。

この感触が、写真を撮影するという行為だけのために
あったという事実もまた過去の記憶となりかけている。

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