« たまには時事ネタ(60) むしろ“仕付け”とか思う | トップページ | 軽飛行機でも計器飛行 »

2009.12.16

半生紀(22) 要するに頑固な偏屈者なのだろうけど

20091216_dscf2839_1sqs


そういえば、最近になって思い出したコトがある。
「光と陰とを、写し取りたい」といった考え方は、
写真趣味を始めた頃に念頭に置いていたのだった。

いつしかそれを、すっかり忘れ去っていたのだが、
そういう方向性を半ば無意識に追求してきていて、
現在のスタイルに落ち着いてきたのかもしれない。

といっても「願ったから叶った」とは考えにくい。
もともとの性格がそんな方向性だったものだから、
写真にも現出されるようになっただけではないか。

方向性が当時から大きく変わったワケではなくて、
技術や表現力を身に付けていく過程でもともとの
方向性に沿ったスタイルが固定してきたのだろう。

生き方までもが、おそらく同様に、そうなってた。

その昔、「煮ても焼いても食えないオッサン」に
なりたいと思っていたが、今や炊事は不得手だし、
稼ぎも食うに困る程度の稼ぎだったりするワケで。

「戦いに強くなるより孤独に強くなりたい」との
想いもまた、どうやら現実になってきてしまった
ような気がしてならないあたりも、如何なものか。

むしろ自らの性格に気付いていて、その行く末を
漠然と想像していった内容が、これらの考え方に
表れていて、後で行き着いてしまったに過ぎまい。

もちろん、まだ到達していないように感じられる
想いは幾つもあるが、その一部は昔からの性格に
近い方向性だから、いずれ実現するかもしれない。

迷わず行けば、いつかは分かるような気がするね。

ただし、フラフラと歩くのは「迷い」とは別問題。
多くの人が見落としているようなモノゴトだとか
他の道筋なども、しばしば容易に見出せたりする。

もちろん「広く浅く」などという特性を備えれば
その能力を社会に提供して得られる報酬も薄いし
現代のように分化しきった環境では役立ちにくい。

だもんで世の中を渡っていくのは大変だけれども
他を押しのけてまで渡ろうとすれば弊害も多くて、
誰もが困るような結果になりかねないとは気付く。

直線速度を狙うには不適切ではあるのだけれども、
それゆえに集団から置いてかれたりもするけれど、
決して他人の役に立たぬとは、必ずしも思わない。

--
今の視線の先には、どんなのが見えるかな。

知恵や知識の向上を常に求め続けつつもなお、
それを自らのためにのみ使うコトなくむしろ
自らの道を愚直に歩き続けるようなのがいい。

面倒事など誰だって避けたいものだと思うけど、
それを避けて通れぬような状況に陥ったならば、
むしろ積極的に踏みこんでみてもいいとは思う。

あわよくば表現を通じて人々のモチベーションを
向上させるといった方向性で社会に役立つような、
そんな存在になっていきたいとは、思っているよ。

|

« たまには時事ネタ(60) むしろ“仕付け”とか思う | トップページ | 軽飛行機でも計器飛行 »