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2009/12/06

気分が沈んだときの個人的な対処法

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飽きるまで落ち込んでしまえば、
もう落ち込む気が失せてしまい、
否応なしに元気が出てくるもの。

自身の感情を味わい尽くしておけば他人のココロの動きにも気付きやすくなるし、
苦悩しているのは一人だけじゃない、という事実を理解する機会も得やすい。
――そんなふうにも思っているので、むしろ積極的に入り込んで観察している。

なにせ見たり聞いたり読んだりしただけでは
実感として身に付けるコトのできぬ愚か者だから、
自分自身の体験一つひとつを大切にしたいのだ。

そうやって、自身を含めて多くのヒトを、
ひたすら観察し続けていると、たいていの
コトは「自分だけじゃない」って分かる。

誰だって自分の中では中心にいるし、
誰だって世界の中では端っこにいる。
そんな感じで、ヒトは生きている。

たいていヒトは、苦しいときにこそ主張したがるもの。
だけど誰も彼もが世界の真ん中で叫んでたら、
五月蠅くて迷惑なだけだもんね。

いずれにせよ、「不安や悩みを抱えているのは
自分だけだ」なんて思ったりせず済むのは幸いだ。
僻みや排他性に繋がる思考の、入口にさえ触れない。

それに、忙しいときには悩んでいる暇さえないのだから、
むしろ暇な時期に悩み事が出てくるのは都合良いもので、
人の世の中はよくできていると感心したりするくらい。

今は仕事が厳しく生活が辛く将来にも不安があって、
とにかく大変ではあるけれども、今これを味わって
おけば、もし後に幸せがあれば、より楽しめよう。

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