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2009/12/18

何に勝ちたいかという価値観

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不安を「口に出すのは良くない」という言葉は、
自分に言い聞かせる面だけでなく他人が聞いて
しまう面も含めて警鐘を鳴らしているとも思う。

不安だけを他人に聞かせていたらどうなるかな。
不安を煽るメディアと、不安につけこむ企業と、
不安で強まる司法界と、不安に乗じる政治屋と、
不安が募るあまり思考を短絡させ、視野狭窄に
陥って、余計に不安しか見えなくなる人々……。
それぞれが役割を果たせば不安の連鎖の完成だ。

不安に対して直接の備えをするのは、さしずめ
「万が一に備えて」保険に加入するようなもの。
たしかに保険には保険のメリットがあるけれど、
それに頼りすぎてばかりいては宜しくないのだ。

いくら保険をかけたって不安感は減らないよね?
そういう対象だからこそ保険をかけるものだし。
保険てのは事後にしか役に立たないモノだから。

保険にばかりかまけていれば不安の元凶となる
リスクそのものへの対策が疎かになってしまい、
どんどんリスクが高まっていってしまうだろう。

不安はリスク回避を求める本能に由来した感覚。
不安を感じるというコトは生存本能を刺激する
との意味でもあるけれどヒトは知恵で押し潰す。

不安感は疑心暗鬼に繋がり不信感となって他の
誰をも不審に思えてきて対人関係もまた不振で、
周囲に不穏な空気が漂い不満不平も増してゆく。

そんな感覚に対して無邪気なまま対処しようと
していれば不都合な結果を招いてしまうのでは?
不適切な対応は不安定を招き不安感を拡大する。

戦いに勝つとは即ち相手を負かすコトであるが、
その戦いとなるのを回避できなくなった時点で
不安には負けてしまっているんじゃないだろか。

他者とは、勝負なんかより共存を望みたい。
でないと孤独になんて、勝てやしないから。
社会性動物であるヒトにとって最大の不安、
それは間違いなく孤独あるいは孤立だろう。
コイツにだけは、負けたくないものだよな。

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