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2010/02/13

試小説(6.4) 赫たる夜の秘めたる騒動の後のまつり「三.如何にしても贖えぬ」

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石上の里には、十二年を経てもなお、喪に服したかの如く異様な静けさが満ちていた。
あの騒ぎの渦中で命を落とした若き鋭才当主、中納言石上麻呂。その損失は一族にとって非常に大きなものであった。跡を継いだ新たな当主は、未だに能力や経験の不足が指摘されている。麻呂とともに失われた石上の一族の政治的な影響力は、今も回復できていない。癒えぬ悲しみ、取り戻せない損失。石上の里は二つの意味で痛手を蒙ったのだった。

その悲しみの中心地、石上の館の裏山に、一族の歴代主要人物の墓地がある。その中で最も新しい塚が、麻呂の奥津城だ。今回の取材相手との交渉は難航したが、ひとまずここで落ち合う約束を取り付けることができた。待ち合わせ予定より一刻ほど早く到着したのは、まず麻呂の墓を拝し、その様子を目に焼き付けておきたかったから。
夜明け前、曙光に柔らかく照らされた祭壇の前に立ち、礼をして見上げれば、塚は今まさに造営されたばかりなのではないかと思えるほど、きれいに整えられている。丸石を表面に敷き並べた丸い椀型の塚には草一本もなく、手前にある石造りの祭壇も苔ひとつない。塚を囲む低い板塀も、こまめに作り直されているようで新しい雰囲気だし、塚までの参道も落ち葉ひとつなく、厚く玉砂利が敷かれ地面など見えるようなところはない。

と、昇り始めた朝の太陽を背に、一人の男がやってきた。
質素な身形に清掃用具を携えた、初老の男。姿勢正しく、静かに玉砂利を踏みしめ歩いてくる。彼は私の存在に気付くと、あまり驚く様子もなく、目礼して話し掛けてきた。その落ち着いた表情には、どことなく風化しかけた悲しみが刻まれているように思える。
「失礼ながら、都に残っている友人から、あなたが若くして奥様を亡くされたと聞きましてね。……正直に言えば、今でもあまり当時のことをお話ししたくはないのですが、それでようやく取材を受ける気になったのですよ」
麻呂の墓を清め、その霊を慰めるのが、彼の日課である。
「こんなに早くおいでになるとは思っていませんでしたのでね、まずは失礼して、先にお詣りをさせてください」
挨拶もそこそこに、慣れた手つきで手際よく、しかし恭しく、男は大きな墳墓の清掃を始めた。その様子はおそらく、生前の麻呂に接していた頃と、いささかも違うまい。

この男ノワケは、中納言石上麻呂より十ほど年上で、麻呂が幼少の頃から片時も離れず身辺に付き従っていた忠実な従者だった。
多くの貴族の従者や下僕がそうであるように、ノワケもまた、石上の里において石上一族に仕え続けてきた民の出身だ。そして若い頃、その能力を買われて抜擢された。麻呂が幼い頃には専属の付人であり教師役として仕え、長じては秘書役はもちろん、使者や警護までも務めたのである。また、主に同郷の若者たちからなる、麻呂の部下たちをまとめ上げる役割も果たすなど、ずっと麻呂を支え続けた腹心であった。

近年では新興貴族たちに押され気味となっている石上一族の中にあって、麻呂は、その最後の希望の光ともいえる存在だった。幼少時より恵まれた才覚を顕し、武芸や歌芸にも秀で、多くの人を寄せ付ける人間的な魅力にも溢れていた。歴史と伝統を誇る名門中の名門と賞賛されてはいたものの、数代に渡って傑出した人材に恵まれなかった石上一族においてはもちろん、都の大貴族たちの中においても、その存在感は大きなものであった。それゆえ中納言の座にまで上り詰めることができたのである。
だが、麻呂は都で噂となった謎の美女に心を奪われた。それが、彼の悲運を招いたのである。

「せめて最初に拒絶されたとき、諦めてくだされば良かったのですが……」ノワケは言う。
多くの貴族たちと同様、まずは麻呂も趣向を凝らした文を姫に送るが、すげなく拒絶された。どれほど高貴な身分であっても、どれほどの美麗な文であっても、その結果は一緒であり、多くの貴族や学者たちは、その段階で諦めた。
しかし麻呂は、ライバルの大貴族たちと競い合うように、竹取の里へと足繁く通うようになってしまうのだった。麻呂を取り巻く人間関係が、その背景にあったとノワケは指摘する。
「従者としては、中納言さまの交友関係を、もう少し整理して見ておくべきだったと後悔しています。中納言さまは幼少の頃に同年代の者たちと喧嘩をすることもなく、穏やかに育たれましたが、それが逆に災いしたのでしょう、長じて栄達の道を進まれでから、他の大貴族の方々との間に激しい競争心を燃やすようになってしまったのです」
特にノワケが問題視したのは、いわゆる「五人組」の関係だった。姫を得ようと竹取の里まで押し掛け、翁の館に乗り込んで姫からの課題を受けた、例の五人の大貴族である。
「あの四人の方々と中納言さまは、酒宴の場などではとても親しくされていながら、しかし歌会や蹴鞠などの場では激しく競い合い、そして隙あらば他の方のものを奪い取ろうとする間柄でおられました。たとえば官職や所領、武勲、賜杯、さらには美女の奪い合いです。あれほどの騒動となったのも、絶世の美女といわれる姫の心を得ようとするためではなく、むしろ他の方に勝ちたいという競争心の結果だったのです」

竹取の里において、ノワケは、貴族たちの競争心の激しさを見抜いてはいた。だが、結果的には止めることができなかった。彼をはじめ多くの従者が諫めるのも聞かず、大貴族たちの競争はむしろエスカレートしていった。
「もっと早い段階、つまり文を送って拒絶された時点でお止めしていなければ、きっと無理だったのでしょうね。むしろ、私たちの諫言が遅すぎたのかもしれない。中納言さまの気持ちに火が点いているところを、却って煽り立ててしまった。……そんな印象すらありますから」
ノワケを責めることはできまい。実際、他の四人の大貴族たちも、似たような状況にあったのだから。五人の大貴族の間では、姫の心を射止めることではなく、他者に先んじること自体が目的と化してしまい、競争は暴走していたのである。もしかしたら、諫言する部下たちをいかにして統率するか、といった支配能力においてさえも競争していたのかもしれない。

こうして、姫が示した結婚の条件である「燕の子安貝」を探索する旅の途中、麻呂は命を落とす結果になった。その顛末は都の語り草になっているから、誰もが知っていよう。
ノワケは、探索行の果てに主君を失って混乱する他の部下たちを叱咤激励しつつ統率し、麻呂の腹心の最後の役割として、主人の遺体を都へ連れ帰った。それは非常に重く苦しい任務であったようだが、今でも彼は、そのときのことを詳しく語ろうとはしない。
さまざまな苦難を乗り越え、この役割を果たした彼は、石上一族への奉仕の任を解かれ、里へと帰された。以来、長き奉仕へのささやかな褒美として与えられた小さな土地を耕しつつ、毎日のように麻呂の墓に祈り続けているという。

麻呂が出世し、一族が繁栄、そして主従は齢を重ね、里に戻って、一緒に平穏無事な余生を過ごす……、彼が思い描いていた、そんな将来は完全に失われた。ノワケの余生は都の栄華から切り離され、静かに暮れゆく。
「この命を賭けてでも、お引き留めすべきだったのではないかと、今でも悔やまれてなりませぬ」
淡々と繰り返される日々の生活の中、ノワケは常に麻呂のことを考え続けている。後悔の念は次第に薄れつつあるが、決して消え去ることはない。そして、恨む気持ちも。
「あれほど賢く気力もあった中納言さまを、ここまで狂わせてしまった姫のことは、恨んでも恨みきれませぬ。ましてや、存在し得ない宝物と知って探索を求めていたなんて……。いや、むしろ恨むべきは貴族の方々の世界か。競争して美女を手に入れること、地位や財力を向上させること、そして勝ち残ること、そういったことにばかり囚われすぎているように思えます。中納言さまも、その貴族としての宿命からは、逃れることができなかったのでしょう」
そう言って塚を見上げた彼の目には、涙が光っていた。

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