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2010.02.14

試小説(6.6) 赫たる夜の秘めたる騒動の後のまつり「四.難波津より西を望む」

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難波津は、相変わらず殷賑を極めている。
播磨や吉備、淡路といった近国はもちろん、東は駿河や相模、伊豆、武蔵さらには奥州から、西は肥・豊、筑紫まで、さまざまな遠国からの船が出入りしており、まさに都の玄関口だ。ここでは、はるか遠く新羅や唐、奄美や琉球など外の国から海原を渡ってきた船も、さほど珍しいものではない。
津では、こうした無数の船から数々の品物が陸揚げされ、また積み込まれ、そして都への大路は行き交う荷車が途切れず続いている。津の片隅では船を造り修繕する工人たちが怒鳴り合い、船人や工人、人足たちの暮らす一角では小さな住居が数多く立ち並ぶ。このあたり一帯が、都とはまた違った、人の活気あふれる場となっている。

だが十二年前には、普段の賑わいより一層昂ぶった、異様な熱気があった。
それもそのはず。都で噂の謎の美女から結婚の条件として宝物の探索を求められた二人の大貴族がそれぞれ一隻ずつ船を仕立て、危険な季節外れの航海旅行に出ようとしていたのだから。
その一方の船頭を務めたアオガネは、依頼を受けたときの状況を次のように振り返る。
「そう、ちょうど春先だったっけ。新羅から戻ってきたばかりだったからね。入港して荷揚げしようかってところに、何やら都の偉い方からの使いが来てるぞってんで呼び出されて、番頭に作業監督を任せて難波宮に顔を出したのさ。そしたら驚いたね、右大臣様のご依頼で一隻まるごと借り上げたいっていうじゃないか」
今や難波津において押しも押されぬ大船頭となった彼だが、当時は持ち舟一隻だけの若手船頭の中で頭角を現しつつあった程度であり、何隻もの船団を有するような大船頭には程遠い立場だった。
「そんな俺が、まさか右大臣様の依頼を受けるなんて、ねえ」彼は首を竦める。

それより少し前のこと、港や船を管理する難波宮では、右大臣阿倍御主人からの依頼を受けるのに誰が適任か、船頭たちの意見を聞いて検討を重ねていた。冬の風に乗って多くの船が入ってくる春先、逆にいえば西へ向けて出港するのは困難な時期でありながら、使者は主人の厳命により一刻も早く出発したがっていた。大船頭たちは、季節外れの航海で船を損失しては困るとばかり、引き受けたがらない。血気のある若手船頭に任せるべきだというのだ。
そこで候補に挙がったのがアオガネだった。若手ながら慎重派として知られており、また風や潮目を読む目に長け、これまで幾度となく荒れた海に船を出しながらも大きな難もなく無事に帰港している。加えて彼が新羅や唐、すなわち西への長渡経験が豊富だという点も、依頼内容に適っていた。姫が阿倍右大臣に与えた探索課題は「火鼠の裘」、唐よりさらに西方の宝物といわれている。

アオガネは、少し躊躇したという。理由は、品物探索の困難さ。唐の文書には書かれているものの、これまで誰も見たことのない「火鼠の裘」を、どのようにして発見し、入手するのか。
「借り切りってことは、もし『火鼠の裘』を手に入れられなかったら丸損だ。だから普段は複数の貴族や寺社から同時に依頼を受けてるわけさ。依頼されたうち一つ二つくらいの品物を調達できなかったとしても、あるいは一部の品物で損を出しても、船の修繕やら水夫の給金やら、あとは自分で商う分の買い付けやら、いろいろ遣り繰りするだけの稼ぎは出るからね」
一方、出港が季節外れであることは、あまり不安材料ではなかったようだ。
「なあに、海の上には幾つもの筋道があるのさ。駆け出しの頃から、唐行きのたびに、いろいろな時期のいろいろな筋を試してきて、たぶん問題ないだろうと思っていたね。実際そうだったんだけど。少しばかり順風でないっていうだけだから、船出そのものは心配してなかった」

そして結局、彼は引き受けた。阿倍右大臣の提示した条件が破格の内容だったのである。
「ちょっと迷った様子を見せたら、使いの人はこう言ったのさ。『右大臣様は、危険で困難な仕事であることを深く承知しておられる。相応の対価を支払う用意がある』ってね。あの方は、人の使い方を心得てるよな」
具体的な金額は言えないとのことだが、前金だけでも通常の航海より高額、成功報酬は三倍以上だったという。
「だから即決で引き受けた。大急ぎで船に取って返して、さっさと荷揚げを済ませて出港準備しろと、急がせたよ。それから他の唐帰りの船頭に聞いて回って、風や潮の様子を教えてもらった」
命知らずで腕利きの水夫を集めるために前金をかなり使ったが、それでも相当な額が手許に残った。もし今回の航海に失敗したとしても、それまでの蓄えと合わせれば小さめの船の一隻くらい入手できる。最悪でも生きて帰ってこられさえすればいい。そして、うまくすれば破格の報酬――。
しかし、彼は焦らない。使者とも相談し、出航前の準備は念入りに行った。阿倍右大臣は急いでいるが、他の大貴族たちも探索に時間がかかっている様子。ならば確実を期すのが一番、という判断だった。実際に、いち早く石作皇子が課題の品の「仏の御石の鉢」を持参したものの、まったく普通の鉢を本物と称していただけであった。早くも、一人脱落である。
船や用具の修繕、食料と水の積み込み、航路の決定など、慌ただしい時間が過ぎてゆく。難波津では、彼らの航海の噂話が絶えることはなかった。

大納言大伴御行が「龍の首の珠」探索のため、供の者たちを引き連れて難波宮に現れたのは、その頃のことだった。身軽な使者を港へ急派した阿倍右大臣に対し、御行は自ら出立することにしたため、難波までに数日を余計に費やしたのであった。
津の人々の間では、「二人目の船頭は誰だ」との噂でもちきりとなる。
引き受けたのは、琉球帰りの船頭ガゼだった。アオガネと同じく若手船頭の筆頭格であり、危険な航海にも怖じることなく、かつ腕利きと評判の人物だ。大伴大納言は「龍の首の珠」を南東方で探すと表明しており、南洋に慣れたガゼは、まさにうってつけの人材であった。
ガゼもまた、慌ただしく荷揚げを済ませ、出港準備を進める。着手したのはアオガネに遅れること数日。大伴大納言はガゼを急き立て、一日でも早く出よと繰り返す。ガゼもまた、船頭としての矜持を賭けて準備を急ぐ。

こうして、余裕を持って準備を進めたアオガネが予定通り出港の日を迎えたのに対し、ガゼは数日の遅れを詰めて同日の出港にこぎ着けた。津の盛り上がりは、最高潮を迎える。
「まさか追いついてくるとは思わなかったんでね、ちょっと驚いた。右大臣様の使いの人も、かなり焦ってたようだよ。だけど、あっちは突貫作業、こっちは念入りに準備してる。余裕が違うよって言ってやった」とアオガネは笑う。
「それにしても、あの日の港の浮かれようは、とんでもないものだったよね。記者さんも覚えてるだろ? 帝の使いまで来て、『航海の無事を祈る』なんて言ってくれたりするもんだから、それこそ遣唐使でも出るんじゃないかってくらいの盛り上がりだったな」
二隻は同時に碇を上げ、アオガネは瀬戸内を抜けて西へ、ガゼは南へ、それぞれ舳先を向け旅立っていった。

その後の彼らの航海の顛末については広く知られていよう。ここでは、あまり知られていない話題のみ紹介する。
アオガネの船は無事に唐へ到着し、阿倍右大臣の使者とともに現地の商人たちと交渉する。アオガネはもちろん使者も「火鼠の裘」の現物を見たことはない。ただ、文書での記述を知るのみである。当然、品物探しは困難を極めた。
「言葉の問題もあった。あのときは唐といっても、唐の商人でなく西方の商人が相手だったからな。それから、さすがに逆風のおかげで航海日数が長引いてね、いつもより大量に積み込んでいた食料や水もギリギリになってしまって、水夫たちも気が立っていて大変だったよ」
それでも一行は、なんとか品物を調達、無事に帰還した。

一方、ガゼの船は、海を知らぬ大伴大納言に振り回されたといえよう。黒潮を横切って大海原に出るまでは順風だったが、その程度の航海でも大伴大納言は船酔いに苦しみ、船乗りたちに辛く当たるようになっていた。
「大納言様は早く宝物を入手して帰りたかったのと、予想以上に船酔いが苦しかったようで、ずいぶん焦っていたらしい。凪いだときには『早く進めろ』と騒ぐので手に負えなかった。荒れたときには船室に籠もって出てこないから、皆は悪天候を喜んでいた」と、後にガゼは語っている。
やがて食料や水が尽きようとする頃になっても、まだ「龍の首の珠」は見付からない。それどころか大嵐に見舞われ、食料や水の大半を捨てて船を軽くしたものの、帆柱や舵、碇を失ってしまう。その後、辛うじて土佐の浜に漂着できたものの、船の損傷は「沈没しなかったのが不思議なほど」で、もはや使い物にならなかったという。前金をもらえていなかったガゼは大損害を蒙った。

アオガネの持ち帰った「火鼠の裘」は、姫の手によって本物でないことが判明した。彼はそのことを、かなり後になって知る。ちょうど次の航海に出ていたのであった。
「帰港して、間違いだったと聞いたときには、さすがに落胆したよね。右大臣様からも使いの人を通じて厭味を言われたし。でも、あのときの航海は良い経験になったな。西方の商人とも繋がりができたし、船も増えた。使いの人がとりなしてくれたおかげで右大臣様も許してくれた」
そしてアオガネは、阿倍右大臣から再び信頼を勝ち得て、多大な出資を受けるまでになった。航海も商売も順調に拡大し、今や津で一番の大船頭の座を確固たるものとしている。

ガゼも、今は再び船頭として大海原へと繰り出している。取材に訪れたときにも、南洋への航海に出ているところであった。
その苦境を救ったのはアオガネだ。「火鼠の裘」探索で多額の報酬を元手に二隻目の持ち船を建造し、船を失ったガゼに任せたのだった。ガゼは雇われ船頭として再出発、今では自らの持ち舟とアオガネに託された船とを率い、やはり大船頭として活躍している。
「あのときは競争相手だったが、今は信頼できる仕事仲間だ。南洋の商売を完全に任せているよ。『龍の珠』探しに失敗したのだって、たまたま天候や仕事に恵まれなかっただけのことだからね。海じゃ運・不運がつきもの。だから船乗りってのは、お互いに助け合うのさ」

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