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2010年2月

2010/02/28

科学系ヨタ話(12) 人々は下から動く

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先日、海洋研の研究報告会を見に行ってきた。
テーマの一つは「海溝型地震・防災研究の最前線」、
皮肉なコトにタイムリーな内容となってしまった。
まだ現時点では被害の全貌が見えていないものの、
また相当な規模の災害になっていると思われる。
ハイチに続いて国際的な支援が待たれるトコロだろう。

研究報告会のパネルディスカッションの中では、
震災がもたらす被害状況や、その対応策について、
大都市と地方とで大きな違いがあると指摘されていた。

大都市では「多数の帰宅困難者が生じる可能性が」、
地方では「せめて高速道路だけでも被災地への
交通手段として残るように」というくらいの違い。
もちろん建築物の耐震化などは全国的に求められるが、
その対象となる建築物の密度、そもそも人口密度に
大きな差があるのだから、質的に異なるのは当然だ。

国ができるのは、主に全国一律画一的な対策。
それから災害の多い地域を限定して重点的に。
ある程度の融通は利くけれど、それ以上は難しい。
ゆえに自治体など地域レベルでの対策も同時に
必要となってくるワケで、それを滞りなく実施
するためにも国の予算を配分していく、となる。

もっと大切なコトがある。県の防災担当者は、
「自分の命を県や市に託さないでください」と
語っていた。つまり自力で守るコトが重要だと。
一瞬の判断や行動は自分自身でしか決められない。
誰かに決めてくれと頼んでいる間に時間は失われる。
しかし災害は、それを待ってくれるワケではない。

「津波てんでんこ」という言葉がある。この言葉は
いろいろな解釈ができるのだが、家族バラバラに
なってでも構わず逃げろという理解が一般的だ。
つまり、せめて一人でも生き残る可能性を高めようと、
そういう教訓として、しばしば引き合いに出される。
逆に言えば、まさに個人で判断して行動せよ、と。

機械は想定されたコトを効率的に行うための道具。
ヒトは想定外の状況に対応できる可能性を持つ存在。
逆に言えば、想定範囲だけで生きてるようなヒトは
容易に機械と置換可能、というトコロになるかな。
組織というのもまた機械に似たトコロがあって、
想定外の事態には組織内個人が対応していたりする。

もちろん予防的な取り組み、被害軽減のための日頃の
準備や、普段からの心掛けについて啓発するといった
トコロについて公共団体や地域コミュニティが取り組む
ことが望ましいのではあるけれども、その上でさらに、
想定外かつ生命の危険が迫るような災害時においては、
個人レベルでの対応力が問われるというワケだ。

そういえば防災担当者は、こんな指摘もしていた。
「大人に言っても、なかなかやってくれない。
だから子供たちへの啓発が大切だと考えている」
広域災害に遭う機会など、一生を通じても数える
ほどでしかないだろうから、どうしても大人は
「大丈夫だった」という感覚の方が強くなりがち。

年齢の低い頃に、きちんと災害の教訓を得ておく
という経験が、将来の彼らの考え方に影響を及ぼし
ひいては社会全体の考え方を作り上げてくれるだろうと。
こうも言えるんじゃないかな。
今を改善するには時間が足りないけれども、
将来についてだったら、まだ間に合うだろうと。

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2010/02/27

活字収支現状報告

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仕事の負荷が少し軽くなってきたトコロで
ここ1~2カ月の活字不足を補うためにと
軽く科学系の新書を2~3冊、読んだ。
このくらいが仕事の合間の息抜きに良い。

ヘビーな歴史系の本は、もうちょっと先かな。
などと思って手を伸ばした3冊目は四六判。
心理学だか哲学だか、といった内容なのだが、
別の意味で、ちとヘビーな印象だった。

哲学的なコトを考えるのは好きなんだけど、
哲学の授業では成績低迷だったっけなあ。
つまり、そういうトコロのアタマも
あんまり良くないのである。昔から。

難しい用語を使った複雑な言い回しが
どうにも苦手なのだったと改めて思い知る。
文字の流れに比べると、意味の流れるペースが遅い。
だから、まだるっこしい文章に思えて仕方ない。

このブログの文章が、そういう風に思われる
文章になっていないコトを願うばかり。
まあしかし、基本的に読者の同意は求めない
方針で書いているから、気にする必要もないか。

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2010/02/26

桜には虫も湧いたりするけれど、咲けば人も沸く

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他人にできないコトをする人ってのは、
それだけでスゴいと思うのよ、やっぱり。

だのに、その存在が許容できないからと、
認める様子もなく非難する人たちもいる。

良いトコロを伸ばしてくれる社会で
あってほしいなあと、いつも思ってる。

ああそうか、今と将来への不安から
不寛容になってしまっているのかな。

そうだよな、10年20年前に社会が夢見ていた
ようなのが、これから叶う期待は薄いもんな。

辛いときには泣き寝入りも、多少は許されよう。
そうして疲れたら、腹が減ったら、歩き出す。

買い出しのついでに近所を少し歩けば
ソメイヨシノの蕾が育ってきている。

このところ気温の高い日が続いたから
開花へ向けて一気に動き始めたか。

もう春本番まで、さして間もない。
そう思っていたトコロに、春一番。

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2010/02/25

器が小さいから要領不足?

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仕事仲間や、取引先の会社の人たちは、
割と要領良くて、テキパキしている。
学校の勉強もデキる人たちだったようだし、
そこで得たコトもきちんと身に付けてるし。
そんな感じで、ちゃんと生計を立てている。

それにひきかえ……

稼げないのは要領が悪いから、なのかなあ。
メール一つ書くのにも時間がかかるのだから。
「パパッと書いてパッと出せばいい」なんて
親切にも教えてくれる人もいるのだけれど、
どうしてもそれができなくて。

なにしろ意図している内容を、
できるだけ誤解を与えないように、
かつ漏れているトコロのないように、
相手に伝えられているだろうかと、
いつも確信を持てないものだから。

それにコミュニケーション不良で
トラブってしまううよりは、
少しくらい時間が掛かるくらいなら
問題が少ないのではないかと。
そう思うのは、日本人だからかな。

なにしろ枝葉末節を針小棒大にしたり、
心証必罰なんてやったりする国だから。
細かな減点を上積みするのが成果主義、
なんて曲解が得意な国だからね。
物覚えが悪いので、深く考えないと。

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2010/02/24

自称逸般塵の不通の日記(141) 春の恒例作業

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いや実際、爪に火を灯すような
生活をしているもんだから、
その爪を囓ってる余裕なんて
あるはずもないのですよ。

確定申告の書類を用意していて
昨年の収入の落ち込み具合、
そして還付金の低さに、
精神的にも落ち込む。

そして今年、どうなるコトやら。
2月には異常な多忙だったので、
3~4月の収入は期待できるけど、
貧乏生活脱出には遠い見通し。

その先の仕事の入り具合も
また不透明なもので、
むしろ再び低水準になる
という懸念も大きい。

これまで以上にキッチリと
仕事の納期や品質を改善して、
次に続くように期待するのは
もちろんだけど……

やはり新たな分野での仕事も
開拓するよう模索を続ける
しかないのであろう。
何か、掴むコトができるか。

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2010/02/23

「爪うめー」っていうなら、ともかく

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「1位を目指すつもりでないと、2位も3位も得られない」
そんな言葉を、ふと思い出したのは五輪ニュースを見て。

何もせず文句ばかり垂れていて勝てるような世界ではない。

むしろ上手く行かないのが当たり前なのだと考え、
失敗しがちな要素を羅列した上で一つひとつ潰し、
さらにその上で他者にない強みを大舞台の上で
発揮させて、ようやく表彰台に上がれる世界。
その陰には無数の失敗も、当然のようにある。
失敗したからこそ得られる経験や能力もある。

指を噛んで悔しがる前に、やっておいた方が良いコトは、
きっと掃いて捨てても出るくらいに、あるんじゃないか。

どこから手を着けようかなんて悩んでる暇は、ないよな。

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2010/02/22

足りないモノなら山ほどあるけど

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またぞろ活字不足を来しつつある昨今。
ここ1カ月くらいは仕事が忙しかった。
その前は仕事が極端に少なく元気もなく。

積まれたまま読まれるのを待つ本の山。
今ここにある活字を前に、今日も仕事。
早く終わらせて読書の時間を作りたい。

そういえば写真散歩にも出てないなあ。
これまた適度な暇があってこそのもの。
暇すぎて貧乏では出る気にならんから。

程良い具合というのは、なかなかないから
そこから少しくらい外れた状況であっても
ひとまず動き出せるようにしていたいもの。

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2010/02/21

自称逸般塵の不通の日記(140) 高架的な視点

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所用で出掛けた帰り道、
最寄り駅の近くから見える近所の風景。
2~3階建ての小さな建物がほとんどなので、
高架線の上からは遠くまで見通せる。

まるで田園地帯の水路の並木のように、
主要道路に面したトコロだけは中低層の
ビルが並んでいるので、地図を漠然と
思い浮かべながら周辺を見ていく。

こう見ると、隣駅だって遠くないのが分かる。
山間部や農村の一駅となると自転車でも大変だが、
こんな大都市の一角では大した距離じゃない。

眼下に広がる、見渡す限りの住宅街。
道も狭くて曲がりくねっている。
歩いていると遠くまで見通しが利かず
やりにくいときもあるかもしれないが、
ときたま現在位置を意識したりして
歩いていれば、それほど苦でもない。

目先の状況に一喜一憂するだけでなく、
たまには視点を変えて眺めてみよう。

上手く回っていれば気にも留めないようなトコロにも
駄目なときには気になって仕方ない、
余計なトコロにばかり目が行ってしまう、
そんな症状をお持ちの方、如何ですか。

え? 実は高所恐怖症だって?
そういう方は、他人に口出ししするよりも、
自分のを克服するのが先じゃないんですか?

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2010/02/20

停滞は見直す好機

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ときにヒトは好ましくない習慣も身につけてしまったりする。
ずっと同じようなコトを続けていると、それが抜けず、
むしろ固定化してしまう危険が高まっていく。

そんなときには、改めて基礎的なトコロから遣り直したり、
あるいは、いったん完全に違うコトをしてみたり、
少し変化をつけてやると、回避しやすい。

一時的に学習圧力を弱めて、見直す機会を作るというワケだ。
好ましい癖も、好ましくない習慣も、それで同じく
伸張が止まるコトになるが、それでいい。

次に再び動き出すときには、それまでとは少しばかり違った
方向性をつけて走り出していけば、だいたいにして
程良い具合の癖が残っていくようになる。

ヒト個人でいえば「スランプに陥る」だとか、
ヒト集団なら「組織が疲弊する」といったような、
望ましくない局面を少しは予防できよう。気休めかもしれんが。

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2010/02/19

自称逸般塵の不通の日記(139) じっと手を見る

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ここ1カ月ほど、いきなり仕事が集中するようになった。
暇な時期が長かったので、当初は感覚を取り戻すのに一苦労。
遅れや不備で発注元に迷惑をかけてしまったりしたが、
さすがに続けば徐々に慣れてくるのが分かる。

現状の仕事の山は、まだ少し先まで続くようだ。
有難いことなので、稼げる間に稼いでおきたい。
そんなワケで8割くらい完成していた連載ネタを
急ぎ仕上げて掲載しておいて、仕事に専念した。

仕事のペースに追いついたところで1日、休む。
外に出てみれば頬に触れる空気が冷たい。
ていうか、微妙にのぼせた感じがあって、
ちょとボーッとする。疲れているようだ。

疲労感を忘れるほどには集中していた、というトコロか。

そうして頭と身体を休めて再び仕事に戻る。
ふと気付けば、思いもかけぬ部分で、これまで
長いコト仕事をする中で気付かずにいた問題点が
なんとなく明確になってきたり、もする。

では次の仕事から、そのあたりを念頭に置いて
改善していくように意識しつつ取り組んでいこう。
仕事があって、休息があって、ひとまずは
続いていきそうだからこそ、それができる。

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2010/02/18

ヒトのマツリは終わらない

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さて翻って現代の日の本の国をみてみれば、
「最近話を聞いた経済界の人たちは皆『もう日本は駄目だ』と言う」
なんて、とあるWeb媒体の編集氏がボヤいていたりして、
「明日はどっちだ?(明後日の方向か? 一昨日来やがれ)」
といったような雰囲気も感じさせる昨今ではある。

1000年2000年経とうとも、月は変わらず
天空を巡り、この地上を眺め続けている。

ヒトの営みは時の流れに伴い地上の景色を変化させてゆき、
相変わらず人々は、国の中枢では政争を繰り広げてるし、
商売人やモノ作りに携わる者たちは仕事に熱心だし、
庶民たちは穏やかに暮らせるコトを望んでいる。
言葉や習慣の異なる相手への差別もあるし、
それぞれに生を楽しみ、また悲しみ、怒り、
病を得たり老いたりして、死んでゆく。

ひょっとしたら、いつしか、そんなヨノナカが
莫迦莫迦しく思えるときもあるのかもしれない。
でも今は、まだまだ捨てたもんじゃないって思うのだな。

案外、急激に反転し始めたりも、するんじゃないかな。

例年になく降雪が多く冷え込みの厳しい2月の先には、
桜の開花が平年より早くなるという予報も出ていたりと、
実はそんなに悲観するほどのものでもないのかもしれないと、
そんなふうにも思えてきたりするからヒトのヨのナカは不思議だ。

でも、そんな変化から誤ったメッセージを受け取ってしまって、
「だから言っただろう」なんて威張る人間もいるから
なんともはや、ヒトのヨのナカてのは、アレだ。

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2010/02/17

試小説(6.99) 赫たる夜の秘めたる騒動の後のまつり「終章.地の人々よ、月の姫よ」

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夷たちの村で養生させてもらいつつ、話を聞くこと数日。私も徐々に体力を取り戻してきた。名残は尽きないが、あまり長居して彼らに迷惑をかけたくないので、早々に下山することにした。というのも、彼らは遠からず諏訪を離れ、さらに北へ向かうというのである。
礼をしたいが、大した物を持ち合わせているわけではない。しかし帰京してから送り届けるのでは間に合わない。形ばかりだが、身に付けていた短剣をイワヅクに譲ることにする。イワヅクは、むしろ私が恐縮してしまうほどに感謝し、里の近くまで案内人をつけて送らせてくれた。
こうして、長かった旅も終わり、私は東山道を都へ帰ることにしたのである。

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2010/02/16

試小説(6.9) 赫たる夜の秘めたる騒動の後のまつり「五.不二の山は不死となりけり(後編)」

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「諏訪の夷」という話ではあったが、諏訪の海の畔に夷はいないのだと、ここへ来てようやく知った。考えてみれば、これまで追ってきた夷たちは山中に暮らしている。諏訪の夷も同じく山の民であるようだ。近在の人々に聞いてみれば、諏訪の海を取り巻く山のいくつかに、夷たちは生活しているという。
このあたりには倭人の村落が数多くあるので、それらを拠点として山に分け入って探索を進めることにした。

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2010/02/15

試小説(6.8) 赫たる夜の秘めたる騒動の後のまつり「五.不二の山は不死となりけり(前編)」

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最後に向かったのは駿河国。かなりの長旅となるが、どうしても聞いておきたい話があったのだ。
難波津から、東国への船に便乗した。いったん紀伊国を回って伊勢国、志摩国を伝い、そこから東海道を海路、東へ向かう。駿河国は三河国や遠江国の、さらに先だ。
船の上からも、遠くに立ち上る煙が見える。近付くにつれ、その煙の下にある山の巨大さが分かってくる。あれが今回の目的地、不二の山だ。
港へ降り立つや、長い船旅に疲れた身体を休める暇ももどかしく、取るものも取り敢えず駿河国府へ急いだ。

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2010/02/14

試小説(6.6) 赫たる夜の秘めたる騒動の後のまつり「四.難波津より西を望む」

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難波津は、相変わらず殷賑を極めている。
播磨や吉備、淡路といった近国はもちろん、東は駿河や相模、伊豆、武蔵さらには奥州から、西は肥・豊、筑紫まで、さまざまな遠国からの船が出入りしており、まさに都の玄関口だ。ここでは、はるか遠く新羅や唐、奄美や琉球など外の国から海原を渡ってきた船も、さほど珍しいものではない。
津では、こうした無数の船から数々の品物が陸揚げされ、また積み込まれ、そして都への大路は行き交う荷車が途切れず続いている。津の片隅では船を造り修繕する工人たちが怒鳴り合い、船人や工人、人足たちの暮らす一角では小さな住居が数多く立ち並ぶ。このあたり一帯が、都とはまた違った、人の活気あふれる場となっている。

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2010/02/13

試小説(6.4) 赫たる夜の秘めたる騒動の後のまつり「三.如何にしても贖えぬ」

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石上の里には、十二年を経てもなお、喪に服したかの如く異様な静けさが満ちていた。
あの騒ぎの渦中で命を落とした若き鋭才当主、中納言石上麻呂。その損失は一族にとって非常に大きなものであった。跡を継いだ新たな当主は、未だに能力や経験の不足が指摘されている。麻呂とともに失われた石上の一族の政治的な影響力は、今も回復できていない。癒えぬ悲しみ、取り戻せない損失。石上の里は二つの意味で痛手を蒙ったのだった。

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2010/02/12

試小説(6.2) 赫たる夜の秘めたる騒動の後のまつり「二.大寺にて匠は技を伝えんとす」

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続いて訪れたのは、とある郊外の大寺。
ちなみに今回の取材は、厳に匿名との条件で応じてもらえたものであり、特に地名、寺や取材相手の現在の名は伏す。
寺の敷地の奥まったあたり、掘立柱の外塀に接するようにひっそりと、その金銀玉石細工人の寝起きする小屋があった。小屋は工房も兼ねており、訪れたときには本堂内の飾り金具の修繕をしているところだった。中から、澄んだ小さな槌音が響くのを聞いて、少しほっとした。

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2010/02/11

試小説(6.0) 赫たる夜の秘めたる騒動の後のまつり「一.竹取里を再訪す」

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残された関係者の声を収集するには、やはり事件の中心地から始めるのが良いだろう。そういう意図から、まずは十二年振りに竹取の里を訪れた。
今となっては緩やかに時の流れる普通の村落で、あのお祭り騒ぎなど、まるで嘘のようである。
唯一、当時の様子を思い起こさせるのは、村外れの竹林を背にした大きな館の存在だろうか。翁と媼と姫の館は、今もそのまま残っているのだ。ただし、そこに住む者は一人もおらず、村の外から訪れる者も絶えて久しく、館は静寂に包まれている。
聞けば、館や敷地、背後の竹林をはじめとする裏山一帯、さらには田畠など、翁の所有していた不動産は全て村人たちが共同で管理しており、怠ることなく手入れを続けているのだという。

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2010/02/10

自称逸般塵の不通の日記(138) 冬と春の境界線は曖昧で

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相変わらず缶詰な日々。缶詰といっても(略)、
溜まった仕事を消化するには一人が都合が良いというだけ。

ところが窓を開け放ってもなお暖かすぎてしまう春の陽気。
仕事に支障が出そうなほどの眠気を覚ましに少し出た。

(ていうか、うっかり眠気に負けてしまったのだけど、
少しばかり夢の中に入ったトコロで汗をかいて目覚めたのだった)

近所の満開の白梅にはメジロが一羽、蜜を吸っている。
少し離れた寺の境内では予想通りに枝垂桜が咲き始めた。

かと思うと、いつも春が遅く来る場所もあって、
日陰には未だ僅かながら残雪が残っている。

雪の塊には土埃が付着して、ところどころ黒くなり、
そこから熱を吸収して急速に融けてゆく。

今後、まだ寒さが戻ってくるコトもあろうけれど、
行きつ戻りつしながら季節は徐々に移り変わる。

うっかりするとのぼせてしまいそうなので、
炭酸飲料を買って帰って、仕事に戻る。

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2010/02/09

理系用語で読み解く社会(64) “白さ”は光に反応しない

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雪の夜というのは、異様な明るさがある。
そして雪が止んで晴れた朝、外は眩しい。
結晶が、光を吸収せずに散乱させるから。

「白は染まらない」なんて言葉もあるけれど、
受け取っても内部に蓄積することをせず、
ただ返すだけだからこそ白ってワケだな。

冷たい人間になってしまったら周囲もまた
冷たい反応になりがちなのが人情ってもの。
相互に冷え込む関係は正のフィードバック。

だから個人的には、あらゆる色に染まった
結果である黒の方が、むしろ好ましく思う。
外からのエネルギーを、きちんと吸収する。

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2010/02/08

東京は、降れば雪解け

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東京の冬は降水量が少なく、乾いた冷え込みが続く。
それだけに、ときたま雪が降って積もったりすれば、
それだけで冬本番を実感してしまうのが人情てもの。

しかしすぐに雪雲は去ってしまい、
乾いた空気の中で陽射しを受けて、
積雪は数日も残らず融けてしまう。

春麦は雪の下に埋もれて、それが融けてから伸びる。
そういうトリガがあるからこそ、雪のない地方では
春を前に踏みつける風習が培われてきたワケだけど。

雪の重みもロクに知らず、踏まれるコトにも慣れぬ
東京の麦たちは、春になっても伸びられるかどうか。

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2010/02/07

理系用語で読み解く社会(63) 「休眠終了のお知らせ」

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春を待つ植物は、多くが温度変化をトリガとしている。
ある程度より冷え込んだトコロで底を打ったと判断し、
それより暖まってくれば発芽や開花を迎える仕組みだ。

あまり冷え込まぬ冬には開花や発芽が不斉一になって、
せっかく訪れた春も輪郭がボヤけてしまうコトになる。

もちろん逆に冷え込みがあまりに厳しすぎるようでは
植物体が弱ってしまって芽吹くコトさえできなくなり、
これまたパッとしない春が訪れる結果になってしまう。

程々の冷え込みと、その後の順調な気温上昇があって、
ようやく華やかな春を迎えられる、というワケである。

四季より長いサイクルだけどヒトのヨのナカにもまた、
寒暖の変化があって、その変化の状況が後々の人々の
気持ちに大きく影響しているというトコロは一緒だな。

「底を打った」との感覚がなければ春の準備もできぬ。

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2010/02/06

自称逸般塵の不通の日記(137) 春を迎える前の準備

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缶詰といっても、24時間ずっと自宅から出ないワケではない。
気分転換に散歩をしたり、ちょっとした買い出しに出たりと、
むしろ積極的に外に出でいくのが、通常の缶詰生活パターン。

数日分の食材の買い出しに出て、ついでに少し遠回りをして、
近所の寺の境内など、ブラリと入ってみた。

枝垂桜の蕾が、今にも弾けそうなほどになっている。
それこそ週明けには咲き初めるくらいの頃合いであろう。
途中の公園のソメイヨシノは、まだまだ固い花芽であったが、
それでも春本番への準備は草花の中で着々と進んでいて、
遠からず満開の花の季節が来るコトを伝えてくれる。

昨年の、あの花の様子を思い出す。

さて帰ったら着々と仕事を進めよう。

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2010/02/05

自称逸般塵の不通の日記(136) 缶詰開始

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あまり単価の高い案件は多くないんだが、
ひとまず結構な数が連続で入った。

仕事のうち外回りの部分は、とりあえず一段落。

そんなワケで週末を挟んで数日間は、
たぶん机にかじりついて画面と睨み合い。

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2010/02/04

それはきっと新たな発見と、内部的には等価

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何か忘れているんじゃないかという不安が、常にある。

忘れているコトさえ忘れているような場合も、あるんじゃないか。

たまたま今は大きな問題もなく過ごしていられるが、
もしかしたらいつか厳しい状況に陥るかもしれない。

そんな気がして、漠然とした不安感に陥る瞬間が、ときたまある。

でも思い出せないのでは致し方ない、とも思ってたり。

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2010/02/03

自称逸般塵の不通の日記(135) 2月の山

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先週後半から急に仕事が忙しくなってきた。
年度末に向けての駆け込みが大半のようだ。

少なくとも半月ほどは退屈せず済む見通し。
その先のオファーも入っていて期待感は大。

来年度以降の見通しは微妙なのだけれども、
仕事ついでに次の仕掛けも考えておこうか。

なにしろ仕事が忙しい状態だとは考え事も、
また一緒に捗ってくれたりするもんだから。

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2010/02/02

自称逸般塵の不通の日記(134) ボンヤリするのは仕様です

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2月。自宅近くの白梅が、ほぼ満開になっていた。
一時的な冷え込みはあるが今冬は全般的に暖かい。
(懐具合だけは、いささか趣が異なるのだけれども)

まずは久し振りの仕事の山に取り掛かって
うまいコト片付けて、稼ぎを積み上げたい。
そんなふうに考えながら打合わせに出た。

通り過ぎれば冷たい雨の中でも匂い立つ、梅。

帰宅して仕事をしていて夜半、雨音が静かになった。
ベランダを見れば雪が静かに降り積もり始めている。
朝になれば雪に覆われた梅、を見られるかもしれん。

まだ少し風は冷たいけれど、暦の上では春になる。

ヒトの活動がどうあれ、季節は着実に変わりゆく。

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2010/02/01

電源スイッチとかリセットスイッチは搭載されていません

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妙な再起動癖のある携帯電話を使っている。
調整してもらえば症状は改善するというのだが
いろいろ思うトコロあって、まだ出していない。

再起動するだけならまだしも、起動途中で固まって
そのままになっているコトがあるのは困ってしまう。
電池が消耗して、使いたいときに使えなくなる。

そういえば最近、仕事が少なくてボンヤリしてて
そのまま妙な思考ループに入ってしまうケースが
ままあったりするなあ、という気もしている。

別の仕事が入ったりすれば、そのタイミングで
リセットされたような状態になってくれたりする
のだけれど、その機会が減って難しくなったようだ。

うーん、きちんと再起動するようにしたいなあ。

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