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2010/04/08

自称逸般塵の不通の日記(150) 線路は途切れて、その先へ

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廃線(実際には廃止されておらず長期休止中の路線)を少し歩いた。
40年以上も列車が運行されぬままの線路は新しい道路で寸断され、
枕木は朽ち果て土に還りバラスも埋もれたか形跡も見当たらない。
それでもレールや橋や架線柱さらには吊架線の多くが残っていて、
柵が設けられているにも関わらず線路には花壇まで作られている。

途中の高架線を横切る川に架かった鉄橋の上には幾人かの少年が。
間もなく終わろうとする春の休みを惜しむ中学生であろうか屯す。
鉄橋をくぐり川沿いに歩こうかと近付けば一人が声をかけてきた。

「線路、好きなんですか?」
「線路も好きだが川も好きなのでね、どっち歩こうか考えていた」
「がんばってください」

曲がりくねる川を辿ってゆけば遠からず道に出て再び線路へ戻る。
ふと振り返ってみれば少年たちの姿は遙か幽かに望み見えるのみ。
周囲は住宅街から農村風景へと変わり広く見渡せるはずの場所で
春の霧雨の中を真っ直ぐ伸びる廃線は畑を貫き向こうの雑木林へ
霞んで消えゆき東京近郊とは思えぬほど鄙びた様子を見せている。

雑木林の中を往く線路の向こうには林と軌道を横切る新しい道路。
断ち切られた先を辿れば河川敷へと続いているのを記憶している。
川砂利を運ぶ目的で作られた貨物路線であったが採取禁止となり、
役割を失って休止されて以来は久しく手を入れられていない状態。

だから自動車の普及著しい中で数々の道路が新たに作られていき
特に新道を作りやすい河川敷あたりは寸断された形となっている。
川に近いあたりの雑木林の中の一部の軌道は復元されたとのこと。
だがさらに先の駅の手前などは川を渡る橋の取り付け部となって
当時の様子を推定するコトさえ難しいくらいに変わってしまった。

新しいコンクリート構造物は実用的だけど面白みを感じられない。
復元部分なら誰でも気軽に行けるが緑には覆われていないだろう。
そんな感覚もあったし日没が近いコトもあって散策を切り上げた。

またいずれ訪れるつもりで。
先々のコトなど相変わらず霧雨の空模様の如く見通せはしないが。
もし再び少年たちに会ったら「がんばらないよ」と言ってやろう。

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