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2010/04/22

卵を産む鶏の在り方についても考え巡らす

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ところが育てるだの教育だのというと、これまた日本人の良くない習性か
学校など特定の場においての教育にばかり、ハナシが集中してしまいがち。
でも「子は育てたいように、でなく育てたように育つ」てな格言もあるし、
以前ちょっと話を聞いた元会社経営者が語っていた「環境を与えてそこで
育ってくるヤツが伸びる」といった意見を考えれば、教育機関に囚われる
コトなく、広く人材を取り巻く環境全体に目を配らねばならないだろうに。

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ときに相反するような条件も含む複雑な制約の中で仕事をするのと
全く何の制約もなく束縛もされないような条件下で仕事をするのと
果たしてどっちが難しいだろうかと、思ったりした。

いや、おそらく甲乙つけがたい難しさなのだろうとは思うけれども、
たとえば、教育機関の中での教育を考えるなら前者になるだろうし、
逆に成長する環境全体を考えるとなれば後者だろう。

そいう観点でみれば、より自由度が高い分だけ思考の柔軟性が必要
となる後者の方が、きっとヒトの視野には難しいものだろうと思う。
だから、しばしば見落としが生じてしまうワケでね。

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