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2010/04/06

このクニのカタチ・現在変化形

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社会構造は常に少しずつ変化し続けている。
テクノロジーの発達によってヒトモノカネ
そして情報の流動性が高まったコトで、
さらに変化は加速しつつあるような状況だ。

このクニのカタチも変化すべきだと、
多くの人たちが意識するようになったけど、
実はこれから先の変化の方向性が未だ
不明瞭なままであるトコロが若干の不安。

天誅だの斬奸だの成敗だのといった
危うい方向性に陥ったりする可能性なども
まだまだ捨てきれなかったりするし、
“戦前回帰”だって、未だに否定できぬ。

情報の流通・拡散の速度が高まってきて
多くの人が多くの情報を得られる時代だが
逆にいえば誤解もまた迅速に広まりかねず
事態が一気に悪化する危険も高まっている。

ヒトの意思など浮動しがちな存在であり、
それを情報網が同期させ増幅し発信して
強い悪意のカタマリとして何処か一点に
集中させればそれは非常に危険なものだ。

とはいえヒトの意思には悪意だけでなく
善意だって含まれているものであるから、
その方向性を少しでも強められるような
工夫をしてやれば将来にも期待が持てる。

得た情報そのものよりも各人の判断こそが
重視されるという点においてはフェアな
情報流通体系になっているとも言えるので、
その長所を活かした社会であってほしい。

このクニのカタチも今後は大きく変化し、
いろいろな軋轢も生じるとは思うけれど、
少しくらい時間が掛かっても構わないから
せめて悪くはないと思える方向にしたい。

むしろヒトは常に変化し続ける存在なので、
容易に動かせぬ固定化された社会構造など
作るのではなく柔軟性を高めていく方向に
変化していかねばならないのではあろうが。

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