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2010.04.18

信頼を作るための関係論

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どちらかというと不信感だの不安感だの嫌悪感だのといった
ネガティブな情報の方が発信量の多さゆえ目立ちやすい傾向。

ヨノナカに“他人に任せられない”人が目立つという現象は、
そういった情報流通環境の変化を如実に示すものなのかも。

支持率が頻繁に調査され発表されるなんてのは比較的近年のこと。
良くも悪くも、こうした指標を上手に使うことが政治家に求められる。

情報の流れは大きく変わって、失敗や失言はすぐに伝わるし、
事件や事故の情報は無数に飛び交って他の情報を埋もれさせる。

でも今までの情報から価値が全く失われたワケではなくて、
むしろ過去の経緯をより重視していくような対応が欠かせない。

情報ばかりが早く流れるようになってしまっているけれど、
ヒトのキモチはそんなに早く切り替わったりしないものだから。

むしろ蓄積された情報へのアクセス手段も発達してきていて、
経緯を辿るコトも難しくないのだから実績の積み重ねは重要だ。

社会に関わる立場の人々にしてみれば従前の如き姿勢も不可欠だけど、
同時に現状および今後の情報流通をへの対応も身に付けねばなるまい。

そして丼勘定でなく費用対効果を重視したマネジメントだとか、
適時の情報公開といった企業経営のような側面も求められてくる。

もちろん経済効率一辺倒では困るトコロもあるだろうけれど、
利害関係者の説得が必要な点は経営者が株主を説得するのと同様。

翻ってみれば利害関係者だとか有権者といった立場の人々にしても、
そういった観点で政治家の資質を考えてみた方が良さそうだと思う。

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理想を言うなら、そんな資質を前提とした上でさらに各政治家を
政策面で評価して選択できる状態こそ望ましいとは思うのだけど。

いずれにせよ水の如き上善からは遠く隔たる一方ではあるが、
せめて人間を信頼し人間から信頼される姿勢は保ちたいよな。

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