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2010/05/01

自称逸般塵の不通の日記(156) 缶詰仕事n日目

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一方こちらは当面の間は缶詰生活が続く見込み。
もちろん缶詰生活といっても(中略)なのだけど、
それには、それなりの経験に基づく意図がある。

たとえば、仕事をしていて小腹が減ったときに
軽く食事など作って食おうとしていると、ふと
直面している仕事上で役立ちそうなアイデアが
浮かんできたりするコトが、かなり頻繁にある。

それも、トーストにバターを塗ってるときとか
ベーコンエッグを焼いているときなど、かなり
単純な作業をしている真最中、であったりする。

他にも、ちょっと買い出しに出るなど歩いてる
最中とか、またはシャワーを浴びてるときなど、
そんなアイデアが浮かんできやすいように思う。

一方で、浴槽に浸かっているときなど、あまり
身体を動かさない状態では、ちょとイマイチだ。
要するに、ほぼ意識する必要のない動作をする
ような状況が、おそらく閃きに有効なのだろう。

身体を動かすには、それなりに脳を活性化させ、
その行動を的確に制御しなければならないはず。
といっても、慣れた動きであれば意識して制御
するまでもないから、思考能力は自由に使える。

きっとそんな具合に、半ば自動化された作業を
しているときに発想が開放されやすいのだろう。
いずれにせよ気分転換の重要性を再確認しつつ、
今日もまた自宅での仕事に追われるのであった。

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多くの頭脳労働と同じく基本的に納期のある仕事ではあるが、
しかしその期限の存在が余計なプレッシャーになれば逆効果。
ゆえに遅れが生じているときなど半ば意図的に存在を忘れて、
自由度の高い思考状態を維持して早く仕上げるよう心掛ける。
そういうトコロに関しては、それなりに経験して慣れてきた。

仕事は基本的に頭脳労働だが、微妙に身体を使うトコロもある。
そんな両用型の仕事だからこその良さが、ひょっとしたらある。
身体を動かすから、アイデアを引き出しやすいのではないかと。
この組み合わせは、やはり性に合ったものなのだといつも実感。
結局のトコロ、脳味噌という仕事道具を上手に調整・制御して、
より良く、より早く出来るようにしていくのが基本てワケだな。

……あとは、能力を超えない程度に高頻度で仕事が入ればなあ。

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