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2010.05.09

出張旅行記(29.75) 日は再三昇る

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仕事の後の松江市街散策でも妙な縁があった。
といっても趣味の文房具店巡りが少し伸びた
程度ではあるけど、それなりに楽しい体験だ。

帰りは在来特急+新幹線にする予定だったが、
いろいろ都合があって再び寝台特急に乗った。
車中2泊+1日。やるなら、年寄りになる前に。

往路と同じく復路でも車中で仕事していたが、
上り列車の方が、下り列車より時間帯が早い。
もしかしたら東京近郊での朝の過密ダイヤに
巻き込まれないようにするためかもしれない。

理由はともあれ、おかげで行程の大半が夜だ。
夕暮れ時の松江市街を少し歩いて土産を買い、
弁当を買って、乗り込んだら個室ヒキコモリ。

米子を出て山間部に入ればカーブが連続する。
ときおり止まるのは待ち合わせの運転停車だ。
車窓の眺めは点々と灯る住宅の灯りや街路灯。

宵の口だが山間を縫って走る道路に車は疎ら。
待ち合いの頻度から推して測れば、行き交う
列車の本数も非常に少ないコトは間違いない。

しかし、その路々は住民の生活に欠かせない。
険しい山々に囲まれた狭い土地に暮らすには、
道路や鉄路がなければ外部との往来も難しい。

中国山地を抜ければ倉敷、岡山へ入っていく。
いきなり平地に出て、すぐに眩い市街地へと。
複線複々線を擦れ違う列車も、まだまだ多い。

22時台。都会ともなれば「夜はまだまだ長い」
といった時間帯ではあろう。そりゃもちろん
交通機関も元気に走り回っていて当然である。

もちろん都会で時間を忘れたような暮らしと、
農山漁村のような自然の時間に依存する生活、
まるきり異なったものではあるのだけれども、
それにしても日本の公共交通網というヤツは、
ヒトモノカネの集中の度合いにとても正直で、
地方に出ると途端に密度が低くなっていって、
それこそ疎にして漏れまくり、の様相を呈す。

たとえ「狸の道」「カミサマの道」なんぞと
揶揄されようと必要なものは必要という感覚、
こうして実見してみると、やはり実感できる。
そして広域災害時のライフラインにも重要だ。

ただ、どうなんだろうね。

交通容量不足が慢性化している都市部の路々、
それは大容量化していく以外に途はないけど、
交通網そのものの不足に悩む地方においては、
小容量かつ融通性の高い路網を縦横に巡らせ、
以て利便性と耐災害性の確保に繋げられぬか。

道そのものが重要なのではなくて、その上を
ヒトだのモノだのが移動するコト自体が重要。
その原点に立ち返って考えてみたいトコロだ。

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山陽本線・東海道本線と日本の大動脈を走る
寝台列車は、富士のあたりで夜明けを迎えた。
ここまで来れば、東京までも、もう遠くない。
東京に着くのは朝ラッシュが始まる前の時間。

出発前、旅好きの友達には、携帯のメールで
「いってきます&おやすみなさい」と送った。
到着したら、「ただいまおはよう」と送るか。

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