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2010/05/19

各駅停車の乗合列車

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ウチの実家は「友達付き合いのようだ」
と評されたコトがあるのを思い出した。

親子でも兄弟でも、けっこう直截的な
物言いを普通にしていて、どことなく
ディベート的な会話も普通に行われて
いるし、各自の得手不得手や趣味嗜好
なんかも皆が踏まえて話を進めている。

これが普通だと思っていたのだけれど、
一部の友達や仕事仲間などの言うには
「親というのは反目し合う相手」とか、
そんな関係性の家庭もあるらしく驚く。

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家族といっても時を同じくして生まれ
一緒に生を終えるというワケではない。
ときたま新しい生命が参加してきたり、
逆に今まで生きていた命が終わったり、
そういう出入りがありつつ全体として
一つの共同体を形成しているのである。

ヒト集団あるいは社会全体に拡大解釈
してみても、そのあたりの感覚は同じ。

長いコト乗り続けてきて飽きてる客も、
一つひとつの体験を珍しく感じる客も、
たまたま同じ車両に乗り合わせていて、
同じように車窓を眺めたりしてるけど、
必ずしも同じように理解しているとは
限らない、そんなのがヒトのヨノナカ。

手持ちの切符で何処まで乗れるのかは
分からないが残る区間は時間の経過に
つれて少しずつ確実に短くなっていく。

そんな事実は変えようもないし避ける
コトもできないのだから嘆くのも無駄。
それよりは乗り合わせた他の客と喋り、
車窓を楽しんでいた方が余程マシだな。

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