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2010/05/21

枠々するコト基礎の如し

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成功の体験であろうと失敗の体験であろうと何れにせよ、
表面的な経験則では環境変化に追随することができない。

柳の下に二匹目の泥鰌は居ないし前車の轍は踏むものだ。
いったん狩りをした場所は暫く間を置いてから使うもの。

きちんと土台を作った上で仕組みを構築しなきゃなんて、
テキトーなコトバで誤魔化すのは至って簡単だけれども。

何を以て基礎とするかという認識だけみても大きく違う。
どこまで深く杭を打っても基礎といえるかどうかは疑問。

そもデキゴトてのは完全に終わったなんてコトはなくて、
いつまでも個々の事象の影響は残り続けるものであって。

無数の現在進行形のデキゴトの絡まり合った状態こそが
今ヒトの目に映るヨノナカというコトでもあるからして。

だから個々のモノゴトをのみひたすら深掘りしていても、
周囲や背景のモノゴトを見失っていては、どだい無理だ。

枠を決めて掛かれば可能性を制約してしまいかねないが、
枠の存在や内外の違いを認識できねば何処にも行けない。

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