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2010/06/11

自称逸般塵の不通の日記(165) 人格を養うには人々の中?

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書くコトがないようなときは自分自身を見詰めてみたりする。
いや普段から自分自身を通じて社会を眺めているのだけども。
(そして今回はネタが尽きたというほどでもないのだけども)

もう何年も会社に所属するコトなく家族も居らぬ暮らし振り。
一人で粗食・家事・仕事・散歩を繰り返していたりするので、
どこか修行僧めいたトコロもあるのではないかと思えてくる。

それでも完全に鰥寡孤独というワケでもなく社会の中で生活
してるものだから他者との接触は貴重な社会との接点となる。

友達とか仕事仲間とか実家の親兄弟と意見交換するのは当然、
床屋にも行けば馴染みの店長と毎度のように世相を語り合う。

先週など先輩から仕事の手伝いを頼まれて、2~3日徹夜して
なんとか片付けたりしたが、そういった関係も有難いものだ。

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