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2010.06.27

道を知るべきコトバ(9) 屋根のない道

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最近になって、ふと気付いて妙なほど驚いた事実がある。
小さい頃、身近な大人にホワイトカラーが存在していなかった。
ずいぶん昔に書いた通り、生まれ育ったのは田圃の真ん中の集落で、
2~3の小さな町工場があった程度だもんだから、頻繁に出会う
大人たちといえば農家か、工場の職工か、というトコロ。

集落にだって勤めに出ていた人もいたはずだが会う機会は少ない。
親戚筋や街中の友達の親などにも勤め人は多いはずだが以下同文。

職場を出れば私的な時間、なんて感覚とは無縁の大人たちばかり
身近に触れて育ったせいかな、職業とは生きるコトだなんて感覚。

やろうと思えば会社員生活も、できないワケじゃない。
通算5年間くらい、長いトコロで2年くらいは勤務した。

でも一人で仕事するようになって、むしろ落ち着いていられる。
たとえば仕事上で何らかの問題が生じたとしても、その原因が
他者であれ自身であれ偶然であれ、そんなのを問わず自ら動き
対処せねばならないものだから、割り切って動けるというもの。

目まぐるしく変化し続ける状況への対応に関しては、
まだまだ足りないトコロも数多くあるのだけれども、
それでも失敗したとしたら自らの能力不足といえる、
逆に言えば誰かor何かを恨むような気にもならない。

「情けは人の為ならず」的論法において
「仕事は自分自身の為」というトコロか。

照れば暑く、吹けば砂埃で、降れば濡れる、
そんな道が、性に合っているのかもしれん。

そういえば、ちょっとした雨なら傘も出さずに
歩いてしまうような習慣、いつからだったかな。

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