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2010/06/07

このクニのカタチ・深層流(あるいは熊'n八)

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切迫する状況の中で「やれるだけやる」というのは、
必ずしも「手当たり次第やる」とイコールではない。

そうではなく、やるべきコトを洗いざらい並べ上げ、
それらに優先順位をつけ、一つひとつ実施していく、
といった感じの行動をこそ、目指すべきではないか。

できるコトや、あるいは他への影響が大きなトコロ、
そして最低限どうしても必要なモノゴトなど、から。

何の工夫も配慮もなく動き回るだけでは無駄も多く、
下手をすれば順序を違えたりして失敗しかねないし、
どちらかというと運を天に任せるようなものだろう。

ところがヒトのヨノナカは面白いもので、別の状況では
その「手当たり次第」が求められるコトもあったりする。
それは実践を求められる状況でなく、学習する際のコト。

個体発生は系統発生を繰り返すといったコトバもあるけど、
個体ごとの発見の道筋が集団の発見を模倣していくような、
学習や経験の在り方が伝統的orシキタリ的に存在している。

それこそ、見様見真似で身に付けていくような具合であり、
「考えるより先にまず動いて、その上で考えてみる」的な
素地が、教えを受ける側の姿勢として求められるのである。

かたや長じては見真似される側としての姿勢が求められる。
さらには老いては子に従えとなり、いずれは時代の変化に
集団として対応していくため、後身に任せ身を退いていく。
そうなるためには、きちんと経験を積んだ後継者が必要だ。

次の世代や次の次の世代への移行措置を踏まえたシキタリ。
受け継いでアレンジして伝えていくというオリジナリティ。

このクニには長い近世を経て、まねぶ風土が定着し、
そして一足飛びに近代へと移行してきた過去があり、
近世の感覚が根強く残った現代の社会を成している。

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最近、なんとなく思っているコトがある。

もしかすると時代は動き出しているのかもしれない。
現代社会に含まれる要素のうち一部を残したままで、
次代社会を成そうとしている最中なのではないかと。

夜がいつから夜なのかを明確に認識しづらいように、
変化しつつある只中に居ては感知は難しいものだが、
後々に振り返ってみれば確信できるのではないかと。

そんなときには優先順位付けのための条件なんかも
ところどころ大きく変わってしまう可能性が高くて、
結局のトコロ今は「手当たり次第」が妥当なのかも。

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