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2010/06/04

個にして独だが一人ではない

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時間軸を進めつつ見ていかないと、
生命とは生命たり得ないのではないか。
常に過渡期が続いているようなものだから。

音や振動は時間軸に沿ってみなければ分からない。
もし仮に空気の分子の配置を無限小の時間単位で
切り出してみられるとして其処に音を聞けるのか。

生命活動も似たようなものではないだろうか。
時間の経過を辿っていかなければ把握できぬ。
さらにいうなら周囲の空間との関係があって、
そして過去の生命の連続の延長線上にあって、
ようやく生命は生命として存在し得るのでは。

つまり時空間から切り離して使うコトはできない、
というより生命の個体とは時空間全体の中の、
わずか一部に過ぎない存在ともいえよう。

さまざまな意味で個体どうしは影響し合い、
それぞれの存在があってこそ全体を為せる。

人は自ら助くる者を助く傾向はあるけれど、
最初から不信を抱いては助ける気も出まい。
解いていかねば先はない。誰の為でもなく。

予測できる未来像が必ず実現するとは限らない。
むしろヒトが不完全であるために残念な予想を
自ら成就させてしまうケースは少なからずある。

此を以て予言は成就するものと決めて掛かれば、
そりゃ自分自身にも同じ集団内のヒトビトにも、
あるいは対立するような集団のヒトビトにさえ、
実は不幸な将来を与えているコトになるまいか。

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