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2010年7月

2010.07.31

自称逸般塵の不通の日記(176) 意外な猛暑の影響範囲

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雨降りの涼しい日が続いたけど一時的なもの。
またすぐに猛暑が勢力を盛り返しそうな気配。

今夏を耐えぬく見通しが立ってきたとはいえ、
暑さは少しずつ体調に影響を与えつつある。

左手の人差し指と中指の付け根のあたりに
皮が剥けた部分があるコトに気付いた昨夜。

微妙にズレた位置関係だが向かい合う配置。
不思議に思っていたけど団扇を使って納得。

右手はマウスなどの操作に使うコトが多くて
左手が団扇の定位置になったというワケだ。

余計な力を使わぬよう指の間に挟んで扇ぎ
毎晩何百何千回、皮膚が剥けたワケである。

半ば意識せぬ行動ではあるが結果は明白。
あまり酷くならぬよう意識して制御しとこう。

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2010.07.30

一つトコロをのみ見て居れば良いとは限るまい?

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ヒトの集団は外への注意が疎かになりがちなものなので嫌だ。
だから自分自身が集団の一員として行動するような場面では
自発的に集団外にも注意を払うようにしているのだけれども、

実はその行動が完全に集団へ溶け込めていない姿勢を示し、
集団内に定着できない性質であるとして扱われがちだったり。
おかげで若干の排他的対応を受けたりするけど致し方なし。

まあいいけどね。

それ以上に踏み込む姿勢は困難だったり苦痛だったりするし、
むしろ性質に合致したポジションを選んでいるのだと思えるし、
それはそれで、集団の内外を繋ぐチャネルの役割だと思えば。

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2010.07.29

変わり目を迎えたヒトビトの傾向と対策

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一つの時代が終わった直後に社会へ出てきたような世代では端境期の生活を余儀なくされて、どっちの世代に引っ付けばいいのか悩みつつ歳月を重ねていくコトもある。

上を見れば旧世代の最後尾となってしまい無限連鎖講の最末端のような艱難辛苦を味わう可能性が非常に高いのだから避けるに越したコトはない。

逆に下を見れば新世代が始まろうとしていて過渡期に成長してきた身としては適応しづらい面もあるけれど先駆者となれる可能性は非常に高い。

そう考えてみれば簡単なハナシなのかもしれないが過渡期あたりの世代では新世代ばかりを見て生きていられないという事情もあったりするあたりが難しいトコロ。

年齢の差は死ぬまで変わらないものだから、ほんの数年10年の差で世代が異なるような場合、旧世代が滅び去る頃には過渡期世代も棺桶一歩手前。

逆に、過渡期前後の世代からみても、人生の特定の段階で時代の変化を見るコトになるのだから、ある意味で過渡期世代の仲間に含められるワケだが。

要するに、ほぼ一生ヒトは時代から逃れられないってハナシ。だったら諦めて現実に適応した方が、どれだけマシか。両方の世代の橋渡しでも、やればいいかね?

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2010.07.28

暑い夏だからか寒い冬のハナシをしてみたくなった件について

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ヨノナカの基本構造は、急激に変化したりするコトもあるが、
しかし、その激変の間にある期間にも緩慢ながら変化はある。

同じ梅雨でも初期のシトシト雨と末期の豪雨で大きく違うが、
それでもヒトは同じく梅雨という一つの期間で括って考える。
同じ盛夏でも初期のカラッとした青空と後半の蒸し暑さとは
やはり違うワケだが大きくみれば暑い盛りでヒト括りとなる。

たとえば日本の高度経済成長期からバブルまでの期間などを、
そんなふうな性質のものだったと考えてみたりできないかな。

も少しイメージしやすい比喩にしよう。

かつてないほどの酷暑と旱魃をもたらした激しい夏が過ぎて、
秋には豊かな実りが得られて人々は豊作の喜びに踊り狂った。
ところが続いて訪れるは酷寒の冬。春まだ見えずと白息吐息。

季節の移り変わりに対して長年の蓄積で適応してきた日本人、
だが時代の移り変わりに対しては、どうにも不慣れな印象だ。
未だに秋の時代の体質から抜け出せなくて冬の寒さにメゲて、
厚着して暖房を焚いて動かず切り抜けようという連中も多い。

そうじゃないだろう。冬は子供の季節。

ちょっとくらい寒かろうと元気を出して歩き回った方がいい。
動けば動いただけ身体は暖まるし、何かを発見したりもする。

だというのに老人たちは親切心か余計なお世話か知らないが、
「出歩かない方がいい」「出歩くなんて正気の沙汰じゃない」
なんていうくらいの扱いときたもんだから、どうしたものか。
たっぷりと秋の実りを蓄えているような連中からしてみれば、
そのまま閉じこもってた方が、いいのかもしれないけれどね。

それぞれがそれぞれに適当な行動を選択している結果として、
すっかり別々の生活圏ができて、もう断絶してしまっている。

あまりにも異なった立場、どちらが良いか云々なんて無意味。
だけれど間違いなく言えそうなコトは、春の気配を知るのも
春の恵みを得るのも、外に出歩いている人たちの方が先、だ。

さて、その結果どうなるか。

まったく当たり前のコトだけど、基本的には経験しなけりゃ
身に付かないコトも多いから、未経験者が入れない業界では
先細りになりかぬ、そういった構造的な問題があったりする。
ところが、時代の激変期が程良い頻度で訪れるなら話は別だ。
しばしば未経験者の方が有利だったりする場面も少なくない。
となれば、多少の問題を抱えた構造であっても維持されよう。

日本語では「雨降って地固まる」といった言葉もあるけれど、
どこぞの乾いた大陸では森林火災が生物群の生育を促したり。
むしろ、環境の激変期にあっては古い個体を完全に捨て去り
新しい個体に入れ替える、そんな構造になっているのかもな。

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2010.07.27

自称逸般塵の不通の日記(176) ゲリラも雲散霧消、特別区の壁?

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安定した天候というのは長続きしないのが日本の気候の特徴。
真夏を象徴するカラッと晴れた青空だけが続くワケではなく、
しばらくするとそこに微妙な変化が混じってくるものである。

晴天が続けば地表付近から熱を奪った水蒸気が上昇していく。
だもんで夕方から夜にかけて雨となる日が増えてきたりする。
近年では突然の激しい雷雨として都市水害も生じたりするが。

それでも災害にならぬ程度の強い雨は個人的に大好きである。
地表の大気から熱を流し去って涼しい夜をもたらしてくれる。
冷房故障のまま夏を乗り切ろうとする身にとっては恵みの雨。

しかし、ここ数日は期待を裏切られるコトも少なくなかった。
西の方から流れてきた雨雲が、東京市部では豪雨をもたらす
のだけれど、東京区部に入ろうとするあたりで消えたりする。

そんなのが何度となく続いたもんだから「23区の壁」などと
称しては雨の期待を外された残念なキモチを押しつけている。
雨雲が逃げたり散ってしまうほどヒートアイランドなのかと。

レーダー情報などが公開されてるから自宅に居ながらにして
雨雲の様子を把握するコトもできるようになってるワケだが、
期待を持たされた挙句に裏切られるのでは却って残念なもの。

なまじ知らずにいるならば、むしろ気楽でいられただろうか。

思い返すと雨の直撃こそ外れたものの雨の気配さえ近寄れば
若干は外気温も下がり風も涼しくなって居心地も良くなった。

そうだな、そういう情報の変化に一喜一憂するのも、アレだ。

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2010.07.26

自称逸般塵の不通の日記(175) 借家ぐらしの或るオッサンの隣近所のトコロの公園

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近所の古民家が不審火により全焼して、1年半ほどになるか。
古民家といっても東京特別区の住宅街の中のコトなので
築80年だとか、その程度の古さでしかなかったのだけれども、
今は隣の家に住む元の住民が庭を植物で一杯にしていて、
建物そのものも大正末か昭和初期のモダンな風情だったので、
さる高名なアニメ監督が映画の舞台の参考にしたとかいう、
知る人ぞ知る散歩スポットではあったようではある、のだとか。

それを区が買い上げて、緑に埋もれた風情を維持しつつ
公園に整備するという計画が持ち上がった矢先の火事だった。
それが燃えてしまってどうなるコトかと思っていたのだが、
焼けたのは建物だけで庭木の被害は少なかったものだから、
区は計画を少し変えたものの公園整備という方針は維持、
建物の基礎や庭に残っていた手押しポンプ井戸などを保存し、
一緒に買い上げていた隣接の月極駐車場もアスファルトを
全部剥いで花壇やトイレや案内板などを設置して歩道を造り、
さらに仮設掲示板に進捗状況の写真を掲示してみたり、
とにかく色々な工事を並行して着々と進めていったのだった。

仕上げに行われたのが、昨日の開園式。

駅からの最短ルートは迷いやすいからか、途中には案内板も
設置して、10時開始の式の30分前から整理券を配って、
参加者には土産物に花の苗か何かをプレゼントするだのと、
まあ随分と手の込んだセレモニーを行ったという次第。
当然、大勢の客が訪れてきて騒々しくなるものと判断され、
近所の住民としては、あえて打って出るコトにしたのだ。
さもなきゃ、どっか他の場所へ逃げ出すか、どっちかだった。

人々が集まり始めた気配で出てみれば、隣の中学校にまで
ズラリと並んだ列。整理券を受け取るための列らしい。
貰ってみれば整理券というのは会場に入るための券ではなく、
式典後に花を受け取るための引き替え用だったりする。
そして会場は、というと校庭の半分くらいを使ったテントの列。
あの小さな敷地に何十人も入れないと思っていたから、
数百人にもなりそうな列に驚いたが、これで疑問は氷解した。
しかし猛暑日寸前の炎天下。テントの下も暑い、暑い。
時間に余裕があるので、いったん近所のコンビニまで避難して
ちょっと買い出しをしたりして、自宅に寄ってから戻る。
心なしか、コンビニあたりまで離れても人が多いような気もする。

戻ってみれば、さらに“人がゴミのよう”に増えていた。
局ロゴを貼ったTVカメラだのブームマイクだのを持った連中
なんぞも繰り出してきてるし、区長や区議長、地元の
有力衆院議員までセンセイ方一同が顔を揃えて座っている。
式典は案の定、その皆々様のリレートークが延々続く。
最後の方で、ほんのちょっとだけ喋った監督のときだけは、
いささか拍手の質が違っていたが、まあ当然だろうな。
中学校の吹奏楽部が出てきて映画のテーマ曲を演奏すれば
会場は手拍子でノってくる。これもまあ、普通だろう。

人が何を求めて来ているのか、よく分かる。

開園式の最後は、現場でのテープカットセレモニー。
関係者の中でも一部だけしか入れない狭い公園だというのに、
まあよくやるもんだと、ある意味で感心してしまった。
他の人々は公園を取り巻くようにして柵越しに、眺めるだけ。
式の後には花配りが行われたので、また校庭に行列。
どうやら行政は行列を作るのが好きらしい。一文字違いだし。

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2010.07.25

自称逸般塵の不通の日記(174) 夏と莫迦の風

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自宅の冷房は、昨年だか一昨年だか忘れたけど
冷暖房機能を喪失して送風機状態のままなので、
外に出て作業するのが日常化している夏。
喫茶店などで2~3時間、集中して作業するのは
ある意味で効率的な仕事場だと思う昨今。

最初は外を歩いて暑くなった身体を冷ましつつ
少しブログの下書きなどをしてアタマを暖気し、
そこから一気に、仕事に取り掛かる。

冷房がないのは自宅を出る口実にもなっている。
我慢できなければ自ら出ざるを得ないのだから。

しかし、さすがに猛暑日熱帯夜ばかりが続くと
寝不足になったりして体調を崩しがちではある。
そんなワケで、夏風邪をひいたのだな。

幸い、まさに頭痛が生じた日にピークを打って
暑さは峠を越えたようで寝起きのタイミングも
徐々に把握できるようになってきた。
早めに眠って早めに起きるのが熟睡できる条件。
マトモに眠れないような室温を避けるのが一番。

一般的に、生活サイクルを変えるのは難しいが、
夏はラジオ体操というイベントが、何故かある。
ある朝、その帰りの人々の声で目覚めたりした。
夏休みというのがある、とは遠い記憶だったが、
割と近所の環境に影響を受けやすい生活なので
無視しておれない。なら逆に利用してしまおう。

体操が終わって人々が帰り始めるのは6:45頃か。
そこで睡眠を終えるには1.5時間単位の睡眠を
3サイクルで2:15~6:45、あるいは4サイクルの
12:45~6:45とするのが無難だと判断した。
基本的に3だが疲れているときなどに4サイクル、
というくらいに考えておこう。

そして起きたら、まず寝汗をシャワーで流して
それから軽く食事、or飲料で身体を覚醒させる。
だが、こういう生活サイクルでは午前中が長い。

室温が上昇していく中で我慢の限界を探るかの
ように自宅で作業、ちょとPCに負荷をかければ
冷却ファンは最高回転数から下がりはしない。
なかなかストレスの多い作業環境ではあるけど、
それでもなんとか昼食時までは作業を続けたい。

そして午後、手帳や紙資料、PDAだけを持ち出し、
喫茶店に入ってアイスコーヒーを前に頭脳労働。
冷房のある店内でも呻吟するかのように仕事だ。

まだまだ暑い時期は続く。まだまだ仕事も続く。
負荷をかけすぎぬようペースを維持しないとな。

いろいろあって、ないない尽くしの生活だども、
このところ仕事だけは途切れずに続いてくれて、
暑さの中で持続的に仕事しつつ生活するために
求められる知恵だの粘り強さだのといった感覚
が半ば自然発生的に出てきてくれるのが有難い。

莫迦は経験に学ぶというから、これでも良かろ。

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2010.07.24

理系用語で読み解く社会(67) 転換点付近を微分する

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都心で3連続の猛暑日(4日目に突入するかどうか)。
しかし初日でピークを越えたコトに気付いていた。

ちょと前、梅雨明けから一転して真夏になる前後、
仕事でもスケジュールが詰まっていたりした時季、
体調管理が上手く行かず鼻風邪ぽい状態となった。
寝苦しくて口を開けたまま眠っていたのだろうか、
ある日の朝に喉が痛くなって、翌日はハナが出た。

莫迦の夏風邪である。まあ一度やれば懲りるから、
その後の夏一杯は、たいてい大丈夫だったりする。
一夏に何度もやらかすほどの大馬鹿者でもないが、
しかし毎年のようにやるあたりは莫迦なのだろう。

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さて連続猛暑日。

初日の前夜は、ほぼ無風で熱の抜けない夜だった。
寝付きが悪く、したたかに寝汗をかいてしまった。
寝覚めも良くなく一日、体調も優れぬままだった。
夏風邪の3~4日目、頭痛というか頭重でもあった。

だが夜には身体の調子も少し回復してきていたし、
微風もあって、なんとか寝付くコトができる程度。
翌日の目覚めも悪くなかった。

ラジオ体操帰りと思しき人々の声で目覚めて7時前、
(日頃は未明まで自宅仕事をして昼起きる生活だが)
しかも午前中に一仕事しようという気にもなった。
その作業も暑さに耐えつつ昼過ぎには片付いたて、
それから昼食後に喫茶店に入り込み、さらに仕事。

その夜には、日付が変わった頃に雨が通り過ぎた。
大した雨量ではなかったものの涼しい空気を残す。
仕事の進みは今一つで明け方まで掛かったけれど、
その後の寝付きはとても良かったと記憶している。

だから昨日は暑くなってから起きる結果になった。
しかし体調も改善してきていて、まさにその日に
入っていた外での仕事も、なんとか無事に終えて、
さらに喫茶店に入って当日分の作業を仕上げたし、
複数の友人と会って喋って、食事したりして帰宅。
歩いて帰って汗をかいたのでシャワーを浴びれば
夏風邪も殆ど治っている感触だった。

夜の風も涼しい。
室内の空気を一発で外気と入れ替えられるならば、
もう快適に眠れるコトだろう。

まだまだ夏は長いから、暑さが戻ってくる日々も
少なからずあるだろうけど、なんとか今年の夏も
切り抜けるコトができそうだ、そんな感触を得た。

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今回の連続猛暑日は夏至前後の太陽の動きに似て
ピーク近くでは変化が分かりにくいものであった。
けれどもモノゴトの変化に、転換点は確実にある。
変化の度合いは少しずつ加速していくものだから、
いずれは誰だって振り返って気付くコトになるが、
変化の、まさにその時に気付くコトができるなら、
大馬鹿というほどではないのじゃないかとも思う。

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2010.07.23

科学系ヨタ話(14) 社会的な形質遺伝

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夏休み前半シーズン、科学系セミナーも子供向けの性質が一段と強まってくる季節。
何というか、夏は科学、というイメージが漠然と昭和の昔から、あったような気が。
(ただし8月前半だけ戦争の話題が中心になるのは戦前日本を供養するようなもので)

それはともかく。
テーマや講演者によっては飽きてしまう子供たちも少なからず存在するもんで、
飽きて勝手に喋り始めたり、あるいは途中退出する様子が、しばしば見られる。
当然ながら後者の方が、話を聞きたい者としては有難いのは言うまでもなくて、
できればさらに足音を忍ばせて、邪魔にならぬように移動してもらえれば幸い。

その様子を見ていると、忍び足を
できない親&できない子供、できる親&できない子供、できる親&できる子供、
の組み合わせがあり、できない親&できる子供、の例は、ほぼ皆無だと気付く。

つまり、できる親の下には、できる子供とできない子供が育つ可能性があって、
逆に、できない親の下には、できない子供が育つ、というトコロになるのかな。
組み合わせていくと、できない子供が親になっていく傾向になっていきそうだ。
さらに世代単位の期間でみれば、できない親&子供の割合が増えていくだろう。

野生時代であれば、忍び足ができなければ不利となって淘汰圧が働いただろう。
社会を営む時代には、状況に応じてルールやマナーが同じような役割を担った。
時代や環境によっては教育を通じて補正が加えられた、という可能性もあろう。
それが特に働かなくなると、生物は不要な行動をしなくなるという一例なのか。

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2010.07.22

ニッチというより希少?

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友達と話をしていて微妙な違和感を覚えるコトがある。
それは都市と農村、の感覚の違いであるように思う。
今の中年世代の中で、たまたま農村部に生まれ育って、
しかも東京など都市部で生活しているような人物は、
どうにも少数派であるらしく、なかなか出会えない。
考えてみれば同年代でも、あるいはもっと上の世代でも、
都市出身者の方が圧倒的に多いのだろう。そういう日本。

視野一杯に広がる青々とした田圃の中で遊ぶ夏休み。
小さな袋を幾つも一杯にしても飽きず蝗を捕り続けたり、
(自宅に持ち帰って数日後には佃煮になって食卓に並ぶ)
雨蛙を捕らえて餌にして用水路の中のザリガニを釣ったり、
あるいは近くを流れる川で鯉や鮒を釣ったりして遊んで、
暑くなれば地下水を汲むポンプ小屋の出水口で頭を冷やす
(飲料用ではないけれど、ついでに喉の渇きも癒したり)

……といったコトが思う存分できる環境に育って、
その上しかも、水田遊びもさることながら自宅で
読書するのも大好きだったなんていうヤツは、
きっと、高度経済成長期以降の日本には少ない。

メインストリーム外で育ったからニッチの方が馴染む、
なんて考えておけば気楽ではあるのだけれど、ねえ。

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2010.07.21

理系用語で読み解く社会(66) 特殊市場の時間軸

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生物がニッチへ進出するのは何故か。

メインストリームな環境で生きづらかったから、あるいは追い出されたから、という理由もあるだろうけど、
そこにも生きる道が、あるいは生きる糧があるから、といった背景についても見落としてはいけないだろう。

先日、某独法研究機関の公開セミナーで深海底に沈んだ鯨の死骸にできる生物圏のハナシを聞いた。
太陽エネルギーの恩恵から遠く隔たった深海底。貧栄養環境では沈んだ生物の死骸が貴重な栄養源。
ここで効率的にエネルギーを利用できるのは、還元性の雰囲気中の化学エネルギーを使う原核生物。
地球上に酸素が豊富になる以前からあった、いうなれば最も原始的な生物の存在形態というワケだが、
それを体表に付着させたり、細胞内に取り込むようにした動物たちが、大きな群集を形成している。

もちろん、酸素が豊富な環境に適応し、豊富な太陽エネルギーを利用できる環境で進化した生物だ。
そこから再び深海底のニッチへ進出していく過程で、還元性微生物との共生関係を作り上げてきた。
その系統を辿っていくと、ゆくゆくは細胞内共生、細胞内小器官へと進んでいく途上とも思われる。

真核生物は、進化の過程で酸素を利用する微生物を取り込んだりしていったと考えられているが、
還元性微生物との共生関係においては未だ、そこまでの完全な取り込みには至っていないようだ。
少なくとも、単細胞時代に細胞内小器官まで至るコトができなかったのは間違いなさそうである。
ミトコンドリアや葉緑体のようにならなかった理由は、「市場規模」の違いにあるのかもしれん。

太陽光は地表で豊富に得られる。それを利用する市場とは、生物にとって非常に大きなものである。
その結果として酸素が大量に作られたから、酸素を利用する市場の規模もまた非常に大きなものだ。
これに対し、化学エネルギーを利用する市場については、それらとは違って規模の上で限界がある。
地殻内を通って地表に噴出する熱水や温泉、鉱泉、あるいは生物遺体などに依存するしかない上に、
大気や海洋へ大量に拡散してきた酸素を避けるため深海底や地殻内深部などに頼るほかはないのだ。

規模の大きな市場では多様性も促進されやすいし、競争原理が強く働くものだから進化も速かろう。
地球上の生物の歴史は地質学的年代スケール。市場規模の格差は時間につれて拡大していく一方だ。
その中で、大きなメインストリーム市場から小さなニッチ市場への進出を図る生物が、たまにある。
メインストリームにおける汎用性の高い存在が、ニッチへの適応を獲得していくというシナリオだ。

ニッチに適応していくには長い時間がかかるものの、いったん適応すれば高い率で占有が可能になる。
とはいえ、市場規模は小さなままであるから多様性も限られるし、競争原理もやはり強くは働かない。
還元細菌との共生関係が、途上と思える程度でしかないのも、そこまでの競争が不要だからであろう。
メインストリーム市場での競争社会から隔離され、独自の生活圏を確保していくコトができるワケだ。
こうして特殊な条件下での生物には“生きた化石”が多くみられる、というトコロなのかもしれない。

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2010.07.20

このクニのカタチ・津々浦々

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ある瞬間に社会の中に生きるヒトが行おうとする行動は、
しばしば状況によって半ば規定されているようなものだ。
信教に基づくキマリゴトだの旧来のシキタリに照らせば、
ほぼ8割9割は行動が決まっているとさえいえるであろう。

だけどヒトは、しばしばその通りにしなかったりして、
もちろん自然環境なども、ときに例年と違ったりして、
別の1割2割の選択肢を、選ぶケースも少なからずある。
そのくらいの柔軟性があれば、変化に対応できたのだ。

近現代になって大都市に人口が集中するようになっても
盆暮れには実家に帰って過ごすような風習が続いたのは、
むしろ地域ごとの多様性を維持するのに役立っただろう。
そして全体として徐々にだが着実に変化していけたはず。

もちろんシキタリだのキマリゴトだのに依存してばかりで、
シンプルに考えたがりすぎるのもまた真実を見落としたり
変化に富んだ現実の周辺環境に適応できなくなったりする
危険も潜んでいるワケだから過信するのは禁物だけれども、
だけどよりどりみどりの今のヨノナカでは却って選べない、
なんて懸念もあったりするので何れにせよ行き過ぎが問題?

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2010.07.19

このクニのカタチ・暑中見舞

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梅雨らしい梅雨の後に夏らしい夏が来た。
ジメジメしたのも猛暑も苦手だけれども、
季節の移り変わりが明瞭な点は悪くない。

次に移ろうとする時季になれば季節は激しく乱れ
そして変わった直後には安定した天候が長く続く。
この夏も終わる頃には不安定になるコトであろう。

長く待たずとも次の季節に移り変わりゆく、このクニ。
だからこそ湿度も温度も風雨積雪さえ、楽しめるもの。
過ぎ去ってしまえば、それは必ず名残惜しいのだから。

直ぐに怨み言も風化し、懐かしさだけ残る季節風土。
今まさに楽しめるモノゴトをこそ、楽しもうとする。
とやかく言うなどは野暮、楽しむのが吉とばかりに。

昔からのシキタリの中にはヒトビトが季節の
移ろいを熟知している前提で作られたモノも
少なくなくて、その根深さがよく分かる次第。

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2010.07.18

夏には夏の、風と雲

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雲だって風だって潮の流れだって、
勝手気儘に彷徨ってるワケではない。
むしろ否応なしに動かされている。

相互に影響を及ぼし合って複雑な
関係性の中で動いているのであって、
人間だけが特別なワケではない。

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2010.07.17

自称逸般塵の不通の日記(173) 夏への覚悟

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さて梅雨が明けて年間で最も暑い時季へと差し掛かる。
仕事も今年で最も忙しい時期を迎える……かもしれん。

外を出歩くコトの多い仕事だから案件が増えれば交通費など出費も嵩む。
また自宅仕事の部分でも外食や買い食いが増えるなどして費用が掛かる。
さらに暑い時期では涼しい喫茶店などへ移動して仕事する場面も増える。

以前にも書いたが案件が収入に化けるのは完了してさらに後のハナシだ。
少し前まで暇な期間が続いていたため懐具合は乏しく家賃さえ遅延気味。
そんな状態だから周囲の援助があってようやく仕事の遣り繰りができる。

この夏が終わって残暑も和らぐくらいの時季になれば、
いろいろな援助に報いるだけの資金が集まってくるか。

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2010.07.16

人を呪う方法についての簡単な解説

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「人を呪う方法」などというようなキーワードで検索して、
このブログの過去記事に来てる人がいたりするのだけれど、
検索して見付けられるような程度の方法など偽物に過ぎぬ。

そんなに簡単に見付けられるような方法であったとすれば、
シアワセなヒトなどヨノナカに一人もいないんじゃないか?
またはヒトそのものが死に絶えているかもしれないけれど。

そもそも呪いというのは遠回し遠回しに行う行為だもんで、
人それぞれに工夫して練り上げて培ってやらねばならない。
実演どころか説明するのさえ長くなりすぎて大変なくらい。

というワケで、非常に簡略化した一例を紹介するに留める。
あまりに簡略化しているため誤解を招く危険も多いのだが、
どうやら最近はニーズが多いようなので敢えて記しておく。

なお、言うまでもないコトではあるが、ここに記載された
情報を利用する際のトラブルなどは一切補償いたしかねる。
何となれば呪いとは自ら身に付け自ら考えて実施する行為。
実行するか否かの判断と、実施に伴うリスクは自身にある。

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2010.07.15

不等号の小さい側から眺めるヨノナカがどんなものか想像したコトはあるか?

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非対称の魔術に囚われやすい人物像を、ある程度は
類型化するコトも可能なのではないかと考えている。

たとえば働き盛りの社会人。社会の主流派だ。
高等教育をアタリマエのように受けて育って、
その中で競争をアタリマエのように経験して、
社会に出ても企業間の競争や企業内の競争を
アタリマエのように経て、そして勝ち残った。

そのコト自体は必ずしも悪いコトではないかもしれないけれど、
限られたセカイの中でしか通用しないルールだの不文律だのを、
他のセカイにいる人たちにまで押しつける勝手さが問題となる。
「アタリマエだからアタリマエなんだ」と言ってしまう感覚が。

あたかも大きな声を出して身体を動かすのが当然という
体育会系の連中が静かな場でも声量を落とせないような、
あるいは、あまりに大音量の音楽を聴いてばかりいると
難聴になってしまうのと似たような、ある種の社会障害。
過ぎたるは尚及ばざるが如し。過度の適応は障害と同義。

現代社会は情報の爆発的増加の渦中にあって、
そのせいで感覚器官が慣れてしまう(可逆)か、
あるいは飽和して機能が損なわれる(不可逆)、
いずれにせよ得られていた情報を見失いがち。
おかげで誰もが「群盲撫象」な状態となって、
その感覚そのまま情報発信してくもんだから
余計に社会ノイズが増えてくばかりの悪循環。

英語圏から半ば隔離されている日本でさえも
その印象は酷く感じられるのだから英語圏の
先進国となればさらに酷いコトなのだろうか。
ともあれ、これでは誰が社会に出たとしても、
同じように非対称の魔術に囚われかねないな。

どんな人物が座っても全く同じように誰も彼もが
ふんぞり返ってしまって問題になるような椅子は、
きっと基本設計や骨組みから作り直した方が良い。
あるいは土台から作り直してもいいかもしれない。
そんなコトを思う対象、議会の椅子だけじゃない。
社会の主流派という椅子もまた厄介な存在なのだ。

よくある戦犯捜しの問題だとか特に週刊誌などが
よくやってるような悪人作りの主張などをみると、
異質な一部を排除するコトで自らの立場を守ろう
とする動物集団の本能剥き出しに見えてならない。
これまた、やはりヒトの構造的な欠陥なのだろう。

ともあれ。

「規制は守って当然、危なっかしいコトは最初からしないさせない」
なんて優等性生活してきた人たちだけが全てだと思っているような
連中がヨノナカを牛耳ってたらハミダシ者など生きるのも一苦労だ。
せいぜい異質ゆえに演じられるような道化か何かを試みてみようか?

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2010.07.14

不当な式

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「良い品を長く使う」というポリシーの友人夫婦。
あるとき、鞄の値段について語り合っていた。
普段使いの鞄の値段は夫は4万円、妻は5万円。
「結構な差だ」と夫、「大した差じゃない」と妻。

「どっちを基準に考えるかで、感覚の上での差は違ってくるはず。
4万円からみれば5万円は2.5割増、5万円からみれば4万円は2割引」
そんなコトを言って、2人を煙に巻いたのであった。

そんな、非対称性についてのハナシ。

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2010.07.13

横並び階層と、そこに含まれない成分について

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誰が持っても同じく騒々しいばかりの拡声器。
誰がなっても同じく反与党になるだけの野党陣営。
誰がなっても同じく野党と対立するしかしない与党。
やってるコトは主義主張に依らず大差なくなって、
むしろ立場に応じて変わったものとしか思えない。
要するに全員が同じ土俵に横並びの力士揃い踏み。

横並びの集団は後ろから追い越すコトもできないし、
脱落しても障害物扱いで後ろから追い立てられる。
仲良しクラブそのものが悪いとまでは言わないけれど、
ウチとソトでの扱いの格差が酷すぎるといったあたり、
周囲との軋轢を生むだけなので改善を望むトコロ。

多様化するというか明確な階層化が進んでいる現在。
社会の各階層が乖離しているように思えてならない。

たとえば近所の住宅街でも、階層間の違いがあるだろう。
既存の「終身雇用型持ち家」層が町内会を形成して
地元の中核を担っているような印象があるけれど、
どちらかというと若い(といっても中年も少なくない)世代の
「非正規雇用型借家」層は町内会に誘われる機会もなく、
それぞれ地域とは異なるコミュニティに属するカタチで、
個々に違うライフスタイルの生活を営んでいる。

いうまでもなく増え続けているのは後者であるが、
昔ながらの選挙戦のやり方では、まるでリーチできない。
基本的にマスを対象とした伝達手段であるから、
横並び集団にはリーチしやすいかもしれないが、
そこに様々な理由で含まれない人々には届かん。

だけど制度上どうしても、マスを対象に呼び掛けて
その結果として選ばれた連中が制度を考えるので、
横並び集団以外の割合がかなり増えてきてもなお、
まだまだ現実に適応する必要を感じないらしいが。

しかも多くは優等生的な一生を全うしつつある連中
だもんだから横並ばない人々を完全に理解できてない。
横並ばぬ理由は人それぞれであるとはいえ、少なくとも
優等生的な生き方をしなかった者が大半なのだから。

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2010.07.12

自称逸般塵の不通の日記(172) 一方向に伝える行為を対話とは呼ばない件について

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さてようやく騒々しかった選挙戦も終わりを告げた。
有利な側は自由を主張し、不利な側は保護を求める。
無党派層というのは、もしかすると反与党というだけ?
だいたいヨノナカそんなもんなのかもしれんと思った昨今。

自分の立場で主張するなど、慣れてしまえば簡単だ。
そういう意味では、一部の弱者を除けば誰でもできる。
ここで誰かが声高に主張し始めると、その主張には
従えないとする対立勢力もまた声を大にして叫ぶ。

声の大きさには声の大きさで対抗しようとする本能。
全員が諦めるまで騒々しさはエスカレートしていく。
街宣車の騒々しいこと、街頭演説の邪魔なこと、
ビラ配りや電話攻勢の、なんと鬱陶しいこと……。

伝えたいコトが山ほどあるのは事実なのであろう。
だから拡声器やポスターやビラなど、ありとあらゆる
手段を使って、伝えたくなるのは当然の成り行き。
でも、やればやるほど、情報は一方通行になっていく。

ついていけなくなった人たちは徐々に離れていって、
ある種の弱者だと思い知らされつつ、眺めるのみ。
(本物の弱者ではないかもしれないが強者ではない)
基本的に支持政党なしとする人の、どれだけ多いか。

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2010.07.11

自称逸般塵の不通の日記(171) 借りてでも、しなければならないコトとか

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今回、仕事が暇な期間が長く続いて資金のないトコロに、経費精算は
後でという出張仕事が入ってしまったので旅費を借りる羽目に陥った。

「借りてでも食う」そんなポリシーで生き延びられるのは一人きり。
誰を守るコトもできない。
誰かを守れるほどの甲斐性なんて持ち合わせてないらしいコトなど、
過去すでに実証済みだが。
しかし稼げないままでいるばかりでは身近な人たちに迷惑をかけて
しまいかねないのも事実。
急に忙しくなって予定表の空いている日程を探すのも大変だという
ほどになったのは幸いか。
これから少し先には忙しかった分だけの収入が入るはずなのだから。

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2010.07.10

出張旅行記(30) 重文の10くらい

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そんな敢行する慣行の一環が出張ついでの散歩だ。

先日、未踏県の一つだった熊本県に出張してきた。
残る未踏あと4県、仕事での未踏を含めれば7県だ。

アポイントは午前。帰りのフライトを遅めにして、
夕方までの間、市街地を散歩する時間を確保した。
まさに梅雨時、雨は降らずに空は薄雲で覆われた
ままだったが、東京よりさらに蒸し暑い日となる。
あまり無茶せず、熊本城だけ見物しようと考えた。

現代の城塞の門番は小さな番小屋で入場券を売る。
団体入場向けの入口ではないらしく人影は疎らで、
むしろ目立つのは植木などの手入れをする人たち。

そも平日昼間の観光名所、日本人の比率は少ない。
全体としてみれば東アジア系外国人が多いようだ。
たまに行き会う日本人も、近隣の人々が多かろう。
あるいは出張ついでに立ち寄った者も、いようか。

幾重にも折り重なる石垣は今もなお堅固かつ急峻、
地山の地形を活用して高さを稼ぎかつ入り組んで、
かつて巡らされていたはずの塀や櫓が失われても、
奥へ奥へと高く聳えて先を見通せぬような構造だ。

出張ついでの散歩となれば時間は限られてしまう。
そういうときは行けるトコロだけ行くまでのコト。

計画性ある人であれば案内図を見てコースを決め、
チャッチャと巡っていったりするのかもしれんが、
先に何があるかを知るコトなく進んでいった方が
良きにつけ悪しきにつけて出会いを楽しめるもの。

何段目かの石段を上がってようやく見えた天守閣。
まっすぐ向かうのでなく搦手から攻め上ろうかと、
少し遠回りしてから上がってくコトにしてみれば、
そこには今も残存する櫓や門構が建ち並んでいた。

天守閣はじめ多くの建物は西南役の際に焼失した。
この城に拠って籠城して守りきったのが官軍側だ。
焼け残っている古い建物の多くは重文指定だとか。
後から案内図を見返してみれば指定建築物の数は
13棟あるといい、そのうち10ほどを目にしていた。

昭和35年再建という天守内部は鉄筋コンクリート。
ところどころ空調が設置されていて少しは涼める。
おまけに懐かしい感じの部材や構造なども楽しい。

さらに平成になって復元工事が進んでいるという。
本丸御殿や一部の櫓は木造だが新品で最新の設備。
空調の効きも天守よりさらに強く涼しさは格別だ。

あまりに大量の汗で胸ポケのメモ帳が濡れていた。
耐水メモ帳に切り替えないといけない時季だった。
東京に戻っても蒸し暑い日々が続くはずなのだし。

前夜の睡眠が短かったし蒸し暑い中で汗をかいて
消耗したのでフライトの時間より少し早めに撤退。
別の門から出てバスターミナルから空港へ向かう。

もしこの出張が16カ月前のコトであったとしたら、
熊本駅から寝台特急に乗って帰ったかもしれない。
その列車名、今度は東北新幹線で使われるという
ので、どうせまた乗る機会は少なからずあるけど
疲れた状態では寝台車の居心地も捨てがたいのだ。

バスは標高の高い空港へ向けて高度を上げていく。
車窓に広がる畑は赤土。見慣れた赤土に近い土質。
察すると火山灰土か。阿蘇外輪山麓になるのだな。

火の国、あるいは肥えた土の国、肥後での散歩だ。

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2010.07.09

風光maybe観光dream

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観光地で生活するコトの意識についての話題が、
先日ちょっと出てきたので、それも考えてみた。

しかし観光って、どのくらいまで含むだろうか。
趣味の散歩などは、生活拠点の周辺であろうと、
ちょっと電車に乗るなど遠出した先であろうと、
はたまた初めて訪れるような出張先であろうと、
いずれにせよ歩いて見聞したり写真を撮ったり、
ときに人と接したり、飲み食いしたりする程度。
要するに、基本的には同様の行為という意識だ。

景観を鑑賞し、特産品など飲み食いするなどの
目的で、特定の場所を目指すのが観光とすれば、
その殆どが含まれてくる、ともいえそうである。
生活上、特に必要性のないトコロへ敢へて行く。
敢行するといったふうに、考えておけば良いか。

しかし思い立ったときが動くべきときであると
考えてるくらい散歩は生活習慣の一部でもある。
むしろ慣行、あるいは緩行とでも称するべきか?

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2010.07.08

ネタのタネは進出帰没

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たまにはフィクションも書きたいのだけれど、
これが、なかなか難しい。それこそ五里霧中。
今のトコロさほど二次遭難の危険は感じられ
ないが、それはあまり深入りしていないから
でもあるのだろう、ゆえに創作活動は難航中。

出歩いたりしてふと、思い立ったよなネタを、
後で膨らませるつもりで軽くメモしていても、
その瞬間の思考状態に立ち戻るには難しくて、
やはり思い立った瞬間こそ、書くべきときか。

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2010.07.07

日常生活的業務

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仕事は考えるコト、それにあちこち出歩くコト。
趣味も考えるコト、それとあちこち出歩くコト。
だから、
日常が考えるコト、そしてあちこち出歩くコト。

それこそ考えずに身体を動かすばかりだったり、
身体で覚えた通りに数字の羅列を動かしてたり、
といった仕事であればON/OFFメリハリがついて、
むしろ仕事も趣味も上手く回ったかもしれない。

けど、まあこれはこれで性に合ってるのだろう。
でなければ少なくとも十数年も続いてないはず。

きっと今後も、考えたり、あちこち出歩くのだ。

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2010.07.06

ところがアルコール燃料ではないらしく

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仕事への「やる気」とは、
どうやら液体燃料のようなものらしい。

液体だから縛っておけぬ。
本人の器に収まる分しか入れておけぬ。

でも使えば徐々に減って、
どこかで補充してやらないといけない。

そして揮発性が高いから、
暑いと、すぐに蒸発して失せてしまう。

しかも流動性に高いので、
暑くなくても流れ出してしまいやすい。

でも凝固点も低くなくて、
冷えたりすれば固化して使えなくなる。

空気中の水分も吸収する。
だから蒸してる日には燃焼効率が悪い。

あるいは腹が減ったとか、
落ち着かぬ状況でも安定して使えない。

なにしろ保存性も悪くて、
変性してしまうコトも少なからずある。

仕事ではなく他の対象に
向かって動き出したりも、してしまう。

……

仕事直前に注入する手段を用意するか、
自分で使う分を自身で作っていくとか、
そういう方法しか、ないのかもしれん。

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2010.07.05

雨乞いの理由

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大量の水蒸気を含んだ上昇気流が
地表の熱を上空に運んでくれた後、
そのヌケガラが地表に戻ってくる。

涼しい。

夏の雨は巨大な天然ヒートポンプ。

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2010.07.04

暗箱に針穴(28) 不定期定点

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ときどき出張で国内線を使う機会があって、
たまたま少し待ち時間があるようなときに、
ついつい同じアングルで撮ったりする画面。

そこそこ出張にも出ているとはいうものの、
なかなか条件が整う機会は多くないもので、
まだまだ3枚しかないが1枚ごと機材が違う。

もともと手持ち無沙汰で撮っただけだけど、
いろいろ違った状況下で撮影しているから、
まだまだ今後も機会あれば撮るコトだろう。

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2010.07.03

自称逸般塵の不通の日記(171) 出張旅行後日

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出張先で仕事を終え同行者と別れ、
そのまま一人で歩き回ってしまう。
けれど話し相手がいてくれるなら
それに越したコトはないとも思う。

そりゃ要するに友達を誘い出して
自費で旅行に出ればいいのだけど。
ひとまず稼いで貧乏脱出が優先か。

帰ってきて疲れで寝てしまったり、
今後の生活費を意識すると出るに
出られなかったりするが仕方ない。

こんな日には諦めて仕事するのだ。

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2010.07.02

自称逸般塵の不通の日記(170) 出張旅行前夜

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そういえば最近、他人の創作物を鑑賞する機会に乏しい。
TV点ければニュースやドキュメンタリー系の番組ばかり、
目にする活字も非フィクション系の文庫や新書が中心だ。

他人の創作物を軽視しているつもりではないのだけれど、
どうやら貧乏や多忙という理由をつけて面倒がっていて、
何となく近付かないでいるというのが実態であるらしい。

本当は楽しみたいはずだし楽しまずにいれば弊害もある。
むしろ創作物に触れずにいると精神的に硬直するようで、
ブログの記事なども固いネタばかりになってしまいがち。

だからどうやら好ましくないサイクルに陥ってるらしい。
今夜から一泊二日の出張。朝イチ仕事なので前泊となる。
旅路の友として、たまには小説本でも持って出ようかね。

まあ無理に楽しもうとするのもまた無茶なハナシだけど、
初めて訪れる地と合わせて楽しむようにしてみるならば
さほど面倒がるコトもなく気軽に手を出せるかもしれん。

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2010.07.01

道を知るべきコトバ(11) 岐路に立って思うコト

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道が分かれているだけでヒトは迷う可能性が有り得る。
でも道が分かれているからこそ目的地に辿り着けるし、
ときに見知らぬ土地へ辿り着いたりするコトもできる。

もし仮に道が一つしかなければ他のトコロには行けぬ。

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