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2011.02.02

呪いをかけるということ

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人を呪う方法について探し求めてくる訪問者が絶えぬどころか
むしろ増加傾向にあるようにも思えるので補足説明など試みる

ヒトは、ともするとオモテからしかモノゴトを見ようとしない
逆にいえば、ウラから見れば他とは違うモノゴトが見えてくる

凶悪犯罪者が人生を終わらせたいだのリセットしたいだなんて
語っているという報道を少なからず目にするようになった昨今

それくらい自分を呪って(かつ愛して)いてもなお足りていない
他人を呪い殺すなどというのはヒトの能力に余るというワケだ

要するに先ず自分を生かさず殺さず呪って呪って呪い尽くして
その技法を練り上げ熟達し磨き上げた上でようやく達せられる

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よほど感受性の低い人物でなければ
好ましからざる感情を持って接して
きているコトくらい認識できるもの

そういう意識で接してきているのだ
と思えば何をしても悪意によるもの
であると受け取られるのではないか

そうやって相手にも好ましからざる
感情を作り出すように仕向けたのは
実は自らの感情だったというワケだ

さしずめ自らの身を呪うようなもの
むしろ実は本当のスタートがそこだ
人を呪うには先ず自分を呪ってみろ

「贔屓の引き倒し」って言葉がある
その裏をかいてやればいいってコト
死ぬ気でやれば自分自身をも呪える

巧くすれば呪いなど意識するまでも
ないような人生が待っているかもよ
逆に失敗しても誰も責任を持てぬが

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