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2011.03.25

たまには時事ネタ(67) 平時における有事観を考える

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たまたま常日頃から不安定な生活を送っているような職種だから、
こんな社会情勢の中でも考慮すべき要素が少し増えたに過ぎない、
そういう意味では普段から心構えはあったというトコロだろうか。

状況は時々刻々と変化し続けており、それに関する情報は多くの
ヒトビトを経て届けられてくるから、繋ぎ合わせていくのも大変。
収集に力を入れれば入れるほど情報は出てくるから、キリがない。

むしろ情報収集と分析にかまけてて行動機会を逸してしまったり、
あるいは当座の行動に役立たない情勢判断ばかり集まってしまい、
かつ不安材料ばかりが蓄積していくようなコトは避けたいトコロ。

時間は無限でないのだから状況の把握など必要充分な程度に留め、
活動時間を確保するコトも大切だ考えている。当面の事態好転に
繋がらないような断罪など落ち着いてから行えばいいと思うのだ。

今どうすりゃいいって? そりゃ自分で決めるさ、自分のコトは。
そういうトコロも含めて、考えるコトは平時の生活と大差ないな。

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普段からロクでもない組織が危機に瀕すれば余計に酷くなりがち。
まだ今はそうなっていないようだから、まだマシなのかもしれん。

そもそも、コイツらをロクでもない組織にしてしまったのは普段
からのステークホルダーの圧力の影響も捨てきれないと思うのだ。

多種多様な圧力の中で上手に政治や経営の舵取りをするのは至難。
周囲のステークホルダーも多種多様なリスクを考慮して動かねば、
どうしたって潮流に流されてしまう。平時が長く続けば尚のコト。

後知恵ていうのは、後の機会に役立てるための知恵のコトを謂う。
やっときゃよかったやっといた方が良かった、などと思いつつも、
普段できなかったコトを、今まさに実践する後押しでもあるはず。

時期が至れば、有事に際して活躍した人々の成果が確認されよう。
同時に、数多くの反省点や教訓もまた残されるコトになるだろう。
そういった課題に直面するのは、しかし復興に着手してから、だ。

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ところが色合いクッキリハッキリした筆記具を好んで使う割には、
それで描写する文章なんぞは実にボかしたのが好きで、要するに
平和なときには地味にいてしまう風土の中では難しかったりする。

平時になればキレイさっぱり忘れてしまうのではなく、しっかり
有事の際の反省点を忘れず、じっくり腰を据えて対策してほしい。

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