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2011/04/11

自称逸般塵の不通の日記(253) 冷温安定までの遠くて短い道程

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桜の最盛期となった休日の投票日、午後に少しばかりサイクリングに行ってきた。
人通りの少ないトコロだけ選んで走ってれば良かったのだけれど、ついうっかり
駅前の細い細い商店街の中なんぞに、入り込んでしまったりしたから困ったモノ。

いかにも息が合っていない夫婦連れ買い出し自転車の動きを読みきれず、急停車。
止まってカゴの中の荷物を移し合ったりしているが、追い越すほどの道幅もなく。
再び走り出した夫婦は半ば並走するカタチで、遅いんだけども抜くに抜けぬまま。

やれやれだ。

後で振り返れば「何故こんな詰まらぬコトで怒ったのか」という例は、結構ある。
そういう経験一つひとつ、思考プロセスを検証して改善点を見出して対策を施す、
という試みを続けているものの、失敗事例として抽出するケースが乏しいせいか、
或いは改善策が芳しくないのか、あんまり改善した様子がみられないのは残念だ。

この残留熱除去系統は一応、自己動力で賄っているので今後も安定して稼働する。
そもそも感情の熱源が衰えてしまえば、それはそれで寿命が尽きたコトにもなる。
だから当面は推移を見守りながら汚染を撒き散らさぬよう、温度管理を続けるさ。

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どうせ半世紀ほどの残り寿命。ヒトの一生などタカが知れたものでしかないから。

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