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2011年4月

2011/04/30

求めよ然れば与えられん(いつかきっとそのうち)

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いつも書いているコトだが(要するに毎度のように陥る状況なのだが)、
仕事もカネも乏しい状況に追い込まれたときは、営業活動と並行して、
毎日のように散歩や読書を続け、ブログ原稿に力を入れたりしている。
また先月以降はTVニュースや新聞などの情報収集も増え思索も深まる。

何かを求める意志を持ち、それに向かって努力と工夫を続けて準備し、
かつ適切な機会を得られるならば、もしかしたら何か得られるだろう、
と思う一方、何もできぬ状況にメゲて落ち込んでしまわないようにと、
つまり暇潰し的な要素も大きいので、あまり胸を張れるコトではない。

目に見える効果といえば、せいぜい心身の健康状態には悪くない程度。
鍛錬そのものを趣味にするほどの魅力は感じていないので、まあいい。

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2011/04/29

たまには時事ネタ(69) 過剰な気体感を放出するタイミングが遅れた結果

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統一地方選第二弾での与党敗北は“震災対応が原因ではない”との由。
可能な限り活動したという点については、あながち嘘でもないと思う。
ただそれを有権者の多くが満足していないコトは残念だが事実だろう。
簡単に言うなら“震災にエクストリーム対応できなかった”のが敗因。

以下考察。

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2011/04/28

試小説(9) 社会断層の活発化による余震や誘発地震に注意

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今回の地震は非常に巨大で震源域も非常に広大であったことから、震源域周辺の社会構造における余震活動、も大きな規模かつ広範囲で長期間続くものとみられています。
また、日本列島の社会構造の中には、長年のひずみが蓄積している箇所が数多く存在していることが確認されています。こうした場所では、今回の大地震に伴う地殻変動で応力場に変化が生じ、蓄積された力が解放される可能性が高まっていると考えられます。こうした震源域以外での社会構造における誘発地震は、余震よりさらに広い範囲で発生が続くと考えられ、一般的な余震より大きな規模で生じる可能性も否定できません。
社会基盤における余震および誘発地震は、今後数年間から十数年間程度は続くものと考えられており、引き続き注意が必要です。(気象徴)

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2011/04/27

感覚とは視覚に限ったコトではない

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人生というのは綱渡りの連続、というコトであるならば
下を見たりしてないで、しっかり前を見て歩かないとな

足許が不安になるとついつい注視してしまうのが、ヒト
でも傾げた首の上に乗ってるジャイロは、狂ってしまう
言ってみれば、本能に組み込まれた不具合のようなもの
だから上手に綱渡りをするためには、出荷後に調整する

前方視野に見える綱に足を載せるのは、少し後のコトだ
そこから現在の足の下の綱の状態を、思い起こしながら
足の裏の感覚を頼りにしつつ一歩一歩、踏み出していく

きっと情報の獲得や分析も同じようなものなのだと思う
足許の情報ばかり見てては先を見通せなくなってしまう
注視するよりむしろ身体感覚に頼って把握した方がいい

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2011/04/26

役に立つか苦言かどうかは受け手次第(68) 「一連・畜生」?

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ここしばらくの散歩の合間の読書についての話題など、少々記しとく。

まずは「谷中村滅亡史」。いったん数年前に通読したものだが、再読。
ここ数年間で少しばかり深まったり広まったりした思索を踏まえつつ、
そして再読の契機となった、まさに現在進行形である社会情勢などを
バックグラウンドとして念頭に置きながら読むと、印象は大きく違う。

いったん動き出したら止められない計画や組織の体面を汚せない官吏、
いかに不完全であろうと対策が実施されれば忘れ去る市民や議会等々、
そしてもちろん次第に活動を激化させていった村の住民や支援者たち、
はたまた様々な理由で抵抗を諦めていった元村民にも、想いを馳せる。

それぞれの当事者関係者たちの心情を酌めば同情するトコロも多いし、
そうする以外にない状況に置かれていたと思われる部分も多いのだが、
それでも、いやそれゆえにか、著者の示す義憤に、同調しかねている。
前に読んだときも違和感を覚えていたのだが、それが少し見えてきた。

何というか、行動力の方向性が、微妙に違うのではないかという感覚。
個人的には、声を上げるコトで行動したものとする思想には乗れない。
そういう人々も存在しているのは承知しているし、害悪とは思わぬが、
相手の賢明な対応を求めるという点、かなり依存的な態度とも感じる。

同じ依存するのであれば粘り強い交渉によって譲歩を引き出したいが、
それも叶わぬのであるなら同調せぬまま協力しつつ利を得たいトコロ。
きっとそうした方が利害関係者の不幸を減らせると思うのだけれども。
そうするコトさえも許せないキモチについて如何に扱うべきかは課題。

--
社会構造体から脱出したり漏出したり底辺に敷かれてしまった人々を、
救済せぬまま放置しておけば何れ構造体そのものに悪影響が及ぶもの。
かつ当然ながら構造体内のヒトビトの心情にも宜しくないのは事実だ。
それゆえ如何に救済し構造体へ取り入れるかが歴史の上でも常に課題。

しかし救済へと向かう動機が異なれば齟齬を生じるコトもまた多くて、
ときには別種の活動を良く思わぬ状況も生じたりして足並も乱れがち。

『「私」と「公」は対立しているというよりは、まったく別のルールで成り立っていて、安易に比較することができない。親がいいのか、先生がいいのかを論じてもなにも始まらない。全員を助けようとしてみんなだめになるのと、助けられるだけ救うのとではどちらがよいかという問題の立てかたもおなじだろう。(中略)
「私」のエゴイズムは美談になり、「公」の平等思想は冷酷と断罪されていないだろうか。』――「貧民の帝都」(塩見鮮一郎/文春新書)

そもそもヒトビトの思いなど一人ひとり違うので全ての同調など困難。
だが意見は異なっていても手助けし合うくらいは不可能ではあるまい。
むしろ互いに補い合うような関係であるコトが望ましいのではないか。

皆が各自の立場から同じトコロを目掛けていくときには異なる方向へ
向かっているように見えるが全体として目標に迫っていくような具合。

そもそもヒトは不完全でありヒト集団には不完全性が集約されがちで、
となれば何某かの組織に一本化してしまっては行き届かぬのであろう。
大目的に大差ないのであれば大局を見て相互補完的な関係を持ちたい。

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2011/04/25

恣なる示威行動よりは強いて行わず動かず思惟して行動するコトを好む所以を強いて挙ぐれば

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未だ不得手なモノゴトも幾つか。
例えば偏食など人生経験の中で
徐々に克服してきたりしたけど、
まだまだ解消しきれない部分も。

群衆なども苦手の最たる一つだ。
繁華街のヒトゴミも苦手だけど、
もっと駄目なのはデモ行進など。
いつまで経っても克服できない。

こういうのを克服しない限りは、
政治など社会活動に深く関わる
コトもできないだろうと思うが、
幸か不幸か興味も薄いままだし。

何故どのようにアレが怖いのか。
おそらく節足動物や環形動物の
集団を苦手とする心理に似てて、
不可知なる恐怖のようなものか。

だからもう可能な限り回避する。
精神衛生上の問題を避けるため。
全くにして思想信条以前の問題。

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もとより示威行動という施為は、
参加者一人ひとりの熱意が基礎。
「何とかしなきゃ」という思い、
その部分は尊重するのが当然だ。

そして熱意が対象に伝わるよう、
さらに他の人々にも伝わるよう、
熱意×数の迫力を以てするのも、
充分に理解はしているつもりだ。

ただ、そこに乗れない者もいる。
そんな一人が、偶々ここにいる。
ソレだけのコト、単純なハナシ。

もし仮に「反対の反対なら賛成」
との考えで矛先を向けられたら?
そう思うと非常に恐ろしいのだ。

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2011/04/24

自称逸般塵の不通の日記(256) 四月に収穫した四つ葉

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そういえば久々に見付けたよ四つ葉
散歩ばかりの日々が続く中での収穫

四月も終わりが見えてきたってのに
未だ今後の仕事の見通しは不透明で
不安材料なら部屋中散らかっている

誰かを責め立てて解決するならする
けどそうではないので気楽にいるよ
落ち着いていた方が何かと有利だし
こんな拾い物も手に入ったりするし

何れ何かの好機を得るコトもあるさ
そう思えれば一つの収穫なのだろう

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2011/04/23

自称逸般塵の不通の日記(255) 雨の前触れの夜に

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少しばかり活動意欲が低下していたのか、
ほぼ外出せぬまま二日ほど過ごしていた。

夜になって近所の自販機まで出ただけで、
湿度の高い空気のせいか額に汗が流れた。

いや間違いなく運動不足が最大の原因だ。
微妙な頭重が続いてるし仕事意欲も薄い。

出歩かずに心身の調子を維持できるのは、
せいぜい一日二日というコトなのだろう。

土曜は雨との予報だが歩くには問題ない。
少なくとも駅前までは出て歩いてやろう。

喫茶店にでも場所を移して仕事に集中だ。
折角の仕事を早く終わらせない手はない。

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2011/04/22

自称逸般塵の不通の日記(254) 大気中で待機中

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散歩やサイクリングに飽きたら読書や思索に耽り、
インドアに飽きたら扉の外に出ていく日々が続く。
ところがそろそろ繰り返しそのものに飽きてきた。

「何か」したくてもできない現状が眼前に広がる。
カネはない、仕事は待機中、ただ考えるネタだけ
のために、読んだり歩いたりしていたのであった。

いずれ何かできるコトができてくるだろうと思い、
何もできないなら諦めて何もしないという選択肢。
そうこうするウチに乏しいながら仕事の話も来る。

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2011/04/21

役に立つか苦言かどうかは受け手次第(67) 「船頭多くしたって山にも上れぬのが船というものでしょ?」

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仕事待ちの状態を読書と散歩と思索とで飽和させ続ける日々、
先日の散歩は葉桜と庭園と古屋敷の取り合わせを撮ってきた。

しかし良さそうな構図には案内板や放水銃格納箱などが入る。
文化財保護は必要だし案内板を設置して説明するコトも必要、
だけど観光の大きな目的の一つである被写体として考えると、
その配置に少しは気を配ってもらいたいなと思ったりもする。

各分野の専門家が各自の責任を果たすコトは重要なコトだし、
それぞれ互いを信用して力を出し合うのも当然ながら大切だ、
けれどもバラバラに仕事していても個人を積み上げただけで、
集団全体としての活動とは言えないのもまた事実なのだよな。

専門家集団などでも同様に組織レベルでの連携をしていって、
相互に相談し合っていく仕組みを作らねばならぬのであろう。
まして今の日本社会のようなストレス下の社会でいうならば、
人々が話し合おうともしない状況こそ最も危機的なのだから。

だけど話し合いやら調整などという仕事は本当に地味すぎて、
メディアも取り上げないし市民の目も向かないあたりが課題。

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2011/04/20

都会の桜と田舎の桜

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花も終わりかけの桜となれば、それが住宅街の中だったりすると、
どこか見窄らしい印象を感じさせてしまいがち、だと思うのだが、
しかし野山の中、新緑のパッチワークのピースの一つであったり、
または耕作の始まった田畑の畦の中に立てば、とても似合うもの。

風情の違いは桜の前後の他の花や新芽、あるいは周辺の緑などの
文脈の濃度の違い由来するものだと、帰りの電車内で考えていた。
四季の変化に合わせた年度サイクル、を採用する日本ではあるが、
だが桜と人工物との親和性は、やはり自然物との相性には勝てぬ。

地場の料理や酒が地元の空気の中でこそ旨いコトも、全く同じだ。
ヒトをそこに置けば多くが好むであろう、味覚になっているから。

同様の考え方から、情報などもまた孤立化を避けるのが望ましい。
そうさ、背景を消した花々の写真など誰が見たいと思うだろうか。

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2011/04/19

科学系ヨタ話(15) ナニガワカラナイノカワカラナイヒトビト?

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ちょくちょく通っている一般向け科学系セミナー、
震災で先月は中止、今月は地震についての話題だ。
テーマが何であれ都合がつけば行くつもりだった。

内容としては、サイト上などで発表された情報を
総合して判断していたものと、基本的に大差ない。
要するに想像していた範囲に、ほぼ収まっていた。

むしろ興味深かったのは、講演の後の質疑応答だ。
講演者の確率論的な言い回しを政治答弁的と評し、
「科学者なんだから明言しろ」との意見があった。

この話題を今の時点で講演するもんだから会場は、
満員御礼立見寸前と通常の倍近くは聴衆が訪れた。
だからきっと初めて訪れた人も少なくないだろう。

その中には科学者を魔法使いか何かのように見る、
少し誤解を持った者たちも含むではないかと思う。
つまり「偉い人」=「明確な回答を持つ人」だと。

でも実際には科学って、中に踏み込んだりすると、
分からぬコトや判断に迷うコトも、けっこう多い。
特に最先端の分野では、専門家でも意見バラバラ。

そんなトコロが、いわゆる「世間一般」の人々に、
ほとんどor全く、理解されていないのだろうなと、
そういう感覚を新たにしたのは、貴重な経験だな。

さてそのあたりの温度差を、如何にして埋めるか。

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2011/04/18

思考錯誤から何かが見えてきたカモ?

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「現状に対する不満感を何らかの対象を設けて悪態吐くコトで溜飲を下げる簡単な仕事」に熱心な人たちは震災前から多かったけど、やっぱり増えた。
ちょっと高度な仕事になると「自分がコレを信じない10の理由」みたいな具合に権威ある資料を駆使したり現場からの声を引き合いに出したりした上で筋道論理立てて感情に訴えたりするようなコトをするけれども、ただ情報としてのインパクトが大きくなるだけのコトでしかなく、原点と方向性は「簡単な方」と一緒だ、残念ながら。

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2011/04/17

情報偏食・情報過食症に注意

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情報生活もまた食生活と同じく暴飲暴食や偏食は健康に悪影響を及ぼす。
たとえば主食ばかり食い過ぎてはビタミンや食物繊維が不足してしまう。
もちろん副菜ばかりというのもまたバランスが悪いのは言うまでもない。
ジャンクフードや菓子類ばかり、清涼飲料ばかりというのも問題がある。
それから、いつも外食ばかりしていないで、たまには自炊をしてみたり、
家族や友達の作った手料理に舌鼓を打つのも、案外大事だったりもする。

ちなみにゴシップという情報食材はオトナの道楽のための嗜好品の一種。
グラスを傾け多彩な香りを分析し舌の上では隠された風味を楽しむもの。
それこそアルコール飲料などと同様に過剰摂取は禁物だし依存症もあり、
精神年齢20歳未満の摂取は危険が伴うから禁止した方がいいかもしれん。

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2011/04/16

葉桜に想いを馳せて

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すっかり花が散る時季だが、後には枝から若葉が一斉に広がっていく。
不稔でないなら目立たぬながら果実もつけ、葉陰で徐々に育つはずだ。

その趣旨の幾つが地に落ちて、鳥や小動物に食われず落ち葉に埋もれ、
適度な水分と温度の中で発芽して、育って次の花を咲かせるのだろう。

だけどもちろんアスファルトやコンクリートの地面では無理だろうし、
ヒトが芽を雑草と一緒に摘んでしまうような環境でも育つのは不可能。

そんな場所に新たな樹木として成り立つには、相応の環境で育てられ、
手入れをされた個体でしかないのだろうな、など考えてみるのは暗喩。

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2011/04/15

道を知るべきコトバ(42) 風の吹く道もまた……

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風吹けば散った花弁は吹き溜まる。
そんな路地には人々の生活が進む。

桜に限らず花は必ず散るものだが、
たいてい来年にも同じ時季に咲く。
そんなコトは誰だって知っている。

でもまだ過去進行形で散った花に
未練を残しつつ嘆いていたいのか。
葉桜に見慣れるを拒んでいるのか。

または花弁に足が埋もれてしまい、
進退窮まったなど言うのだろうか。

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2011/04/14

道を知るべきコトバ(41) 暗き夜の道の心細さもまた楽しからずや

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夜の都会の道は眩いまでの明るさ。
全時間帯節電が必要なのでなくピークカットであるという認識が広まって灯火管制も緩和され旧に復しつつある印象。

暗い夜道を恐れるのはヒトのサガなれど明るすぎるのも不自然すぎる。
その意味では以前より控え気味な今の方が好ましいと個人的には思う。

華々しきを好む精神からは不安の完全なる解消を目指し混乱極まれば乱麻を断つが如き策を求める夢想が生じがち。
だが不安など生きる限り続くもの。

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2011/04/13

花は桜だけではないのだから

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過去に対して投票するものでなく、将来に対しての一票だと認識して
投票先を決めた人はどれだけいるのだろうかと、思わずにいられない。
とはいえど結果は結果だ、現実を受け入れて次の策を練らねばならん。
将来の重大なリスクを少しでも減らすべく、現状で考えられるコトを。

馬鹿に馬鹿と言えばそりゃ喧嘩を売るのと同義だから、しない方向で。
時間が許すなら、自ら気付いて改善するように仕向けるような作戦が、
短期やり過ごすだけなら、影響範囲を極小化するような作戦が良かろ。
同時に次代をターゲットとし、人材を見出し人脈を作っていくなども。

過去あまりにも地形や気候が激しく変わってきた地球上でありながら、
これまで生命が世代を重ねてこられた理由は自らの持つ適応力であり、
また多様性であるのだからヒト社会においてもまた適応力や多様性を
損なうのでなく可能な限りの知恵を働かせて強化させていきたいよな。

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2011/04/12

たまには時事ネタ(68) 老人と桜

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桜の開花は少し躊躇い遅れながらも進みゆく。
満開で迎えた休日には好天で人出も多かった。
まだ暑くない時期なので個人的にも動き易い。

近所の夜桜邸は今年の灯明を控えていたけど、
灯火管制の中で貴重さを感じる電気の明かり、
の下に目映いほど満開となったソメイヨシノ。

覗き込んでみれば、

投票所として使われてる小学校の校庭だった。
サクラサクの電報の届いた先は花見の自粛を
呼びかけた老人だったなんて何たる皮肉かと。

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2011/04/11

自称逸般塵の不通の日記(253) 冷温安定までの遠くて短い道程

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桜の最盛期となった休日の投票日、午後に少しばかりサイクリングに行ってきた。
人通りの少ないトコロだけ選んで走ってれば良かったのだけれど、ついうっかり
駅前の細い細い商店街の中なんぞに、入り込んでしまったりしたから困ったモノ。

いかにも息が合っていない夫婦連れ買い出し自転車の動きを読みきれず、急停車。
止まってカゴの中の荷物を移し合ったりしているが、追い越すほどの道幅もなく。
再び走り出した夫婦は半ば並走するカタチで、遅いんだけども抜くに抜けぬまま。

やれやれだ。

後で振り返れば「何故こんな詰まらぬコトで怒ったのか」という例は、結構ある。
そういう経験一つひとつ、思考プロセスを検証して改善点を見出して対策を施す、
という試みを続けているものの、失敗事例として抽出するケースが乏しいせいか、
或いは改善策が芳しくないのか、あんまり改善した様子がみられないのは残念だ。

この残留熱除去系統は一応、自己動力で賄っているので今後も安定して稼働する。
そもそも感情の熱源が衰えてしまえば、それはそれで寿命が尽きたコトにもなる。
だから当面は推移を見守りながら汚染を撒き散らさぬよう、温度管理を続けるさ。

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2011/04/10

不振なときには不審な不信感が育たぬよう腐心するといいかもね

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心配する不安に思うってのは即ち対象を信頼してない信用してない証拠。
たとえそれが善意によるものであったとしても。

経験不足という理由で後進に道を譲らずにいれば組織は必ず老害に陥る。
そんな長期政権中枢と同じ感覚が日本中で蔓延。

自分たちの声を反映して動いてるはずの相手を掴まえ責任転嫁するのは、
もはや自分さえ信用信頼していないような状態。

とりあえず何でもかんでも気に入らないのを手当たり次第に排除したい、
というだけの、八つ当たりに過ぎないんだよね?

「だから言わんこっちゃない」と言わんばかりの予防的発言なんかも嫌。
それは保身したいキモチが外に漏れてるのでは?

不安に駆られていたり不満を抱いたりしているのは、一人だけではない。
自分も他者も共通する感覚があるというワケで。

判断を託すにしても情報提供を託すにしても何をするにしろ、基本的に
自分でやるのと同じくヒトの不確実性があって、

だからヒト自身のリスク低減には自ずから、相応の限界が生じてしまう。
最後にはヒトとして、残存リスクを取る他ない。

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2011/04/09

自称逸般塵の不通の日記(252) 規定通りの規定値の基底状態

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今は仕事が途絶えて、少し置いてから来るというので待機中。
大気中にもトゲトゲしい成分が増えてるので、敢えて閑却中。

観客が誰で役者が誰で演出が誰か、なんて区別はできなくて、
なくて七癖、日頃の無理に習性を修正するコトなく出て歩く。

であるからして散歩のネタがあるに超したことはないけれど、
行けども行けども満開の桜を幸いとばかりカメラ提げて散歩。

三歩でも進めば、二歩下がったって一歩は進んだ計算になる。
絵になる構図を探し歩けば、春の空気にトゲトゲしさも緩む。

さもユルい休日の風情ではあるが、これはこれで重要な行事。
事業活動というより一年の生活サイクルの中の、まあ一環だ。

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2011/04/08

情報食育の重要性についての考察

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アレルギーがあるならともかく
単なる偏食なら克服してやって
いろいろなモノを味わった方が
きっと良い。栄養面も味覚面も

精神の栄養の情報もまた同様で
好きなトコロばかり食ってると
どんどんと体質が偏ってしまう

衛生面はもちろん栄養バランス
まで整った情報流通経路なんて
そも存在するはずもないのだが
もしあったとしたらヒトを堕す

ヒトという生物は誕生当初から
良くも悪くも雑食性なのであり
その前提で心も体もできている

ちょっとやそっとの情報の偏り
なんざ多種多様な情報を食って
いれば互いに中和されるものだ
どうせ別の情報源も偏っている

「なぁに、却って免疫がつく」

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2011/04/07

感情線一周の旅のごあんない

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モノゴトは過渡期の段階を踏まえて少しずつしか進まぬものであって。
冬の真っ最中だのに一足飛びで夏を求めるようなのは好きになれない。
その逆に何時までも冬から脱するコトができないなんて絶望感も変だ。

電車の中吊広告などで週刊誌の悲観的情動的な見出しばかり見てると、
「自分以外みんなバカ」「そこに含まれないオレサマ偉い」的感覚を
満足させるコトでエンタテインメントを称しているのだとも思えたり。

Q.「バカをバカだと言って何が悪い? 事実をそのまま表現しただけ」
A.「バカでもできるコトばかりするのはバカ以外の何者でもあるまい。
自分の為でも皆の為でも、もっと賢く考え発言して行動した方がいい」

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2011/04/06

たいせつな、りかとしゃかいかのおべんきょう

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まるでコンピュータシミュレーションの如く脳内で
モデル化により自然法則を直感で把握しているけど、
社会構造も同じように認識するようになって久しい。

基本的には冷静に観察を続けるようにしてるものの、
そりゃあもちろん気に食わぬトコロもあったりする。
たとえば派閥争によくみられる二元対立構図だとか。

教皇派と皇帝派、佐幕派と尊皇派、保守派と革新派……

いやその構図そのものが嫌だというのは少し違って、
構図を作り上げ固定化させる動きこそ気に入らない。
ほぼ確実に遺恨を残すというに何故そうするのかと。

もしかすると彼らが脳内で理解しえいく過程の中で、
モデルの単純化を進めすぎてしまったのではないか。
そこまでしないと把握できなかったのかもしれない。

とはいえ、そんな理解力が欠如したような人たちを、
「馬鹿は嫌い」と決めつけるのもまた好きではなく、
何か何処かで踏み間違えただけに過ぎないとも思う。

だからどうするのかと問われても明確な回答はない。
回答を放棄しているのではなく求め続けていながら
未だソコに達していないという感覚が強いのである。

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2011/04/05

新装開店、深層にある深窓の真相

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「○○は信じられない」と言う人ほど自説への信頼感は絶大な件など。

自説を補強するような情報源ばかりを好む傾向がヒトには常にあって、
それゆえ情報収集に積極的な人ほど確信的な状態に陥りがちだけれど、
確信を深めるコトは視野を狭めるコトに繋がりかねないので要注意だ。
常に広い視野を維持して情報収集を怠らずにいられるようにありたい。

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2011/04/04

一昨日万全、昨日不全、今日は全然……、明日は未然?

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ある程度は予想できていたコトではあるが、
やっぱり非常事態になると顕在化してくる、
組織や部署の間のコミュニケーション不良。

なにしろ平常時から閉鎖的といわれる組織、
組織内の部署もヒトも各自の置かれた立場
でしか動けない設計だから致し方なかろう。

致し方ないとはいえ結果は至って仕方なく。

たいていにして個人が悪い、部署が悪い、組織が悪いってなる。
悪いトコロを悪いと指摘するのは、本人が思っているより簡単。
そもそも、そういうコトは中の人の方が、身に浸みているはず。

組織間インタフェースの欠如、あるいは機能不全が目立つけど、
まあインタフェース不全の組織や部署となれば外部からの声も
聞いている余裕はないだろうから、結果は大差ないってコトか。

しかしそれで個人や部署や組織が疲弊して、
結果として良くない方向に転がってくのは、
やはり誰も嬉しくないのだから改善が必要。

なにしろ現場では必死に現場合わせをして、
通常業務を大きく逸脱しているほどだから、
管理側でも通常業務を守ってはいられまい。

ヒトを使いこなせないのがヒト自身の課題。

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2011/04/03

道を知るべきコトバ(40) 晴れの道

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桜前線が過ぎれば新緑の時季が待っている。
木々は冬越しの栄養を使って枝葉を伸ばす。

この頃が実は体力的に最も辛いと思われが、
葉が茂ってくれば水と空気で生きていける。

だから気分的には少しずつ楽になってくる、
そんな初夏への予感を思わせる、晴れの道。

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2011/04/02

道を知るべきコトバ(39) 桜の吹雪く道

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とにかくも待ち焦がれていた
桜は咲き始めれば早いもので、
気付けば満開になってしまう。
そして惜しまれつつ散りゆく。

また次の開花を楽しみにして、
残る一年を過ごすのだろうか。

いや、時を待つだけではない。
次もまた咲かせられるように、
後々も咲き続けられるように、
日々の蓄積を欠かさないはず。

一年分の力を使った桜の道は、
だからこそ華やいだ道になる。
来年の桜に期待感を持たせて。

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2011/04/01

試小説(8.5) 【速報】直接被災地外において不信感染症の流行の兆し

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2011年3月中旬より、東京など大都市部を中心として不信感染症の感染が拡大する傾向がみられます。3月31日までに確認された感染者の内訳をみると、抵抗力の低い若年層から働き盛り世代にかけての患者が多くみられます。過去にも、こうした患者が感染・発症に気付かず通常の社会活動を営むことによって他の世代への感染が広まったケースが数多く報告されており、今後は本格的な感染拡大が懸念されているところです。

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