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2011/04/18

思考錯誤から何かが見えてきたカモ?

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「現状に対する不満感を何らかの対象を設けて悪態吐くコトで溜飲を下げる簡単な仕事」に熱心な人たちは震災前から多かったけど、やっぱり増えた。
ちょっと高度な仕事になると「自分がコレを信じない10の理由」みたいな具合に権威ある資料を駆使したり現場からの声を引き合いに出したりした上で筋道論理立てて感情に訴えたりするようなコトをするけれども、ただ情報としてのインパクトが大きくなるだけのコトでしかなく、原点と方向性は「簡単な方」と一緒だ、残念ながら。

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じゃあ、何なら「簡単な仕事」じゃないと言えるだろうか。

「アレのコレがダメなんだ」……うーん、なんとか「可」。

「アレがこうなればいい」……惜しい。もう少し考えよう。

職業として、あるいはボランティアとして、被災現場に赴いた人たちが何故賞賛されるのかを考えてほしい。
彼ら彼女らは、自分の肉体や精神のリスクを冒して、今ある問題を分かち合おうとしているからではないか。
リスクに向き合う、即ち現状を(近い将来に生じる可能性のある問題まで含め)受け入れているというワケだ。
身体を動かさず発言するだけだとしても、このリスクに対する姿勢を基本とするのが望ましい姿ではないか。

信じて託すというコトは過去を水に流すコトではなく、むしろ逆に現在と近い将来を預けるというコトでは?
専門家も政治家も役人も、その他さまざまな立場の人間たちは全てヒトである。というか、ヒトでしかない。
当然ながら情報を受け取って解釈する能力にはヒトとしての限界があるし、判断や行動、発言にしても同様。
そういう意味では、必ずしも常に正しい活動をしているとは言えないワケだが、その点は素人だって同じだ。
むしろ専門家たちの間でも意見が分かれるような状況判断に、素人が何らかの判断を下せるとは考えにくい。

専門家なり何なりを社会システムから選んでいる以上、そのシステムの一員として素人たちもリスクを負う。
「素人たち」とは言うが、特定の分野に対しては素人でも、別の分野に対しては専門家であるケースも多い。
専門分野でこそ大きな力を発揮できるというものだから、それぞれの専門を生かして協力するのが効果的だ。

常々「ヒトの信頼性は低い」と語ってきたが、「人間は概ね信用できる」というのもまた事実だと思うのだ。

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