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2011/04/20

都会の桜と田舎の桜

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花も終わりかけの桜となれば、それが住宅街の中だったりすると、
どこか見窄らしい印象を感じさせてしまいがち、だと思うのだが、
しかし野山の中、新緑のパッチワークのピースの一つであったり、
または耕作の始まった田畑の畦の中に立てば、とても似合うもの。

風情の違いは桜の前後の他の花や新芽、あるいは周辺の緑などの
文脈の濃度の違い由来するものだと、帰りの電車内で考えていた。
四季の変化に合わせた年度サイクル、を採用する日本ではあるが、
だが桜と人工物との親和性は、やはり自然物との相性には勝てぬ。

地場の料理や酒が地元の空気の中でこそ旨いコトも、全く同じだ。
ヒトをそこに置けば多くが好むであろう、味覚になっているから。

同様の考え方から、情報などもまた孤立化を避けるのが望ましい。
そうさ、背景を消した花々の写真など誰が見たいと思うだろうか。

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