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2011/04/07

感情線一周の旅のごあんない

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モノゴトは過渡期の段階を踏まえて少しずつしか進まぬものであって。
冬の真っ最中だのに一足飛びで夏を求めるようなのは好きになれない。
その逆に何時までも冬から脱するコトができないなんて絶望感も変だ。

電車の中吊広告などで週刊誌の悲観的情動的な見出しばかり見てると、
「自分以外みんなバカ」「そこに含まれないオレサマ偉い」的感覚を
満足させるコトでエンタテインメントを称しているのだとも思えたり。

Q.「バカをバカだと言って何が悪い? 事実をそのまま表現しただけ」
A.「バカでもできるコトばかりするのはバカ以外の何者でもあるまい。
自分の為でも皆の為でも、もっと賢く考え発言して行動した方がいい」

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近頃は他の誰かが言いそうな批判だと思ったら避けるようにしている。
だって面倒なんだもん。怒りには本人が思う以上にエネルギーを使う。
なのに何故皆そうするのか。何もかも思い通りでないと気が済まぬか。

震災前から日本はずっとそうだった。他者を信じなくなってきたクニ。
大同より小異をばかり重視して、過去の遺恨を積み重ねて啀み合って、
悪意なくとも座視できぬ者どもが暴走し、以て迷惑千万ともなる状況

考えるコトを、自分自身より上手なヤツに任せたっていいじゃないか。
上手でないかもしれないが本来働くべき立場にいるなら任せてもいい。
その椅子の上でないと見えぬモノゴトもあるし首くらい賭けていよう。

他者を信じないというのならば尚のコト、自分でできるトコロand/or
自分にしか出来ないコトに力を注ぐべきだと考えるのが望ましかろう。
そうしてこそ、上手に人を使う方法といえるんじゃないかと思うのだ。

それで何をするって? 決まってるじゃないか、自分の生活維持だよ。
そのためには周囲の環境が冷静安定するコトが大きな条件なのだから。
利己心も知恵巡らせて巡り巡れば利他的な発想に立ち至るってワケさ。

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