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2011/05/31

試小説(11) 三匹の子豚が編み出した危機対応に学ぶ

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あの「三匹の子豚」の寓話に、広く流布している説とは別に
異説が存在しているコトなど、ほとんど全く知られていない。

そのハナシは非常に現実的であり、むしろ真説と呼びたい。
そこで今回は、その真説の概略について簡単に紹介しよう。

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三匹の子豚が親元を離れ、新たな生活を開始する場面から
物語が始まっているのは、真説でも通説と全く同様である。

親の庇護下を離れて社会に出れば多種多様なリスクが身の回りに見え隠れする。
そんな社会で生きながらえるためには子豚たちも自らの身を守らねばならない。

ましてやヨノナカに出たばかりの子豚たちというのは、
捕食者たちからみれば非常に狙いやすい獲物でもある。

まず最初に子豚たちが着手しなければならないコト、
それはまさに自らの身を守るための環境整備だった。

一匹目の子豚が脆弱な住居を作らざるを得なかったのは、
狼の気配が近くにあって急を要していたからに他ならぬ。

藁を積み上げるだけの単純かつ低コストな隠れ場所を作るのは、
彼らの匂いを一早く嗅ぎ付けた狼が迫り来るまでに間に合った。

捕食者の荒い息遣いが尻尾に触れるくらいのキワドいタイミングで、
一匹目の子豚は自ら積んだ藁の中に身を隠すコトができたのである。

もちろん、そんな簡易な避難所などで完全には身を守りきれなかったのは、通説と変わらない。
獲物の匂いを至近に嗅いで興奮した肉食獣は、(鼻息などではなく)前足で藁を掘り返していく。

子豚も藁の山の中を潜りながら反対側へと必死に逃げていき、ついには避難所の向こうへ出てしまう。
これでは予算や時間の無駄だという批判もあろう。しかし即座に捕食されるコトを免れた点は大きい。

もっと重要なコトがある、一般的な風説では決して語られないポイントだ。
実は子豚たちは迫り来る脅威に対して各個に対応していたのではなかった。

藁の避難所での追跡劇は、他の子豚たちのための時間を稼いでいたのである。
他の子豚にとって、より頑丈な住居を建てるコトを可能にする貴重な時間だ。

そこで二匹目は、この僅かな時間を使って手近な木材をかき集め、
身を守るための設備を建てた。言うなれば仮設住宅というトコロ。

しかし読者の皆さんは、もうお気付きだろう。
仮設住宅もまた、時間稼ぎの一環であったと。

「もしこれで耐えられなかったとしても三匹目がより強固な住居を作ってくれる」
だからこそ二匹目は適切な構築期間と適度な強度のバランスを目指したのだった。

三匹目が作るのは、言うまでもなく恒久的に使える堅固な住居だ。
時間をかけて計画を練り上げ、予算を注ぎ込んで構築していった。

狼の脅威は、三匹目の子豚が作り上げた煉瓦造りの住居で防ぐコトができた。
この話では、幸いにも彼らの多重の備えが功を奏してハッピーエンドとなる。

しかし臆病かつ現実的で知恵の働く子豚たちは、
今回の対応に決して安心していたワケでもない。

「もし、この備えで足りなかったら、どうなっていただろう」
というのが生きながらえた子豚たちの共通した認識であった。

いや、ひょっとしたら四匹目の子豚がRC造のビルを建てたり、
五匹目が地下壕など掘っていたりしたのかもしれないけれど、

そこは結果として子豚たちにとって「予算の無駄遣い」
だったワケで表立って語られるコトはないのだろうな。

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なお、筆者の知る限り、一匹目と二匹目の子豚が脅威から
逃げ切れたかどうか、真説の中では明らかにされていない。

それは、この伝承がブタ社会の中で危機管理についての教訓
説話として言い伝えられてきた経緯に、よるのかもしれない。

ヒト社会に伝わった通説では、ブタへの根強い蔑視を背景として
教訓的な内容が削られて、三匹は愚かしく描かれたのではないか。
愚かしさを強調するには死なずに逃げ惑う姿の方が効果的であり、
それにヒトはブタを食すので狼に食われない方が好都合でもある。

一方、ブタ社会ではヒトの認識など関係なく、種の保存が重要だ。
特定の個体が狼に食われようが生き延びようが、他の個体のため
時間稼ぎを行うコトが重要であると強調されてきたのではないか。

率先して動いた者の顛末が最後まで描かれていない点には、
狼に食われる危険性が高い行為だと暗黙裏に示しながらも、
その自己犠牲の精神を崇高なものとする意図が見えてくる。

この推論が妥当なのか、または別の要因があるのか、
そのあたりは、今後の研究が待たれるトコロである。

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