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2011/05/25

自称逸般塵の不通の日記(266) 時間の評価について思う散歩

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合衆国大統領が自分のルーツの地を訪れた、との報道に刺激を受けたのではないが、
雨の上がった午後に、先祖に縁のあるという土地を訪れて少しばかり散歩してきた。
父方の先祖が幕末に足軽をしていたと親から聞いているのが鉢形の地、鉄路では初。
過去にも鉢形城址には何度か訪れているが、これまでは実家からのドライブだった。

小さい頃の記憶では直通で行けた東上線の終点も今では途中で乗り継がねばならぬ。
窓を開けて初夏の風が入り込むのを楽しんでいたのも、やはり昔の記憶に過ぎない。
ICカード専用の簡易改札を抜け駅を出て歩き出せば、日射は強いが大して暑くない。
荒川の橋の上、午前中までの雨に洗われた大気は澄んで秩父の山並が近くに見える。

橋の向こう、山間地から抜けて平地に出ようとする荒川が削り込んだ断崖を利用し、
さらに支流の削った狭く深い谷間を天然の堀として上手に用い、その城は築かれた。
戦国末期に大軍勢の攻撃を受け降伏した後、江戸時代には代官が治める拠点として
使われていたというから、幕末には単なる役所の所在地とでもなっていたのだろう。

そして我が先祖、といっても数世代前の数十名にもなるルーツの一人に過ぎないが、
彼は役所の中で見回りやら使い走りやら、何かしらの下働きをしていたのであろう。
あるいはひょっとしたら治安維持の尖兵だったかもしれないし、単なる門衛だった
りしたかもしれないが、そのあたりの様子など今となっては知りようもないコトで。

ともあれルーツの一人が歩いたであろう場所を、とはいえ戦国期の遺構を調査する
ため江戸期以降の土層は掘り返され史跡公園として整備されいるのだが、いろいろ
想像しながら歩いていて、幕末には既に城も半ば天然の丘陵地のようになっていて、
後に作られた耕作地などが点在するに過ぎなかったのかもしれない、とも思い至る。

もしそれで、先祖やその同僚や上司が過去の城塞のコトを知っていたとしたならば、
現代人が遺跡を歩くのと同じような、時間の流れを感じていたのではないだろうか。

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