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2011/05/26

自称逸般塵の不通の日記(266.5) 自己の評価について思う散歩

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歩き出したのと同じ駅に戻るのを好まぬ厄介な性格から、ついつい隣駅や別路線の
駅に行き着くようなコースを選ぶのが、鉄路散歩の際の基本パターンとなっている。
そうして城から逆方向へ向かって、最後に行き着いたのはディーゼル路線の無人駅。
ホームに立つと、単線の線路の向こうはフェンスを隔てて普通の道路が走っている。

その道を通りがかった中学生らしき少年が、自転車を止め挨拶をしてくるので返す。
ホームに面したブロック積みの待合所で座ってボンヤリしていると、しばらくして
少年は改札のあたりに自転車を置き待合所に入ってきて、隣のベンチに腰を下ろす。

何をするという風でもなく、列車で来る誰かを待っているのかとも思っていたけど、
15分ほどして列車が来て走り出した後、その少年が自転車に乗って去っていく姿が
車窓から見え、もしかしたら会話したかったのかもしれないと気付いて頭を掻いた。

待合所には怪しい風体の中年男が一人きりだったのだ。何か気になって話をしたい、
などと思う少年がいたとしても大して不思議ではないないワケで、そこに気付かず
ボンヤリ過ごしてしまったなら、少年の期待を裏切ったような感じで情けない気分。

そもそもルーツの一人が生活していた地なのだから、数世代前には縁があった相手
かもしれないではないか。もしまた別の機会があるならば喋ってみたいものである。
実は最近少しばかり、本人が思うほど話しかけにくい存在ではないとも思っていて。

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