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2011年5月

2011/05/31

試小説(11) 三匹の子豚が編み出した危機対応に学ぶ

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あの「三匹の子豚」の寓話に、広く流布している説とは別に
異説が存在しているコトなど、ほとんど全く知られていない。

そのハナシは非常に現実的であり、むしろ真説と呼びたい。
そこで今回は、その真説の概略について簡単に紹介しよう。

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三匹の子豚が親元を離れ、新たな生活を開始する場面から
物語が始まっているのは、真説でも通説と全く同様である。

親の庇護下を離れて社会に出れば多種多様なリスクが身の回りに見え隠れする。
そんな社会で生きながらえるためには子豚たちも自らの身を守らねばならない。

ましてやヨノナカに出たばかりの子豚たちというのは、
捕食者たちからみれば非常に狙いやすい獲物でもある。

まず最初に子豚たちが着手しなければならないコト、
それはまさに自らの身を守るための環境整備だった。

一匹目の子豚が脆弱な住居を作らざるを得なかったのは、
狼の気配が近くにあって急を要していたからに他ならぬ。

藁を積み上げるだけの単純かつ低コストな隠れ場所を作るのは、
彼らの匂いを一早く嗅ぎ付けた狼が迫り来るまでに間に合った。

捕食者の荒い息遣いが尻尾に触れるくらいのキワドいタイミングで、
一匹目の子豚は自ら積んだ藁の中に身を隠すコトができたのである。

もちろん、そんな簡易な避難所などで完全には身を守りきれなかったのは、通説と変わらない。
獲物の匂いを至近に嗅いで興奮した肉食獣は、(鼻息などではなく)前足で藁を掘り返していく。

子豚も藁の山の中を潜りながら反対側へと必死に逃げていき、ついには避難所の向こうへ出てしまう。
これでは予算や時間の無駄だという批判もあろう。しかし即座に捕食されるコトを免れた点は大きい。

もっと重要なコトがある、一般的な風説では決して語られないポイントだ。
実は子豚たちは迫り来る脅威に対して各個に対応していたのではなかった。

藁の避難所での追跡劇は、他の子豚たちのための時間を稼いでいたのである。
他の子豚にとって、より頑丈な住居を建てるコトを可能にする貴重な時間だ。

そこで二匹目は、この僅かな時間を使って手近な木材をかき集め、
身を守るための設備を建てた。言うなれば仮設住宅というトコロ。

しかし読者の皆さんは、もうお気付きだろう。
仮設住宅もまた、時間稼ぎの一環であったと。

「もしこれで耐えられなかったとしても三匹目がより強固な住居を作ってくれる」
だからこそ二匹目は適切な構築期間と適度な強度のバランスを目指したのだった。

三匹目が作るのは、言うまでもなく恒久的に使える堅固な住居だ。
時間をかけて計画を練り上げ、予算を注ぎ込んで構築していった。

狼の脅威は、三匹目の子豚が作り上げた煉瓦造りの住居で防ぐコトができた。
この話では、幸いにも彼らの多重の備えが功を奏してハッピーエンドとなる。

しかし臆病かつ現実的で知恵の働く子豚たちは、
今回の対応に決して安心していたワケでもない。

「もし、この備えで足りなかったら、どうなっていただろう」
というのが生きながらえた子豚たちの共通した認識であった。

いや、ひょっとしたら四匹目の子豚がRC造のビルを建てたり、
五匹目が地下壕など掘っていたりしたのかもしれないけれど、

そこは結果として子豚たちにとって「予算の無駄遣い」
だったワケで表立って語られるコトはないのだろうな。

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2011/05/30

日にち上の日常世界

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このブログや他のオンライン活動は仕事から半ば隔離し、
少なくとも今のトコロ仕事内容をあえて書かないでいる。
仕事の受注に対する悪影響を避けつつも言いたい放題に
やっていきたいという思惑がその主な理由というトコロ。

当然ながら同業者の多くは仕事と関連した内容が中心だ。
言いたい放題やりたい場合はには別アカウントを設けて
王様の耳はロバの耳と叫んでいるかもしれないけれども、
そういうトコロにまで手間をかけるのもまた面倒だので。

まあ実際には仕事の上で刺激を受けたコトなども多くて、
それが思索に反映されたり、逆に個人的な思索の動向が
仕事にも影響を与えていたりと、本人にとってはむしろ
積極的に連携しているので、その程度でもまあ良いかと。

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2011/05/29

このクニのカタチ・鳥獣編

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とはいえ海や言語や風習などの障壁に囲まれた
日本列島などという絶海の孤島の中であっても、
それなりの地理的規模があり今なお多種多様な
環境が残っていて僅かなニッチならありつける。

非メインストリームの環境でも相応の規模さえ
あれば小規模な生態系を維持するコトが可能だ。

連綿と続いてきたであろう“猿山”の競争にも
今なお“まつろわぬ”領域が細々と残っており、
また時代が下るにつれ新たに生じるコトもあり、
メインストリームから外れた者たちが逃げ込む。

もちろんニッチだけに非常に不安定ではあるが。

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2011/05/28

このクニのカタチ・戯画編

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哺乳類の一種であるヒトのオスにありがちな示威行動なんぞは、
しかし社会の中にいる人類にとって微妙なものだったりもする。

散歩からの帰りがけの夕食に立ち寄った隣駅の駅前の定食屋で、
テーブルに陣取る若者集団に一人分の目立つ声が混じっていた。
いかにも体育会系の大学生らしきグループで笑い声も大きいが、
その一人は単に地声が大きいだけでなく聞こえてくる話の内容
からみても集団を率いる存在で背が高く力もありそうな金髪と、
いかにもリーダー格というか、動物番組に見るボス猿的な風情。

話の内容もまた絵に描いた何かの典型例を見るかのようだった。
おそらく同年代なのであろう有名プロスポーツ選手の名を挙げ、
「アイツはソープにはまってダメだね、高校の頃から云々」と、
そんな感じに言うもんだから危うく食事を噴くトコロであった。

自信過剰とも思えるほどの言動には相応の裏付けがありそうだ。
一人だけの妄想ならともかくも集団を率いているという様子は、
充分な能力があってそれをアピールし続けてきた結果でもあり、
常に今のような地位を勝ち得てきた経験に支えられているはず。

おそらく小さい頃からガキ大将でスポーツ万能かつ実は勉強も
相応以上にできて偶には皆を引き連れて騒動を起こしたりして、
問題もあるけど教師や父兄にも割とウケが良くて一種の優等生、
集団スポーツ系クラブのキャプテンや生徒会長などしていよう。

10年前いや20年前でも30年前でもいいけど、きっとこんなのが
日本中どこかしこでも若者数人のグループを率いていて、その
10年後いや20年後でも30年後であろうとも、きっとこんなのの
老けたヤツが、日本の企業で同年代や後輩を率いていたりする、
もっと言うなら40年50年後には、こういう輩の中でも傑出して
活力に優れ運に恵まれたようなのが、どこぞで社長していたり、
○○党□□派など率いたり、とにかく数を動かしていくだろう。

てな感じで近代以降の日本社会というのは基本的に動いていて、
まあ要するに巨大な猿山のようなものが日本社会なのであって、
その頂点を極めるための戦いの場になっているのではないかと、
地位獲得競争の道を遠く外れニッチを往くハグレ猿は思うのだ。

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2011/05/27

役に立つか苦言かどうかは受け手次第(69) 実は得をするから正直者で馬鹿を見ても良いんじゃないかという説

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それに基づいて判断し他者糾弾に用いた、
未確定の情報が後に誤りだと知ったとき、
他の人たちは一体どうしているのだろう。

間違いに乗った過去を早々に忘れ去って、
だけれど良からぬ感情だけを残し続けて、
また別に非難の材料を集めるのだろうか。

もしそうだとしたら何の為に行うものか。
どうせ攻撃に使える情報なら山ほどあり、
非常に容易なコトだけに躊躇ってしまう。

きっと躊躇もまた非難する人はいるけど、
安易に拾える材料にはヒト一般論も多く、
要するに自分に返る諸刃の剣でもあって。

逆の状況もまた同様の問題を抱えていて、
予断を含んだ不確定情報に基づく発言が、
後に裏付ける情報が出たときはどうする。

最も容易な道筋は「それみたことか」か。
でも自分偉い的感情の垂れ流しでもあり、
ちょっと恥ずかしいので使いたくはない。

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2011/05/26

自称逸般塵の不通の日記(266.5) 自己の評価について思う散歩

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歩き出したのと同じ駅に戻るのを好まぬ厄介な性格から、ついつい隣駅や別路線の
駅に行き着くようなコースを選ぶのが、鉄路散歩の際の基本パターンとなっている。
そうして城から逆方向へ向かって、最後に行き着いたのはディーゼル路線の無人駅。
ホームに立つと、単線の線路の向こうはフェンスを隔てて普通の道路が走っている。

その道を通りがかった中学生らしき少年が、自転車を止め挨拶をしてくるので返す。
ホームに面したブロック積みの待合所で座ってボンヤリしていると、しばらくして
少年は改札のあたりに自転車を置き待合所に入ってきて、隣のベンチに腰を下ろす。

何をするという風でもなく、列車で来る誰かを待っているのかとも思っていたけど、
15分ほどして列車が来て走り出した後、その少年が自転車に乗って去っていく姿が
車窓から見え、もしかしたら会話したかったのかもしれないと気付いて頭を掻いた。

待合所には怪しい風体の中年男が一人きりだったのだ。何か気になって話をしたい、
などと思う少年がいたとしても大して不思議ではないないワケで、そこに気付かず
ボンヤリ過ごしてしまったなら、少年の期待を裏切ったような感じで情けない気分。

そもそもルーツの一人が生活していた地なのだから、数世代前には縁があった相手
かもしれないではないか。もしまた別の機会があるならば喋ってみたいものである。
実は最近少しばかり、本人が思うほど話しかけにくい存在ではないとも思っていて。

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2011/05/25

自称逸般塵の不通の日記(266) 時間の評価について思う散歩

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合衆国大統領が自分のルーツの地を訪れた、との報道に刺激を受けたのではないが、
雨の上がった午後に、先祖に縁のあるという土地を訪れて少しばかり散歩してきた。
父方の先祖が幕末に足軽をしていたと親から聞いているのが鉢形の地、鉄路では初。
過去にも鉢形城址には何度か訪れているが、これまでは実家からのドライブだった。

小さい頃の記憶では直通で行けた東上線の終点も今では途中で乗り継がねばならぬ。
窓を開けて初夏の風が入り込むのを楽しんでいたのも、やはり昔の記憶に過ぎない。
ICカード専用の簡易改札を抜け駅を出て歩き出せば、日射は強いが大して暑くない。
荒川の橋の上、午前中までの雨に洗われた大気は澄んで秩父の山並が近くに見える。

橋の向こう、山間地から抜けて平地に出ようとする荒川が削り込んだ断崖を利用し、
さらに支流の削った狭く深い谷間を天然の堀として上手に用い、その城は築かれた。
戦国末期に大軍勢の攻撃を受け降伏した後、江戸時代には代官が治める拠点として
使われていたというから、幕末には単なる役所の所在地とでもなっていたのだろう。

そして我が先祖、といっても数世代前の数十名にもなるルーツの一人に過ぎないが、
彼は役所の中で見回りやら使い走りやら、何かしらの下働きをしていたのであろう。
あるいはひょっとしたら治安維持の尖兵だったかもしれないし、単なる門衛だった
りしたかもしれないが、そのあたりの様子など今となっては知りようもないコトで。

ともあれルーツの一人が歩いたであろう場所を、とはいえ戦国期の遺構を調査する
ため江戸期以降の土層は掘り返され史跡公園として整備されいるのだが、いろいろ
想像しながら歩いていて、幕末には既に城も半ば天然の丘陵地のようになっていて、
後に作られた耕作地などが点在するに過ぎなかったのかもしれない、とも思い至る。

もしそれで、先祖やその同僚や上司が過去の城塞のコトを知っていたとしたならば、
現代人が遺跡を歩くのと同じような、時間の流れを感じていたのではないだろうか。

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2011/05/24

たまには時事ネタ(71) 野盗と夜盗の走馬党

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やるコトがない、あるいは何をしても効果が薄いと思えるようなときが、
おそらくヒトにとって最も危機的な状況なのではないか、と思っている。

生体内の細胞は危機的な状況に陥ると毒素を放出して周辺の組織にまで
ダメージを与えてしまうコトがあるというが集団内のヒト個体も同様か。

政府の中枢を除けば国会議員の大半は危機感が空回りして上滑りしてて、
その不安のあまり手当たり次第に政争の具にしてしまう政争の愚を示す。

現状に不満を持つ者が多いのは事実だが代議士という職業は不満の拡大
再生産装置ではなく減らすため知恵を絞る役割を期待されているはずで、

その意味では「仕事してない」様子をメディアが喜んで取り上げるのか、
と逆説的に眺めてみたりもするが「急流における次の馬」は見えぬまま。

おそらく有権者の変化が代議士に及ぶまで若干の時間差が掛かるけれど、
今の市井の人々と同じように協力し合える関係を作り出すまでの過渡期。

少なくとも市民たちには気付く者の増加率が少しずつ上昇傾向にあって、
今後の変化の原動力になり始める初期の段階に入っているようにみえる。

そんなワケで今後まだ当分は予断を許さない状況であるとはいうものの、
その流れの中で次の体制が作り出されていくのではないかと思っている。

だからきっと税金盗人猛々しいような風情の代議士は減ると期待したい。
といっても当然ながら完全に淘汰されるとまでは楽観視していないけど。

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2011/05/23

自称逸般塵の不通の日記(265) 思いもかけず耐暑訓練

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これから数日ばかりは雨模様が続くという予報。
直前の晴れ間は雨の前の湿気に加えて熱を帯び、
早くも夏の盛りを思わせるかのような蒸し暑さ。

雨は夕方よりも早く降り出す見通しだったので、
部屋で蒸し料理になるのを座して待つのでなく、
思い切って風を受けてこようとサイクリングに。

夏至に近い今の時季の正午頃の太陽は真上から
容赦なく照りつけるというのに帽子を忘れた上、
走ってもあまり風を受けるコトがなく大量発汗。

途中で500ml×2本の水分補給をしたのだけれど、
それは即ち同等以上の水分を汗で失ったワケで、
道程の半ばあたりから少し頭がクラクラしたり。

ふと気付けば前腕のあたりにザラザラした感触。
最初は砂かと思っていたが舐めてみれば塩辛く、
ほぼ全部が析出した塩の結晶であったとは知る。

川沿いに出て川沿いに戻る予定のルートで途中、
神田川から折り返して西へ向かえば空に濃い雲。
予報より早めに雨が近付いてくる気配を感じる。

とはいえ嗅覚には未だ雨の臭いが感じられない。
塩と水分の減った身体で無理をするコトはせず、
むしろ雨ギリギリまで時間かけて帰宅を目指す。

自宅近くで雨の気配を再確認しクールダウンを
兼ねて近所の道を少しばかり巡回してから帰宅、
カバーをかけ雨に備えて荷を解いていたら豪雨。

外のシャワーを聞きながら浴室でもシャワーで、
汗を流した後に冷蔵庫の麦茶で水分を補給して、
涼しい部屋の中でホッと一息ついたら寝ていた。

都合40km程度のサイクリングは適度な疲労感だ。
日没直後くらいに起き出して夕飯を食って一服。

毎年この時季には駆け上がる湿度と気温の中で
身体を慣らすべく都合数回の耐暑訓練を行って
いるのだが今回は図らずも第一回となった模様。

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2011/05/22

自称逸般塵の不通の日記(264) 還暦起業家の歴史セミナー

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同じような歴史観を持つ人と出会ったりすると、
もう少し余計に話を聞きたくなるってのが人情。

そんな歴史観の持ち主は還暦も過ぎた好々爺で、
我ながら老けた感覚だなと思いつつも参加した、
仕事で知り合った人に自ら再び会うのは久々だ。

氏の主催の歴史セミナーの後に開かれた懇親会。
予想していたより年齢も職業も多種多様な人々、
そして初見の相手にも思ったより怖じぬ雰囲気。

「ジャンジャンバリバリ」な雰囲気は全くなく、
むしろ大学生の頃に戻ったような気分で喋って
(たしかに同世代や近い世代が多かったけれど)、
「この国もまだ捨てたもんじゃないのかもな」
なんてエラソウに考えていたりしたのであった。

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2011/05/21

心頭滅却してもなお苦であるからこその生

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それでも季節が巡るのは喜ばしいコト。
暑さ寒さや乾湿に身体を慣らしていき、
変化する環境に適応し続けていくのは、
生きているという実感に直結するから。

内外の動向に応じて変化し続けるコト、
それこそが生命の本質なのではないか。

暑さで大量に汗をかくような状況でも、
暑さに対し汗という反応をする身体は、
まさに生きているという実感に繋がる、
そう思えば苦痛の程も軽く感じられる。

不安感や恐怖感など精神的な苦痛でも、
同じように生の実感へと繋げられぬか。

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2011/05/20

自称逸般塵の不通の日記(263) 夏の前哨戦

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散歩するのと同じくらい重要なのが読書。
それに紙とペンを使って文章を書くコト。

最近ちょっとばかり試しに新聞を購読し、
活字摂取量を増やせるか検討しているが、
他の活字媒体に手を伸ばす頻度が減って、
トータルの活字量は大差ないように思う。

まあ要するに自分から意図的に増やして
やらないといけないのだろうなとは思う。

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2011/05/19

器用貧乏暇を楽しむ

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最近は体重が微妙に増加傾向にある。
トレンドとしては半年間で1~1.5kg。
小柄な身としては小さくない変化だ。

もちろん中年も深まってきたという
年齢的な要素も影響しているだろう、
けれども不安定な生活の変化による
理由として思い当たるのは喜ばしい
コトとそうでないコトの各一つずつ。

ペダル漕ぎの運動を半年ほど前から
行うようになり散歩の頻度も増えた
ため筋肉量が増えたというのが前者。

その一方で仕事の減少から外出頻度
全体でみれば昨夏頃より大幅に減り、
内臓脂肪や皮下脂肪も増えたような。

身体や精神や頭脳を鍛えたり健康の
ためにと努力をするのは好かないが、
何かのついでの副作用として求める
ならば許容できるので今よりさらに
散歩の頻度を増やしてやろうかなと。

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2011/05/18

自称逸般塵の不通の日記(262) 歩きたいのは、こんな道

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全力で走る機会がほとんどなかったサイクリングでは、
往復40~50km程度の距離も水分補給だけで充分だった。

当然ながら筋肉痛が出るまでもなく月曜も普通の一日。
ところが自宅で仕事をしているとダラけてしまいがち。

仕事は捗らず火曜日には寝相が悪かったか右肩が凝る。
雨雲が過ぎて涼しくなった夜に少しばかり歩き回った。

住宅街を抜け隣駅まで出て駅前で手早く腹を満たして、
さらに遠回りして都合数kmの道を小一時間で一周した。

短躯短足の身で長い歩幅かつ体軸を保った歩行体勢は、
身体深部も含めて多くの筋肉を使った全身運動である。

片手で肩越しに担いだ荷物を左右ときたま入れ替えて、
時分割振り分けを行うのもまた肩を動かすのに役立つ。

歩き出して数分もすれば体温が上がって汗が出てくる。
ひんやりした空気の中なら芯から発熱して肌は冷える。

全身の力を出し切れぬサイクリングよりは身体を使う、
こんな歩行者としての生活が性に合っているのだろう。

程良く涼しく水分のある気候の中で里や野の道々など
歩き回るような日々が続いていれば恐らくは飽きない。

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2011/05/17

自称逸般塵の不通の日記(261) 全力、車輪の上にて出せず

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ちょっと近郊の貯水池までサイクリングしてきた。
直線距離で20kmばかりのトコロへ普段の三輪車で。

低速トルクが強く高回転が苦手な脚力の特性では、
トップギアが足りず速度が伸ばせないのが課題で、
幹線道路では車道の流れに乗れず歩道で低速走行。
速度が伸びないから力を出し切った感触がなくて、
そのうち駆動系を中心にリニューアルを図りたい。

同日に同じくらいの距離を走ったロードバイクの
友達グループは初心者半分でありながら平均時速
にして五割増し程度の結果を出しているとのこと、
同行するならば同等レベルのトップギアが必要だ。

まあそれはそれとして。

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2011/05/16

試小説(10) 抜きん出る者たち/引き抜かれるほどの実力者

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「ヨノナカは狭い。真っ直ぐ生きれば、すぐ壁にぶち当たる」
「だからみんな、誰も彼もが、ねじ曲がって生きているのさ」

そこは年中薄暗くて、強い風が吹き荒れる洞窟の中、であった。
それも、蒸し暑い風と冷たく乾いた風が、季節によって変わる。
しかも過密で、少し動けば、すぐ隣のヤツとぶつかったりする。

「ああ、あっちでは酔っ払ったルンペンぽいジイサンと、
サラリーマン風の若い男とが、絡み合っていたりするよ」

「こんな場所で、何も変わり映えしない毎日を続けて、
そのまま日陰者として、一生を終えるなんてのは嫌だ」

「どうやったら抜け出せるんだろう」

洞窟から抜け出したい一心で頑張って頑張って、
実力を伸ばし周囲から抜きん出るまでになって、
ようやく明るいトコロに顔を出したと思ったら、

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2011/05/15

出張旅行記(43) 飛んで寝入る、酒のむし

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久し振りの高知出張、今年初の出張でもある。
仕事そのものは短時間で済むとはいうものの、
フライトの都合などもあって1泊2日が基本だ。
だもんだから夜は同行者と飲み歩くのも基本。

前日に散歩した上に前夜には準備で徹夜して、
ずいぶんと眠かったもんだから宿では危うく
寝過ごしそうになったけど何とか間に合った。

午後イチの航空便の前に新しくなった駅舎へ。
土産は前回の訪問で買って気に入った碁石茶。
思っていたより再訪の機会が早く訪れたので、
また遠からず次の機会もあるだろうと二袋で。

帰って休んだら持ち帰った宿題を片付けねば。
きちんとした仕事をして次の機会を待つのだ。

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2011/05/14

自称逸般塵の不通の日記(260) 五月雨式の散歩

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晴れ間が戻ってくるという予報の金曜から土曜にかけて、
出張の予定が入っているので雨でも出掛けたともいえる。

水曜は起き出す時間が遅かったので区内を歩いて終わり。
木曜は少し早く動き出して里山を歩きたいと考えていた。

こういうときにいつも目指すのは埼玉の丘陵地帯の里山。
自宅から現地まではバスや鉄道を乗り継いで2~3時間だ。

水曜より早く動き出したものの自宅を出たのは正午過ぎ。
ちょっとばかり困難かもしれないと思いつつ歩き出した。

カメラはデジタルと銀塩のボディ各1台にレンズ1本ずつ。
いずれも単焦点で望遠マクロと標準、広角は携帯電話だ。

どちらかというと歩き回りたかったのと雨による制約が
大きいコトから撮影より探索を優先したつもりだけれど、
直線距離6kmほどの区間を歩くのに4時間あまりを要した。
寄り道したり遠回りしたり戻ったりして倍くらいの道程、
雨の武蔵野の景色は飽きず撮影カットも思ったより多く、
心地好い疲労感に満たされつつ再び電車に乗って帰った。

まあ出張前のウォームアップというか景気付けというか、
日没までに歩ききるかどうか微妙だと思っていたトコロ、
ちょうどゴール地点の駅前あたりで夜になったくらいで、
おおむね目標をクリアできたのだから元気にもなるよな。

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2011/05/13

自称逸般塵の不通の日記(259) 冷温多湿の中での散歩

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ヒマさえあれば、いやヒマなどなくとも、
散歩だとか読書なんかをしてばかりいる。
そんなワケで雨の中でも散歩をする日々。

気温が徐々に上昇していく今の時季には、
冷たい雨が降りしきる日がむしろ有難い。
雨と汗に濡れても体温は上がりすぎない。

日一日と色濃くなっていく緑の中がいい。
雨と植物は非常に相性が良いものだから、
いつまで歩き回ってても飽きたりしない。

遠からず梅雨が訪れ蒸し暑くなっていく。
雨露に濡れて汗をかき歩き回っていれば、
その頃には身体も暑さに慣れてくるはず。

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2011/05/12

理系用語で読み解く社会(71) エージング

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時効変化は時間の経過に従って進行する
固体の内部応力は徐々に解消されていく

どこかに余計な力が入っていては危険だ
全体を脆弱なものにしてしまいかねない

だから姿勢を保ちつつも無駄な力を抜く
そうすれば然るべき柔軟性を発揮できる

とはいえ完全な脱力が必要なのではない
効果的な内部応力は強い外力にも耐える

そういう程良く行き届いた力の使い方を
過去十数年かけモノにしようとしてきた

もしかしたらこういうのが加齢なのかも
なんて思うようになってきた中年である

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2011/05/11

生者の更新

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生き続けているという事実をよく見れば、
自己最長寿命を常に更新し続けてるのだ、
なんて具合に考えたコトがあるだろうか。

死が訪れるまでは死のリスクが常に伴う。
生きている間は不安材料にも事欠かない。
死んでしまえば生命のリスクは解消する。
どちらが良いかなんて簡単に言えようか。

個体の生命につきまとう数々のリスクを
考慮に入れれば一人で何かを成し遂げる
試みというのは非常にリスキーであって、
むしろヒトは死ぬとの前提で考えといて、
目標到達に寿命が足りなかった場合でも
何とかなるようにしするのが良いのかも。

もし生命が間に合ったなら御の字として。

そうやって死のリスクを軽減していけば、
驚くほどに怖くなくなってしまう不思議。

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2011/05/10

惰情大臣

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目覚めた後のコトは、そのときの自分に
任せる、てのを眠る前の心得としている。
だから目覚めた後に動き易いよう配慮し、
支度などするけど他にできるコトはない。

また逆に前夜の準備不足が翌朝に響いて、
寝る前の自分に対する不満が出るコトも、
ないではないけれど怒っても致し方ない。
もう今はいない過去の自分が相手だから。

その相手が同一個体でなく別の個体でも、
基本的には同じような考え方が通用する。

時間差に加えて個体間の相違もあるから、
より一層の配慮が求められてくるけれど、
自分に対してできるなら難しくなかろう。

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2011/05/09

退行関白

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思考習慣病は早期発見早期治療が効果的、
その点では生活習慣病と全く違いはない。

放置して重症になると苦しいだけでなく
大変な苦労を伴う長期間の治療が必要で、
実質的に一生治らないというコトもある。

身近な人が諫言してくれるのなら幸いだ、
本能的に反発せず真摯に受け止めるのみ。
身近な人がいないとか忠告がない場合は、
社会を広く見渡して他山の石を得るべし。

とはいえこうした思考習慣病を患うのは、
耳に痛い言葉を聞かぬ体質の人に多くて、
家庭などでの治療は実質的に困難だけど。

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2011/05/08

誠意対照群

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自分に都合の良い回答を引き出すコトと、
真実を聞き出すコトは似て非なるものだ。
前者は相手への、ひいては人間に対して、
敬意を抱いてない、と言えないだろうか。

予断に合う傍証ばかりを洗い出す行為と、
仮説を検証しながら真実に近付く行為と、
の関係もまた同じような対比が成り立つ。

「自分自身しか頼らない」という姿勢と、
「自分自身しか頼れない」という感覚は、
能動受動の違い以上に大きく異なるもの。

とはいえ似ているだけに紛らわしくって、
本人の「つもり」の中では後者だけれど、
周囲から見れば前者になっていたりする、
そんなコトもありがちなので要注意だが。

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2011/05/07

辟易の戦い

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ヒトに内在する問題だとか社会構造の問題などについて、
何年も前から考え続けてきたしブログでも書いてきたが、
今回の震災津波の後の人災とさえ言われるような状況下、
同じようなコトを言い出す人が急に増えた気がするので、
昔から書いておいて難だけど食傷感が出てきてしまった。

多くの人が考えるようになってくれたのは嬉しいけれど、
何度も同じようなハナシを繰り返すのは楽しくないから、
暫くの間このような話題を控えてた方が良いかとも思う。

しかしいきなり話題を切り替えられるかどうかは微妙だ。
なんといっても代替案も考えてないし理由が消極的すぎ。
全く急に思い付いただけのコトであり今後も未定は未定。

少なくとも新たな方向性が固まってくるまでは現状通り、
状況によっては方針を変更できぬままズルズル続くかも。
後者だったら一時的な気の迷いに過ぎぬというワケだが。

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2011/05/06

村破れて草原あり

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一世紀前に滅亡させられた村落の跡地は今、
スゲやヨシが一面に広がる広大な遊水池だ。
大きな土手や水路が巡らされる土地の中に、
ポツンと芝生や植木の公園やら舗装された
駐車場が設けられ自転車用の周遊路なども
整備され滑空機が飛び交ったり野鳥観察や
人工湖での釣りや水上スポーツなど盛んに
行われているけれど約一世紀前は村だった。

「栃木県下都賀郡谷中村は、県下の南部に位置し、渡良瀬、巴波、思の三川を以て囲まれ、既に四百年の長き歴史を有せり。その堤内の反別面積は九百七十町歩にして、これに堤外地を加ふれば、優に千二百町歩に達すべし。而して去る三十八年頃までは、なほ人口二千七百、戸数四百五十を有し、かすその土地の肥沃にして、天産の豊穣なる、全国多くその比を見ず。試みにこれを村の古老に聞かん乎、稲の如きはこれが苗を植え付くるに当りて、何らの肥料をも施さず、植え付けたる後、僅かに一回雑草を取り去るのみにて、秋に至れば黄穂油々として、平均一反よく七俵乃至九俵(玄米にて一俵四斗入)の収穫を見るべく、鉱毒の未だ犯さゞりし当時においては、同村大字内野字深谷、秋田某の所有地において十二俵半、字下宮稲荷森鶴見某の所有地において、十一俵半の収穫をなせし事あり、いかなる悪土といへども、なほ一反五俵を下る事なしといふ。而して畑地には多少の肥料を要するといへども、土質の柔らかなると、石塊の毫も混入し居らざるとは、耕作に費やす労力を、省かしむること多大なりといふ。」
(荒畑寒村「谷中村滅亡史」岩波文庫)

最も被害の集中する場所即ち遊水池として
最も効果が期待できる場所だという判断で、
相応の合理性を以て計画せられたであろう、
被災村落の廃村そして強制破壊という決定。

国全体が近代化を強く推進する時代の中で、
上流の山間にある銅山の産出を社会が望み、
その代償に鉱毒を含む洪水を解消するため、
ここを遊水池とする案を暗黙裏に了承した。

残念ながら見殺しにしたと言わざるを得ず。

翻って今の日本では果たしてどうするのか。

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2011/05/05

自称逸般塵の不通の日記(258) 緑の日中に走って歩いた日

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連休後半のイベントとしては実家を拠点にドライブ。
といっても隣接する県まで足を伸ばした程度だけど、
あちこちの道を運転して改めて実感するコトがある。

都会的な2車線3車線に交差点さえ減らし騒音対策の
防音壁で完全に囲まれたバイパスを走らされるのは
いつまでも慣れない「田舎育ちの鼠」だという事実。

緩やかな起伏と曲線で関東平野の田畑の中を縦横に
張り巡らされた県道や農道だとか古い城下町などの
鋭角に曲がらねばならぬような狭い道などであれば、
ほとんど不安なく楽しく運転していけるのに不思議。

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2011/05/04

想定外を許容しない反応は想定の範囲内?

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「わかってないコト」「できないコト」など幾らでもあって、
どれほどヒトが知識や知恵を蓄えて力をつけたといったって、
それこそ全然減りもしないようなものだったりするのけれど、
ヒトってのは自分の成果を大きく捉えてしまいがちだもんで。

特にヒトの大半を占める者々、即ち自らの頭脳や肉体を極め
また人類の知らぬ道へ踏み込んで探求を続けたりするよりも
他者の成果を利用する機会の方が多い、そんなヒトビトでは、
「企業」だの「国家」だの「人類」の力に期待できると考え、
そうして想定外の事象に対しても多大な力を発揮する想定で
完全なる「安全と安心」を求めているのは甚だ残念でならぬ。

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2011/05/03

ヒトは何処まで偉くなれるのだろう

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「会社は自分の子供のようなもの。
親が思う通りになるとは限らない」
と、あるベンチャーの社長は言う。
なかなか含蓄のある言葉だと思う。
そもそも未来の自分自身でさえも、
今の自分の思った通りにならない、
それが人間というものなのだから。

自分自身の健康や身体能力などは、
生活習慣や栄養管理や肉体鍛錬を
工夫し努力を重ねるコトで相応の
効果を期待できるとはいうものの、
それでも大病や事故・事件等々の
影響を完全に防げるワケではない。

知識や知恵だって同じようなもの。
モノゴトについての情報を獲得し
暗記するだけなら簡単極まりない。
さまざまな視点に立って書かれた
書物を読んだり多種多様な立場の
人たちと対話するなどして思索を
深めれば知恵だって相応程度には
身に付けられるものではあるけど、
それでも対応できない状況は多い。

自分自身でさえ程度が知れている、
となれば他人だとかヒト集団なら
思い通りにするのはさらに難しい。
「上手くやってくれれば御の字だ」
という程度の期待感に留めるのが
妥当なのではないだろうかね、と。

なまじ自分自身の肉体を鍛えたり
知識や知恵を重ねたりしていると、
ヒトの制御に過剰な自信を持って、
「期待通りにできて当然」なんて
思ったりするのかもしれないけど。

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2011/05/02

たまには時事ネタ(70) 誤用学者?

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現実や実態から乖離した期待を夢想だの理想だのと呼ぶワケだけど、
日本人だとか日本の組織についても過剰な期待を抱く人が多すぎて、
組織の中の人間でさえ理想と現実とのギャップに苦しんで出て行く。

やはり組織の中身もヒトに過ぎぬという事実を鮮明に浮き立たせる。
まあ政治家にしろ学者にしろ理想と現実との間を辛抱強く埋めてく
のが仕事なのだからソレが無理だったのなら誤った用い方なのだね。

指名した側にも受けた側にも現実に合わぬ期待があったのであって、
つまるトコロ最適任者ではないのだと言わざるを得ないのだけれど、
大義名分を掲げて去る姿は捨て台詞を吐いての責任放棄とも思わる。

そんな風に批評家気取りで文句を書いていられるのは各自の立場に
応じた責任から逃げず仕事に打ち込んでいる人たちがいるおかげだ。

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2011/05/01

自称逸般塵の不通の日記(257) 大型連休ハーフタイム休憩

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朝早くから起き出して深夜まで活動してきた翌日にまた外出して、
朝になって帰ってきて一眠りして夕方近くなってから写真を整理。

月末月初は床屋などの所用もあり微妙に忙しくなっている日曜日、
予報の通り強い風が吹き荒れ雨も通る中ながら駅前まで出て歩く。

遅くならぬ間に帰ってきたいので作業途中で中断して軽装で出て、
また戻ってきてから軽くなった頭髪を撫でつつ作業の続きをする。

連休中に片付けねばならぬ仕事は一本だけだが確実に時間を作り、
いつでも次の仕事を受けられるような状態に維持しておきたいね。

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