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2011/06/02

半生紀(24) ヒト集団恐怖症と入院体験

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ここ数日、ふと最初に入院したときのコトを思い出す。

癌専門病院の小児病棟、ただし手術で摘出した組織を
精密検査した結果は良性で、短期間の入院に終わった。

今も家族から「何度か死にかけた」と言われる一連の
生命に関わる重大事象の、最初のケースでもあったが、
死に損なった経験については、前にも触れたので省略。

実は、良性か悪性かというのよりもっと大きな懸案が、
長くもない入院期間を通じて、ずっと心を占めていた。

それは他の患者たちとの人間関係、特に、長期入院の。

曖昧な記憶に後からの憶測を添加して補っているので
必ずしも当時の実態そのままではないので承知のほど。

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結論から先に書いておこう、長期入院の患者たちとは
一度たりとも打ち解けるコトができぬまま、退院した。

彼らは、不自由な入院生活を共有する仲間でもあるし、
より深刻な病状に苦しんでいるであろうコトに対して
同情する気持ちもあって、親しくなれればと思ったが。
そんな素朴で気軽な親近感は、現実の前に無力だった。

端から見るに、彼らは短期入院患者が入り込む余地が
まるで見出せないような、そんな雰囲気の集団だった。
明らかに場を支配していたのは長期入院患者であって、
すぐ社会復帰する短期入院患者などではなかったのだ。

ひょっとしたら未熟な精神がそう見せただけなのかも
しれないが人見知りの少年にしてみればそれだけでも
近寄るのを躊躇わせるのに充分すぎるほどではあった。

さらに加えて、子供たちが遊ぶスペースにある道具が
少し調子が良くなかったのを良かれと思って直そうと
してみたのが、後で別の問題を生じたと分かったコト。

彼らが悪戯だと判断し「犯人は誰だ」となった時点で、
中学校に入ったばかりの田舎育ちの少年にしてみれば
もう何もせず黙って知らぬフリをするほかなくなった。

つい最近までは、小学校の頃の孤立気味だった状況が
主な原因で集団恐怖症になったと思っていたのだけど、
この病院内の出来事も大きな影響を残しているだろう。

一人で読書したりプラプラ歩いたりするのが性に合う、
そんな性格は学齢以前からのものだったと考えられる。
小学校でも孤立気味だったのが、そこに拍車を掛けた。
そして最後の一押しが、この入院体験だったのだろう。

長期入院患者の集団には独特の陰影がつきまとうもの。
健康な人たちの中では深い共感を得られぬせいもあり、
「同じ苦労をしてないと」という雰囲気が感じられる。
そういう経験を何度も重ねて作り挙げられた社会には、
十数日やそこらの付き合いで入り込めるものではない。

当然、彼らの領分に不用意に踏み込むような者は敵だ。
故意でなくても、認識違いだとか失敗や過失なんかで
あろうと、結果がそうなってしまったら不幸にも敵だ。
短期入院患者には弁解の時間もなく、つまり敵のまま。

おかげさまで今もなお、善意に基づく行動であろうと
悪事を働くのと同じようにコッソリやるのを好むのさ。

それと同時に、ニッチを指向する性質を獲得してきた。
均質性のある集団や群衆には排他的な雰囲気を感じて
しまい、その恐怖感のあまり避けて通りたくなるのだ。

また逆に、積極的に集団の中に入り込むコトも苦手だ。
自ら排他的な存在の一つになってしまった経験もある。
だから集団に入るとしても異分子として入るのを好む。

集団内に全視野を傾注するのでなく外側も見落とさぬ
ようにしていても内部攻撃を受けにくいポジションを。

集団の質にも例外はあり、例えば一見して個性豊かな
個体ばかりの集合体などでは、かなり気楽でいられる。
内側だけを見ていなくても、「それも一つの個性」と
理解してもらえるから、たいていは居心地も悪くない。

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こんなハナシ、なんで最近になって思い出したのかな。

もしや、国会中継など中途半端に見てしまったせいか、
デモ行進の動画を見て実は近所だったと知ったせいか、
はたまたネット上などで敵意を剥き出しにした論争を
頻繁に目にするようになって辟易してしまったせいか。

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