« 烏の勝手次第も穏やかならず | トップページ | 日頃は観客、問題があるときだけ当事者? »

2011/06/18

自称逸般塵の不通の日記(268) 不安がないなんて誰が言った?

20110618_dscf7146_1s


ここ四半期でも特に忙しい週が終わろうとする
とはいえ昨年後半に比べれば大したコトもなく
むしろ今週程度の忙しさが常に続いていないと
今の生活を維持しつつ蓄えを積むなどできない
くらいなのだから仕事が足りていないのが実態

ここしばらくの生活をみれば金銭的にギリギリ
どうみても仕事が乏しく働き足りず収入が不足
仕事の先行きの不透明さがそれに拍車を掛ける
そういうトコロでの不安ならば常に感じている

ところが突然の事件事故や不幸などに対しては
他の人より不安を感じていないように思われる
もし何かあれば影響を受けるのは避けられない
なければ目下の最大の課題に向かうまでのコト
そんな割り切った諦めに似た感覚があるようだ

--
現代の日本の都市なんぞに生活しているせいか
とにかくリスクや理不尽さといったモノゴトが
ナノやピコのレベルにまで細分化されてしまい
路面にも建物にも地下にも電柱にも室内にさえ
そして水やら空気やら電気や電話に至るまでも
練り込まれているようなせいか感覚が麻痺する

輪郭さえわかりにくいから回避するのも難しく
むしろ逆に避けようとする努力を放棄するのが
実は最も現実的な対策かもしれないとさえ思う

だから逆に本能的な感覚に根差す漠たる不安が
強くヒトビトを動かしてしまうのではないかと
結果として皆が自分の不安を強く訴えているが
逆に他者の不安には理屈で封じようとしていて
こういうトコロばかりは都会的で辟易する次第

だから却って身近に不安な要素が転がっている
くらいの方が免疫できて良いかとも考えてみる

|

« 烏の勝手次第も穏やかならず | トップページ | 日頃は観客、問題があるときだけ当事者? »