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2011/06/11

理系用語で読み解く社会(72) 隙間も使いよう

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「どう責任を取るつもりか」「何とかしろ」という発言が飛び交う世間
裏を返せば自分自身で何とかするコトを考えず相手に投げつける無責任
ただ怒りを示すのみの姿勢は相手に強く依存しているものではないかな

たしかに社会の中でヒトは相互に支え合って生活しているのだけれども
その支え合いの関係が変化するコトは普段あまり想定していないらしく
ひとたび政治や経済の環境激変だとか大規模広域自然災害などがあると
支え合い構造が大きく変化して各所に不均衡が生じてしまうものである

支え合いで済んでいるならまだいいが依存するまでになると弊害も多い
普段まるで意識していなかったコトにまで注意せねばならぬストレスの
矛先は日頃アタリマエのように頼っていた相手へ当然の如く向けられる

こうした行動パターンは被害が一定レベル以下の地域に最も強く現れる
当事者は怒ろうが悲しもうが生きるために必死にならざるを得ない状況
ところが当事者でない者たちは割と普通に生きていられてしまうだけに
むしろ出来るコトが限られている上に怒っていられる余裕も持っている

日頃から緊密な繋がりの中で生活している人は集団としての判断に沿い
思考エネルギーを節約した行動が基本となっているけど非常時になれば
いきなり個々人で情報を収集して判断を下し行動しなければならなくて
周囲に依存してきたのが急にできなくなったという非常な困難に直面し
日頃なら頼れたはずの存在に怒りを露わにしたりしているのかもしれん

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あるいは社会の繋がりが緩かったならば、それぞれの役割に専念しつつ
他者の動向だの周辺状況を見て臨機応変に動かねばならない日常だから
そんな日常が非日常の状況下でも連続していて対応も容易だろうと思う

だけどヒトは平穏であるコトを前提として社会を作り上げていく傾向が
あるから平和が長く続いた社会では多くのヒトビトが思考エネルギーを
可能な限り効率化できる環境に落ち着いていこうとする流れがみられる
そうして緩やかだったヒト個体間の繋がりは緊密になっていってしまう

とはいえ緊密な繋がりの集団がヨノナカに幅を利かすような社会でさえ
そこからドロップアウトしたり最初から入らなくて隙間に暮らしている
ような個体も少数ながら常に存在しているのも紛れもない事実であって
日常のみの集団が非日常に対処せねばならぬ状況下で役立つコトも多い

実は社会の中に微量に含まれる不純物が社会の靱性を強化しているかも

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