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2011年6月

2011/06/30

出張旅行記(44.5) 狭くもあり広くもある箱庭列島

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9時半には塩尻駅に到着、10時過ぎ発ワイドビューしなの6号へと
約30分待って乗り継いで中央西線を一路、名古屋へ向かっていく。

線路に併走する国道に名古屋までのキロ程が見える。百数十kmと。
そういえば、このあたりは日本列島の中でも特に海から遠い地域。

それでも鉄路や道路の道程で二百kmあるかどうかというトコロで、
大陸の内陸部などと比べれば遙かに海が近いのは言うまでもない。

周囲の山々は緑に包まれており、頭上には初夏の雲が流れていく。
梅雨前線だろうと途切れるコトもなく横断してしまうのが列島だ。

狭い日本そんなに急いで何処へ往く、なんていう古い交通標語を
なんとなく思い出したが、確かに世界規模からみれば狭い列島だ。

中央西線は、古い東山道(中山道)ルートを京へ上る道筋でもある。
数々の谷筋や盆地を繋いで本州の中央を抜ける道、というトコロ。

眼下に見える川は薮原駅あたりまで塩尻方面に向けて流れていた
ように思うが途中から逆転する。いつの間に分水嶺を越えたのか。

太平洋へ向けて流れる川は次第に水量を増していくように思える。
これほどに急峻な谷間が形作られるのも納得できるほどの水の力。

塩尻の次の停車駅は木曽福島だ。15年くらい前には東京から車で、
このへんに出張してきたコトがあった。まだ若かった頃のハナシ。

線路は谷を下り続ける。徐々に蒸し暑くなってくるように感じる。
冷房が弱めに設定されていて、外の気温の影響を受けやすいのか。

たしかにトンネル内を走ると車内の空気も少し涼しくなるようで、
それほどまで外気温が高いという事実に気付き背筋の毛が逆立つ

まだ峡谷を抜けたワケでもないというのに相当な気温であるなら、
下界に降りて名古屋に着けば、どれほどの暑さになるというのか。

とはいえ列車は休みなく目的地へ向け走り続けていくものであり、
車窓に見える景色も山間というより盆地の印象が強くなってくる。

川も上流域というより中流域の様相を示すようになりつつあって、
中津川駅の、少し上流側のダム湖付近の川は、もう相当な水量だ。

このあたり盆地といっても甲府のように広々とした感じではなく、
起伏も多いので丘陵地帯の中に小さな平地がある程度なのだろう。

田畑の作りも丘陵地帯的な様子で、そこかしこに溜池も見かける。
(沢の水を引いてくる棚田のような谷間の田畑とは既に異なるが)

そして線路はときおり再び谷間を抜け、また平地に出ては次第に
周囲が市街地らしくなり、ついに多治見で「街」を感じるまでに。

この先もう寝ていても良さそうだな。仕事の前に一眠りしようか。
……などと思っていたら、再び谷間と山里が続くので少し驚いた。

けれども考えてみれば、日本列島なんてそんなもんかもしれない。
前から思うが、首都圏近畿圏を除けば都市部の面積など広くない。

中心街から20分ばかり電車に乗れば、もう郊外の閑静な住宅街で、
職住接近を求めるならば、東京から離れるのが手っ取り早かろう。

そんなトコロもまた、やはり箱庭的な感覚で好いのかもしれない。

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2011/06/29

出張旅行記(44) 箱庭の世界の車窓から

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8時ちょうどにはスーパーあずさ1号の車中で西へと向かっていた。
前に書いた「中央本線ルートで名古屋出張」の機会は思っていた
より早く訪れ、しかも日が長い夏至直後かつ雲も青空も出ている。

車窓を流れる景色を眺めたりしながらも、遅れている作業も行う。
とはいえ山また山の中央本線だもんだから、あんまり画面に集中
したりしていると酔ってしまうので、それほど捗らぬのであるが、
それでも少しばかりは直線区間などもあるので、やれるだけやる。

ときたま大月付近までは普通列車で散歩しに来ているのだけれど、
分水嶺を越えて甲府盆地に入る(しかも特急に乗って)というのは
もう何年振りかというくらいに久々で、ついつい見入ってしまう。

都内は小雨パラつく天気だったが、山梨県に入ると青空が見えて、
ところどころ雲に覆われた盆地は、向こう側の山々まで見通せる。
人間の営みのミニチュアを眺めているかにも思える、車窓の景色。

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2011/06/28

自称逸般塵の不通の日記(272) 誤差はプラスもマイナスも

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今度は予報に反して涼しくなって、涼しいと眠くなって、
朝まで仕事をしていたが不意に眠くなって、仮眠すれば
思っていた以上に眠ってしまったりして、少し困った日。

とはいえ暑くならなかったコトは、非常に有難いハナシ。
同じ天気予報のハズレも、涼しい方に転がってくれると、
まあ許容できるんじゃないかと、思ってみたりもするが、
といって、常に暑い方への誤差を含む予報を出されても、
それはそれで、予報を見るたびに嬉しくない気分となり、
やはりここは正直に、できるだけ高い精度を願うばかり。

そうだね、できるコトなら推計処理上のノウハウなども、
素人に毛が生えた程度の人が理解できる程度に咀嚼して、
不信感を緩和できるようにしていったら、なお良かろう。

電力会社なども、そういうのを地道にやればいいのかも。
どうせアタマから信じない連中も少なからずいるけれど、
誤差情報も含めて正直ベースで全部出してしまえばいい。
内部情報の棚卸しだけで何年もかかってしまいそうだが、
そういう進捗状況も出しつつ地道に進めていくしかない。

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2011/06/27

信頼性が低いと知りつつも使わざるを得ず

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人間が人間を評価するのは大層難しいコト。

自分の評価が厳しいのと同じ理由で他人への評価が厳しい人がいる。
自分の評価が厳しいのと同じ理由で他人への評価が優しい人がいる。
自分の評価が優しいのと同じ理由で他人への評価が優しい人がいる。
自分の評価が優しいのと同じ理由で他人への評価が厳しい人がいる。

それぞれ各自の中では矛盾なさそうなので、
最低でも四通りの評価軸があると言えよう。

きっと詳しく調べれば無数にあるだろうし、
そんなのの平均だの中央値だの多数決だの、
微塵の矛盾もなく完璧にできるはずもない。

そもそも評価軸そのものさえ状況に応じて
見直して修正しながら使っているものだし、
もちろん自分用の評価軸と他人用評価軸を
別々に持っているような人物もいるだろう、

しかも他者といったって「家族」「友達」
「赤の他人」「外国人」などという区分や
目上格下ヒエラルキーまで含めて考えれば、
評価軸の上に無数の分類が散らばるワケで、
そのあたりまで含めればさらに余計に大変。

それでも評価をせぬワケにはいかないのが
ヒト集団の非常に難しいトコロなのであり、
それこそまさに人間社会そのものが抱える
最大の脆弱性の一つと言える部分でもある。

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2011/06/26

自称逸般塵の不通の日記(271) 勝手に期待した挙句に予想が外れて裏切られたような感覚についての考察

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最高気温記録更新ラッシュで溶けそうになった日の夜、
関東地方は一転して気温が下がり続けていくとの予報、
自宅でも涼しく作業できるなと喜びつつ眠りに就いた。

ところが起きてみれば寝汗で全身ベトベトという有様。
昼頃には30℃近くまで気温が上昇と予報は盛大に外れ。

そして気象予報サービスを見てみれば深夜から未明に
18℃まで下がるという予報は変えないまま日中だけは
暑いという変形した気温予想を示しているではないか。

言いようもない不信感が湧くのを、抑えられなかった。

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2011/06/25

自称逸般塵の不通の日記(270) 夏至の日の金策

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ものすごく暑くなった夏至のコト、
今月末の資金ショート回避のため、
使用頻度の高くない一部の機材を
中古店に持ち込んで処分してきた。

大半は古い上に程度も良くなくて
大した金額は期待できなかったが、
ここ数ヶ月ほとんど使っておらず
かつ売って値がつきそうな機材を
掘り出せば10点あまりの数となり、
そこそこの金額を目論んでいたが、
そのうち一つに不具合が発見され、
処分を諦めて修理して使うコトに。

いつの間にかガタが来てたレンズ。
使用頻度は低いが使い勝手は良く、
処分するかどうか悩んだ品だった。
「現行品だから再入手も容易だ」
との考えで売り出そうと思ったが、
故障していたのでは売りづらいし、
それならば逆に使ってやろうかと、
その足でサービスセンターへ持込。

なので帰ってきたら酷使してやる。
売れなかった分の金額を考えれば、
そのくらい働かせてやらないとな。

目論見を下回った予算についても、
改めて検討しな直さないといかん。
来月末の入金の見通しも不透明で、
次こそ身売りさせず済むといいが。

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2011/06/24

半生紀(28) 時代の、いにしえーション

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地域と時代の、その場あるいは空気が、人間を育てる。
全く完全に他のヒト個体から隔離されたのでなければ、
ヒトは社会性動物として他の個体と相互に影響し合う。

その繋がりがあってこその人であって、逆に言うなら
もし仮に現代と全く同じ個体を異なった時代や地域に
置いて育てたとしても、まるで違った個体になるはず。

もちろん成長過程だけでなく成体となってからも同様。
生物は死ぬまで常に変化し続けていくものだから当然。

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2011/06/23

「イザというとき」の外側の心理

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本当はヒトには善意というのが備わっていて
「目の前の不幸を自分以外の誰も救えない」
なんて状況になったら半ば自然に身体が動く

そうならず怒りばかり出てくるのは遠いから
救いの手を届かせるコトができずにいるので
そこに手が届きそうな誰かに対して怒るのだ

自分が何をしても不幸から救えない状況下で
他の誰かが可能だと思えるのにしなかったら
怒りが湧いてくるのもヒトの善意、の副作用

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2011/06/22

文句を言える状態であるコトに感謝すべきなのかもしれない

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人間たいてい文句が多いのは「それでも何とかなりそうな」とき。
本当にどうにもならなくなった個体は声を上げるコトさえしない。

痛みを感じるのは損傷した部位が脳に危険信号を送っているから。
その信号が届いてくるだけまだマシなのだと考えるコトもできる。

だからまあ、せいぜい、耐えられる限りは耳を傾けようとは思う。

だけど一方で声を上げることさえできないでいたり伝わらなずに
いたりするようなトコロにも目が届くようになってほしいものだ。
今年などは特に多くのノイズに埋もれて目立ちにくいはずだから。

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2011/06/21

自称逸般塵の不通の日記(269) 暑さを味わう覚悟はできているのか

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夏至が近付き最高気温も着々と上昇中
まだ今のトコロ夜は涼しいからいいが
熱帯夜が続く時季も遠からず訪れよう
せめて昨夏のような猛暑でないコトを
願うくらいしかヒトにはできないのだ

けれども何かせずにはいられないのも
これまたヒトならではのコトであって
今夏は全国的に違った意味で暑かろう
おそらく蒸し暑いというより暑苦しい
夜の寝付きも悪く目覚めも悪いような
ニュースには事欠かないと思われるし
醒めればまた悪夢の続きの如き現実が
どうせ待ち受けていて違う汗が出るさ

そうして今年はきっと過去にないほど
数多くの人間の悪態やら罵声怒号やら
文句やら愚痴やらを聞かされるだろう

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2011/06/20

雨上がりの夜の散歩

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街の灯火の一つひとつを繭のように包んで光る靄
濡れた路面の照り返しに強調される原地形の起伏
道すがら浮かび上がっては去っていく道端の顔々
かつての小川の流れに沿って響く地下のせせらぎ

川沿いだった一帯に並ぶ飲食店の看板の灯と喧噪
妙に空気感染力が強い調子外れの酔っ払いの口笛
自転車に乗され行く幼児の泣声のドップラー効果
談笑する如くに無人の公園に集う児童用乗物遊具

人の歩こうとする先へ数歩ずつ小走りに逃げては
振り向いて弱い声でシャーと言い威嚇をする子猫

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2011/06/19

日頃は観客、問題があるときだけ当事者?

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ある特定の個人ないし組織ないし地域ないしは
同じような属性で括れるヒトビトのクラスタが
自らの不安や不満を少しでも減らそうとすれば
しばしば別の個人や組織やヒトビトにとっての
不安や不満を増大させる結果となりがちなもの

そのトレードオフ関係を少しでも崩したくって
ヒトは知恵を出し合って無数のシカケを作って
不安や不満の総量を減らそうとしてきたけれど
全然まだまだ減ったように思えないのが実情で
新たな不安や不満の要素は無数に転がっている

どれだけリスクや理不尽さをなくそうとしても
どうしたって必ずどこかに残存するものだから
最後は現状に妥協する感覚でいた方が良いのか
もちろん決して諦めない姿勢は大事だけれども
それによって精神の平安が得られないのならば
より大きなリスクを身の内に抱える危険がある

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2011/06/18

自称逸般塵の不通の日記(268) 不安がないなんて誰が言った?

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ここ四半期でも特に忙しい週が終わろうとする
とはいえ昨年後半に比べれば大したコトもなく
むしろ今週程度の忙しさが常に続いていないと
今の生活を維持しつつ蓄えを積むなどできない
くらいなのだから仕事が足りていないのが実態

ここしばらくの生活をみれば金銭的にギリギリ
どうみても仕事が乏しく働き足りず収入が不足
仕事の先行きの不透明さがそれに拍車を掛ける
そういうトコロでの不安ならば常に感じている

ところが突然の事件事故や不幸などに対しては
他の人より不安を感じていないように思われる
もし何かあれば影響を受けるのは避けられない
なければ目下の最大の課題に向かうまでのコト
そんな割り切った諦めに似た感覚があるようだ

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2011/06/17

烏の勝手次第も穏やかならず

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借景になっている自宅の南側の住宅の大木で先日、枝払いが行われた。
葉や枝が広く散るので対策したもようだが、思わぬ被害も生じている。

あたり一番の大木で周囲を見渡しやすいのか、烏が集まる場であった。
伸び放題となっていた枝は払われ、途中にあった巣までも撤去された。

それでもなお、思い思いに飛んできては残った枝に留まる烏が1羽2羽。
まだ使えるという認識なのかと思うが名残惜しさもあるのかもしれん。

もしかしたら今回のように彼らの能力に余るような事態が生じたのは、
まさに天災として従容と受け入れ生活再建に努力しているのだろうか。

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2011/06/16

自称逸般塵の不通の日記(267) 梅雨の空の下の今の、瞬間

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今年の梅雨は涼しいと感じる日が多いような気がする。
梅雨入りが平年より早かったから気温が高くないとか、
今年はノートPCをメインマシンとして使っているので
発熱量が多いデスクトップPCの利用頻度が低くなって、
以前の年より室内の熱量が下がったせいか、とも思う。

もしかしたら今年の日本中を覆う節電の空気もあるか。
他の住宅でエアコン利用を控えれば外への放熱も減る。
何年か前に故障したきり放置している貧乏人にとって、
その点だけは歓迎だ。ただし今以上の節電は困難だし、
喫茶店などが涼しくなくなると暑さを避ける場もない。

これから夏も涼しく過ごせるといいなとは思うけれど、
ただでさえ使える農地が減っている上に冷夏となれば、
夏以降の農産物の値上がりに直結するのは確実なので、
適度な暑さがあった方が、やはりいいな。我慢しよう。

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2011/06/15

竹を割ったらササクレたりするよね

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諦めるとか割り切るとか言っていても、所詮ヒトだ。
そんなに簡単に感情を切り替えられるワケではない。
現状では未だ諦めたり割り切ったりできないでいる
ようなトコロも、理屈では簡単にできると分かるし、
そうすれば更に気楽になれるのが予想できるけれど、
どうも感情的に、それをできぬまま今に至っている。

むしろ、今の時点で諦めたり割り切ったりしている
コトどもがあるというのは、感情の切り替えをする
契機が過去の人生たまたま発生したというに過ぎぬ。
だから、そういう過去よ、有難う。残念な過去だが、
必ずしもマイナスというだけではなくて、プラスに
考えようという気にさせてくれただけ、マシなのだ。

とはいえ、次の何かを諦めたり割り切ったりせねば
ならぬような機会、即ち自らにとって残念なコトを
期待しているワケでもない、と念の為に記しておく。

せいぜい平穏に生きたいと願っているに過ぎなくて、
その意味では、他の人と何ら違いはないのだと思う。

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2011/06/14

残り物は何ですか

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諦めていない部分も、一部あるにはある。
諦めていないといっても温度差があって、
「積極的に目指していないがまだ平気」
というくらいに軽く考えているものから、
「できたらいいなとは思うが無理かも」
などという甘くないコトまでいろいろだ。

その一つひとつを挙げる気は全くないが、
しかし最後まで諦めるつもりのないコト、
それはやはり「死ぬまで生きる」だろう。
たぶん、他のモノゴトは、そのオマケだ。

そんな考えが、常に根底にあるからこそ。
必要に迫られれば他のコトを割り切れる、
って思って、落ち着いてられるのだろう。

こう見えて案外、根は真面目なのかもな。

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2011/06/13

半生紀(27) 諦観を決め込んだ頃

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他人が感情を露わにしているような場面では
個別具体的なハナシならば共感するけれども
抽象的一般的な話題ともなると感情が薄れる

怒っている人に対して冷静な言葉を浴びせて
後で思い返して申し訳なく思ったコトもある
そういったトコロが未だ至らないものと思う

実は小さい頃、かなりキレやすい少年だった
それが何故こんなヒネクレた中年になったか

ただ考えてみれば怒りを示したのも自分の為
誰かの代わりにと怒ったコトは少ないはずだ
そういうふうに見える場面があったとしても
自分自身に置き換えて勝手に怒ったものかと

変わっていないとすれば、偏屈である点だな
転換点を探っていくには、その点が鍵だろう

偏屈なる利己的な思考ポリシーの延長線上で
怒りが却って自らを害するコトが多いと判断
以て自ら変わっていったという理由が浮かぶ

もう一つ、怒りの背景として持ち合わせてた
さまざまな自尊心や欲求のようなのが剥げて
いろいろ諦め割り切ってきたというのもある

だから少年から青年を経て中年になるあたり
いくつかの段階を経て少しずつ変化が進んで
どうやらこれから老年へと向かうようである

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2011/06/12

たまには時事ネタ(73) 正解のない政界

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実は政治家たちも、できるコトが限られていて焦っていて
それが政争に繋がっているのではないかと、思ったりする
彼らを利他的な存在と仮定すれば、そんな考えも成り立つ

だとするならば、少しばかり賢さが足りないと言えるけど
利己的だと仮定しても、やはり賢明な存在とは言えなくて
いずれにせよ結果が伴わないので、大差はないというワケ
ただ前者の捉え方の方が、まだ余計な怒りを負わずに済む

そのような考え方に立つなら、処罰感情には流されにくく
責任追及などと言わず、淡々と再発防止のための原因究明
にのみ取り組んでいける、そんな気がしているのだけれど

まさに今この瞬間、正解を出せないでいるのは事実だから
せめて今後は、より良くしたいのが人情というものだろう
それを冷静に考えていくなら、不正解の原因を深掘りして
国民全体まで含めた利害関係者全員が、共有できるように
していけないだろうかと、淡い期待を寄せていたりもする

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2011/06/11

理系用語で読み解く社会(72) 隙間も使いよう

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「どう責任を取るつもりか」「何とかしろ」という発言が飛び交う世間
裏を返せば自分自身で何とかするコトを考えず相手に投げつける無責任
ただ怒りを示すのみの姿勢は相手に強く依存しているものではないかな

たしかに社会の中でヒトは相互に支え合って生活しているのだけれども
その支え合いの関係が変化するコトは普段あまり想定していないらしく
ひとたび政治や経済の環境激変だとか大規模広域自然災害などがあると
支え合い構造が大きく変化して各所に不均衡が生じてしまうものである

支え合いで済んでいるならまだいいが依存するまでになると弊害も多い
普段まるで意識していなかったコトにまで注意せねばならぬストレスの
矛先は日頃アタリマエのように頼っていた相手へ当然の如く向けられる

こうした行動パターンは被害が一定レベル以下の地域に最も強く現れる
当事者は怒ろうが悲しもうが生きるために必死にならざるを得ない状況
ところが当事者でない者たちは割と普通に生きていられてしまうだけに
むしろ出来るコトが限られている上に怒っていられる余裕も持っている

日頃から緊密な繋がりの中で生活している人は集団としての判断に沿い
思考エネルギーを節約した行動が基本となっているけど非常時になれば
いきなり個々人で情報を収集して判断を下し行動しなければならなくて
周囲に依存してきたのが急にできなくなったという非常な困難に直面し
日頃なら頼れたはずの存在に怒りを露わにしたりしているのかもしれん

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2011/06/10

半生紀(26) むしろ生きているのが偶然

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一応それなりに会社員として生活していた頃が、
過去の経歴を通算すれば数年間ばかりある計算。
他の同僚が持ってた仕事を引き継いで続けたり、
または逆に自分の仕事を同僚が引き継いだりと、
属人化傾向の強い仕事も多い分野ではあったが、
一応それなりに仕事と個人の切り分けがあった。

いや考えてみれば自営業になってからも何度か
似たようなケースがあったといえばあったよな。
不本意ながら縁が切れてしまった取引先もある。
そんなのまあ今更どうなるワケでもないけれど。

前例を踏襲しつつも新たなコトを付け加えたり、
あるいは思い切って一部を捨てて切り替えたり、
そんなコトが仕事の引き継ぎの際には行われる。

しかし人生そのものは他人から引き継げないし、
逆に他人に引き継がせるなんてできやしないし、
致し方なく自分で立ち上げて自分で幕を下ろす。
ただそればかりの終わりを迎えるまでの一生だ。

そのときまでいろいろやってるであろうコトは、
可能なら誰かが引き継いでくれれば嬉しいけど、
そうならなくても、そこは自力の外のハナシで。

死後にまで持って行けないという前提に立てば、
そんな所有欲の束縛も少しばかり軽くなるもの。
確率が低くても想定すべきというのであるなら、
どうして不可避を想定せずにいられようか、と。

生命にとって不可避な死を、少しばかり早めに
受け入れておいた方が気楽に生きられるものだ。

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2011/06/09

バランスを取る以前の問題で

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生き続けるコトそのものが仕事だと捉えているような人の場合、
ワークライフバランスというのを、どう考えるのが妥当なのか。

いやそもそも一般にいうワークライフバランスという言葉には、
労働を必要悪と捉えているかのようなニュアンスが感じられて、

苦しみつつも楽しみながら仕事してるような人種にしてみれば、
微妙にそぐわないもののように思えて少しばかり悩んでしまう。

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2011/06/08

木を植えているつもりでいるのだけどそうでないかもしれない男

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自由業仲間と「まるで狩猟採集生活だ」という会話をしていた。
言うまでもなく収入は安定しない、単発仕事を拾い続ける日々。
季節が順調に巡ってくれればいいが、必ずしもそうとは限らず、
しばしば獲物不足に陥って、生活の維持が苦しくなったりする。

だから補助的にでも栽培だとか牧畜だとか養殖のような感じに、
ある程度の安定的な収穫が見込めそうな生活手段も求めている。
が、どうも個人的な方向性としては田畑を耕し草取りして云々、
というのではなく、木を植えて育てているような気分だったり。

田畑になど使うコトもできぬ急傾斜の山林で上ったり下りたり、
下草を刈って蔓草を断って枝を払って……と孤独な作業が続く。
それでいて木々は成長が遅いから成果が出るまでが非常に遠い。
ていうか、その収穫は果たして死ぬまでに得られるんだろうか。

まあいつか何かのついでにでも役に立ったと思ってくれる人が
いてくれればそれだけでも充分に報われたというコトなのだが。

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2011/06/07

半生紀(25) 一生で最も長く付き合う個体との関係性構築について

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もともと多動症っぽく見られる性質が小さい頃からあって、
(単純に興味ばかりで動くというだけに過ぎないと思うが)
読書などでは集中するが周囲にも気を取られるコトが多く、
考え事や会話は行き当たりばったりで筋書きは描けないし、
仕事をしていても気が乗らなければ集中力が長続きしない。
集団の中では浮きやすく、普通に会社に居着くコトもなく、
自由業になっても適当な生活しかできておらず、今に至る。
そういう自分と付き合ってきたが、まだ上手とは言えない。

「いいモノを持っているのに、何故こんなに貧乏なのか」
などと評価してくれる人もいて、少し嬉しくもあるけれど、
運が向いていないコトを除けば、自身を御しきれていない
ためにロクに仕事できないという事実が厳然としてあって、
今の時点では能力相応にしか、稼げていないのだとも思う。

だからいずれ向いてくるかもしれない運を気長に待ちつつ、
今のヨノナカに合わせて対応できるよう制御にも気を配り、
制御される対象の改良も同時に進めているつもりではある。

まだまだだね。自分の中の、制御する側も制御される側も。

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2011/06/06

役に立つか苦言かどうかは受け手次第(70) 短期には損金、なら中長期には何金だろう

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アタリマエが達成できないと知るや、ヒトは非常に憤慨する。
そりゃそうだ思考停止しているトコロに不意打ちを食らえば。

それを避ける策の一つが、アタリマエを柔軟に変更するコト。
環境変化に適応していけるなら隙をつかれる可能性は下がる。

もう一つは、短気を損気として適度に損切りしていくコトだ。
失敗を教訓として取り入れてしまえば投資とでも言い張れる。

そりゃもちろん投資するからにはリターンを期待するけれど、
投資となれば元本割れリスクもあるので、そこまで考慮して。

短期的なリターンだけを求めるのはむしろ投機というもので、
思考リソースを安定的に運用するのには向いていないはずだ。

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2011/06/05

前だの苦楽かー?

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「アタリマエ」って、何なんだろうかと、ここ数日、思い巡らす。

無数にある選択肢の中から選ぶ際に、一定基準以下を切り捨てて、
手早く判断を下して短時間で進んでいくための、判断基準かなあ。

そのコト自体は非常に効率的で、有効な方法だとは思うけれども、
思考エネルギーの節約の効果が大きい反面、思考停止でもあろう。
前提となる条件が変わらずにいる時代なら、その弊害も小さいが、
果たして、環境が激変しつつある中でもなお使っていていいのか。

当たり前が当たらぬようになってしまう前に変えられればいいが、
なかなかそうするコトができないのもまたヒトのサガというもの。
せいぜい遅れてもいいから変わっていってくれればいいなと思う。

読者など数えるほどの泡沫ブログであろうと公的な発言ではある。
こうして発言しているだけでも、いや黙っているという態度さえ、
ヨノナカへの意志表明となるのだから、いずれ反省もあると思う。

そうとでも思っておかないと、ヒトは偉くなりすぎてしまうから。

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2011/06/04

中まで概観できるかな

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多くのヒトビトがそれぞれ好き勝手に推測憶測妄想を働かせて
それをそのままに脳内から垂れ流していってくれるもんだから、
全部アンサンブルした中間のどこかのルートにヒトの予想外の
何かの要素が加わるコトもあるものだと思っておけば気は楽だ。

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2011/06/03

当然という思考停止条件に陶然としていたくない

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「○○なら××して当然だ」などと言い切るコトが、怖くてできない。
それは、過去の経験に照らしての判断を重視するあまり現実を定型化
しすぎてしまい、今まさに目の前で起きているモノゴトを個別事象と
認識していないのでは、という不安を強く感じてしまうからだと思う。

「愚かしい為政者なら権力の座から追い落とすのが当然だ」、そうか。
レッテルを貼れば思考停止していて構わないという、そういうコトか。

正しいコトをしていると思い込んでいる人たちほど、怖い存在はない。
正義だとか道理だとか、あるいは感情ででもいいけど、その人が持つ
規範の中でいったん正当化した行動は、もし反発されれば全て「悪」
と決めつけて思考停止状態のまま衝突しかねないあたり、とても怖い。

自分の周囲のセカイ、所属する集団の常識、そういうのばかりを見て
ヨノナカの全てを語り尽くせると思いこんでる人もまた、怖い存在だ。

目の前の個別事象と真摯に向き合って、「当然」の枠組みの外に出て、
今後どうしていくべきかを必死に考え、足りない部分は気付いた者が
補ってやって、補ってもらった側も素直に受け入れて柔軟に対応して、
その中から次の体制が自然発生的に出てきてくれたらなあ、とも思う。

それはさておき。

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2011/06/02

半生紀(24) ヒト集団恐怖症と入院体験

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ここ数日、ふと最初に入院したときのコトを思い出す。

癌専門病院の小児病棟、ただし手術で摘出した組織を
精密検査した結果は良性で、短期間の入院に終わった。

今も家族から「何度か死にかけた」と言われる一連の
生命に関わる重大事象の、最初のケースでもあったが、
死に損なった経験については、前にも触れたので省略。

実は、良性か悪性かというのよりもっと大きな懸案が、
長くもない入院期間を通じて、ずっと心を占めていた。

それは他の患者たちとの人間関係、特に、長期入院の。

曖昧な記憶に後からの憶測を添加して補っているので
必ずしも当時の実態そのままではないので承知のほど。

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2011/06/01

たまには時事ネタ(72) 国を挙げて選んだ懐疑的な人員

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ああいう議員たちを議会に送り込んだのは有権者なので、
非難する矛先が有権者自身に返ってくるのは承知の通り。

いくらなんでも次はマトモな議員を送り出すよねみんな。

すぐ次には大きな変化が出なくても次の次には何らかの、
良くなる予感を感じられるようなのを期待していいよね。

以下どうでもいい自己評価なので読み飛ばしても構わず。

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