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2011.06.22

文句を言える状態であるコトに感謝すべきなのかもしれない

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人間たいてい文句が多いのは「それでも何とかなりそうな」とき。
本当にどうにもならなくなった個体は声を上げるコトさえしない。

痛みを感じるのは損傷した部位が脳に危険信号を送っているから。
その信号が届いてくるだけまだマシなのだと考えるコトもできる。

だからまあ、せいぜい、耐えられる限りは耳を傾けようとは思う。

だけど一方で声を上げることさえできないでいたり伝わらなずに
いたりするようなトコロにも目が届くようになってほしいものだ。
今年などは特に多くのノイズに埋もれて目立ちにくいはずだから。

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何もできないくせにそんなコトをわざわざダラダラと書いている。
おそらく自分自身が大声を上げる側にいないと自覚しているから。

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