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2011/06/19

日頃は観客、問題があるときだけ当事者?

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ある特定の個人ないし組織ないし地域ないしは
同じような属性で括れるヒトビトのクラスタが
自らの不安や不満を少しでも減らそうとすれば
しばしば別の個人や組織やヒトビトにとっての
不安や不満を増大させる結果となりがちなもの

そのトレードオフ関係を少しでも崩したくって
ヒトは知恵を出し合って無数のシカケを作って
不安や不満の総量を減らそうとしてきたけれど
全然まだまだ減ったように思えないのが実情で
新たな不安や不満の要素は無数に転がっている

どれだけリスクや理不尽さをなくそうとしても
どうしたって必ずどこかに残存するものだから
最後は現状に妥協する感覚でいた方が良いのか
もちろん決して諦めない姿勢は大事だけれども
それによって精神の平安が得られないのならば
より大きなリスクを身の内に抱える危険がある

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実態こうだから諦めろなどというつもりはない
変えていくのは今に生きている人たちの特権だ
もう生きていない人たちは当然ながら無理だし
まだ生きていない人たちにも、やはりできない

そして特権には義務が常に伴うコトを忘れずに
言うまでもなく後の人間たちに対しての義務だ

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