« ニホンのキホン「オールジャパン、オアナッシング」 | トップページ | 試小説(12.3) 「太郎を待ちながら悶々と」中前編または承の章 »

2011/07/20

試小説(12) 「太郎を待ちながら悶々と」前編または起の章

20110720_epsn8318_1s


その村は何年も前から財政が苦しい状態が続いており、村長は徐々に衰えの見えてきた初老の身体に鞭打ちながら、その立て直しに苦慮していた。村長は村で一番の長者の家の当主でもあり、自分の一家の経営も堅実を旨としていたが、村の財政のあまりの厳しさに持ち出しも多く、家運さえ傾きかねない有様だった。

--
村の財政圧迫の原因は、十数年前から近くの山に棲み着き、いつしか堅固な山城を築いて、近隣の村々を荒らし回る鬼どもの脅威であった。収穫の時季になれば、あるときは台風の風雨をついて、あるときは村人たちが寝静まった未明の時間を狙って、鬼たちが押し寄せて倉から収穫物を強奪したり、あるいは村人たちを捕らえて人質にして身代を要求したり、そうして貴重な財産の多くを奪っていったのである。
鬼たちも工夫したもので、毎年、同じ村を襲っているのではない。山城の周囲十里あまりの広い範囲にある数々の村の中から幾つかを選び、蓄えの豊富そうな、そして防備が手薄そうな村を狙い澄まして襲ってくる。だから一度襲われた村は何年か見過ごされるが、蓄えが回復すれば再び狙われる危険が増していくワケだ。
また、鬼たちは必要がなければ村人たちを殺すことまではせず、むしろ「生かして奪い取る」作戦に徹底していた。もちろん、それでも場合によっては見せしめのため、あるいは抵抗を排除するため、少なからぬ村人を殺傷している。
そこで鬼どもの脅威に対し、それぞれの村は鬼たちの侵入を防ぐべく周囲の守りを固めたり、侵入されても被害を軽減できるよう村人たちの財産の隠し場所を整備したり、はたまた浪人者を雇い入れて警戒させるなど、さまざまな手立てを施すようになっていた。他の村より手薄になっては、鬼に狙われやすくなってしまうから、どの村も必死だった。

この村では、こうした鬼対策の経費が、しばしば予算を上回ってしまい、やむなく村長が自腹で補填していた、というワケである。どれだけ予算を注ぎ込んだとしても鬼の害を完全には防げるとは限らないが、それでもなお村長は一縷の望みを捨てず、鬼による被害をなくす、あるいは可能な限り軽減する、そんな施策を計画しては実行し続けてきた。
「鬼どもが退治されぬ限り、いつまでも続くのだろう」といった、心の奥底にくすぶる徒労感を、決して表に出さぬよう必死の努力を重ねながら。

そんなあるとき、村外れの老夫婦が拾って育ててきた太郎という名の少年が、「田植えも終わったし、鬼を退治してくる」と言い出した。たしかに太郎は、すっかり腕力のある若者に育っていて、村一番の力持ちと評判になっていた。
しかし若者一人で、そうそう簡単に鬼退治ができるものとは思えない。実際に先年、都でも名が知れるほどの武士が一族郎党を引き連れ高い報償を条件に鬼退治に名乗りを上げたものの、大した戦果も挙げられず撃退されていたのだ。
この村をはじめ数カ村が、その彼らの薬代だとか武具の修繕費などといった必要経費を支出せざるを得なくなって村の経営にも打撃を受けた。また、怒った鬼たちの略奪がさらに厳しくなり、武士たちの招聘を主導し、その本陣が置かれた村は容赦のない返り討ちに遭った。この一件は未だに尾を引いており、村人たちは理不尽だという思いを募らせている。村長も、危うく立場を逐われるトコロだった。

だから「こんな若者一人に託して良いものか」村長は悩んだ。

太郎が村長に求めた条件は、武士たちの経費に比べれば安いものだった。一人分の弓矢や刀、具足に陣羽織、そして道中の弁当として「山ほどの吉備団子」だけ(それでも慢性的な財政赤字の村にしてみれば少なからぬ負担ではあるが)。一方、太郎を養ってきた老夫婦は、その突然の出陣宣言に驚き戸惑い、心配を隠せない様子だったが、「太郎の言うことなら」と、無理に引き留めるつもりはないようだ。
そういう意味では、太郎が失敗したとしても村の損失は先の武士団ほど大きくなるコトもあるまい。鬼たちの略奪は相変わらず過酷なものだ。しかも太郎は拾われ子。血の繋がった親族はおらず、彼が死んでも養父母を除けばほとんどの村人が気にも留めまい。つまり、太郎が成功する確率は低いものの、想定される損失も大きくはない(少なくとも現時点では)。冷静な計算からすると、そういうコトになる。

だが、村人たちはどう思うだろうか。先年の武士団の失敗による損失の大きさは、村長の立場を危うくさせるほど村人たちの不信を買ってしまった。出陣の折には数カ村が総出で前祝いをするほど期待の声が高く、村長たちも「よくぞ武士団を呼び寄せてくれた」と賞賛されたというのに、失敗したとなれば村人たちの態度は掌を返すようだった。ちょっとした村会でも、毎回のように失政の責任を厳しく追及される。
実際、一緒に武士を招聘した村の一つでは、村長はじめ村の相談役や帳簿係、水番頭に火消頭、見回頭に若衆頭、さらには寺の住職や鎮守の宮司まで、村の役職を持つ大半が、村人たちの突き上げによって次々と地位を逐われた。辞職させられた者の支持者が、別の役職員を攻撃し辞職させ、またその役職員の支持者が別の者を攻撃していくという、いわば辞職の連鎖が発生した結果だ。
その村では、一年経っても恨み合う関係を解消できず、政権が安定しないまま、何度も村長など幹部の辞任が繰り返されるような状況が続いている。政情不安が長引いた挙句に村の秩序も乱れ、村人同士で勝手に水や土地を争って刃傷沙汰になったり、はたまた資産のある者は自衛のためと称して浪人者を雇い入れて私兵化するなどしている。この村には鬼どころか近隣の悪武士たちまで目をつけ、自分のモノにしようと手を出してきたりしている。言うまでもなく村落経営も不安定きわまりなく、特に小作農たちは生活が厳しく、こちらの村に逃亡してくる者も少なくない。

村長は、この多数の難民から、隣村の惨状は厭というほど聞いている。「この村まで、そんなふうになってほしくない」、と強く願っていた。先年の武士団に続いて、(大した期待もできないとはいえ)太郎も失敗すれば、村長の立場はもちろん、村の治安や経営まで危機に陥れてしまうかもしれない。そのような事態は、何としても避けねばならない。
村長は、改めて太郎および養父母と面談した。太郎の意志の固さは、一目で分かる。勝算もあるといい、村長には検討中の作戦内容を簡潔に説明した。養父母からは、そんな太郎を信頼している様子が伺われ、むしろ積極的に送り出そうとしているようだった。拾われ子の太郎は村で孤立しがちだったが、もし今回の挑戦が成功すれば、間違いなく歓迎されるようになるだろう、というのである。

面談の後、村長は一晩、一人で考え、結論を下した。
「公的な討伐隊として太郎を送り出せば、失敗したときこの村が集中的に狙われるかもしれない。だから太郎一人を非公式に送り出そう。あくまでも村の公式な存在ではない、という建前だ。ただし、装備の支援は私が個人的に行う」

数日後、太郎の家でささやかな出陣式が執り行われた。立ち会ったのは村長一人だけ。あくまでも非公式とするための方策だ。不都合なきよう取り計らってはいるものの、太郎の行動を黙認するというのが、村長としての公式な姿勢である。太郎の養父母は少しばかり不満な様子だったが、そのことについては太郎が説得していた。
一方で、村長は養父母の生活支援を太郎に約束、共同作業の負担軽減などの施策を超法規的に実施するコトにした。家族で一番の働き手だった太郎が、少なくとも当面は不在となるため、子のいない老人に適用される支援策を特例で適用するという内容だ。
また、必要とされる装備などは全て村長が密かに整えただけでなく、先の武士たちが鬼退治を試みた際の情報も、惜しまず与えていた。

こうして、ある夜、静かに降り続ける小雨の中、太郎は人知れず村を離れ、鬼退治へと向かっていったのである。その足音は大合唱する蛙の声に紛れ、すぐ聞こえなくなっていった……。

|

« ニホンのキホン「オールジャパン、オアナッシング」 | トップページ | 試小説(12.3) 「太郎を待ちながら悶々と」中前編または承の章 »