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2011.07.21

試小説(12.3) 「太郎を待ちながら悶々と」中前編または承の章

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村外れの貧乏な、半ば孤立したような老夫婦の拾われ子といっても、狭い村の中の出来事、太郎が村を離れた事実は、一両日の間には村中の皆が知るトコロとなっていた。もちろん、その目的も(過剰な期待を大量に含む憶測を交えてではあるが)、また村長が非公式に支援して送り出したというコトも、ほとんどの村人が知っていた。

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近隣の村からは、さまざまに太郎の消息が伝わってくる。数日もすると、「道中で太郎が部下を募っている」との噂が広まる。太郎は村に特別な友達もいないが、彼が力持ちで働き者だとは皆が知っており、多くの人たちが太郎には一目置いていた。
「ひょっとしたら、太郎が本当に鬼を退治してくれるかもしれない」、そんな期待感が広がった。その太郎を支援し送り出した村長の株も僅かばかりは上がり、日頃、村人たちの支持率低下に頭を悩ませていた村長も、少しホッとした。

ところが、また数日後、新しい噂が入ってくる。なんと「その部下とは犬猿雉」というのである。これには村長も、太郎の養父母も面食らった。しかし、もっと驚き、怪しみ、慌てたのは、村人たちだった。
「太郎は何をしているのか」「鬼退治はどうなった」「まさか獣を集めて道化でもする気か」「この村は皆の笑いものになってしまう」「村長は太郎に何をさせようとしているのか」
そんな声が、日毎に高まってくる。

追い討ちをかけるように、太郎の不可思議な行動が伝えられてくる。派手な陣羽織に烏帽子に太刀といった討込装束で犬猿雉を連れ、「鬼ども早う出て参れ」などと歌ったり笛を吹いたりしながら近隣の村々を巡って行進し、訪れた村の子供たちに吉備団子を与えては「鬼に負けぬよう強くなれ」と声を掛けて歩いているというのだ。
太郎は決して一つの村に長居するコトはなかったようだが、ある村からは「人さらいと紛らわしいので何とかしてくれ」と苦情が舞い込み、別の村からは「この男のせいでウチの村を鬼が狙い撃ちしたらどうするつもりか」とねじ込まれ、村長も対応に苦慮する羽目になった。もちろん村の中での村長の人気も急落し、非常に居心地の悪い日々が続くコトになる。もし村を挙げて公式に太郎を送り出していたとしたならば、もはや立場を逐われていただろう、そう思えるくらいの状況だ。

さらに、最悪の事態の噂が入ってきた。
「太郎が鬼の城の近くで合戦の末に敗れ、逃げ去った」という。
村々を巡る噂話だけではない。独自に鬼の動向を探っている武士たちからも、同じ内容の情報が伝えられてきた。
村長の許を訪れた使者は「某太郎と申す若者、様子を探りに近寄りすぎたか、鬼の偵察部隊と遭遇して少々競り合った様子。数合の打ち合いの末、何方も大した損害なく退いたものと思わるが、鬼たちは勝鬨を上げ、某太郎は何処かに姿をくらませた」と伝える。

太郎は、その後ぷっつりと消息を絶った。一時的に撤退して体勢を立て直しているのか、はたまた恐れをなして逃げ去ったか、それは分からない。ただ確実性の高い情報が途絶えた中、どちらの噂も、互いに競い合うように入ってくる。
そして村長の、村長としての命運も、まさに尽きたかのように思われた。村長は皆から白い目で見られる。あまりの居心地の悪さに、ついに村長は主立った村人を集め、こう弁明せざるを得なくなった。
「太郎は昔からの村人ではないし、その部下も含めて村とは直接の関係がない。そして私も、太郎に何かの指示命令を与えているわけではない」
単に個人的に応援しているだけだ、という蛇足は、辛うじて口にせず済んだ。言わずに済んだのは単に、主立った村人、の中に太郎の養父母が含まれていなかったから、であったけれども。

そんなコトより、村長には仕事が山積していた。太郎の噂に右往左往する村民たちは、明らかに焦燥感を高ぶらせている。そこから不安や不満が噴出して、一部は村長へ、一部は老夫婦にまで、及んでいる。ある日など、村外れにある老夫婦の小さな家の前で、太郎と同世代の若者たちが大声で騒ぎ立てた。
「犬猿雉の親玉」「お道化て鬼を笑わせに行くのか」「鬼に媚びる太郎の養い親」「村の恥」云々。
小さい頃には、太郎を「拾われ子」「親なし」と嘲っていたのが、最近ようやく落ち着いてきたと感じられていた。それが再燃したような感じだ。

村長は、村の秩序の責任者として、こうした騒動を看過できなかった。折しも梅雨明けの農閑期、祭に向けて準備が進む時季。普段より賑やかな内容にできるよう、祭礼への個人的な寄付金を例年より上積みし、「鬼に負けぬ元気を!」と呼び掛け、若者たちのエネルギーをそちらに向かわせようと尽力した。また持ち出しが増えたのである。
一方で老夫婦宅には、村長自ら足繁く訪れるなどして、暗に圧力をかける。といっても立場上、老夫婦だけを特別扱いするコトもできず、とにかく村内の巡回を頻繁にして、その途中の老夫婦宅で足を止める時間を増やす、といった風にせざるを得ない。だから村長は目が回るような忙しさだった。もちろん自分が倒れてもいけない。農繁期が一段落した今、平年ならば、早朝に草刈りを済ませれば後は家で暑さを凌ぐばかりの日々のはずだというのに。

「今年はずいぶん村中を歩き回ってるようだが、何か意味あるのかね。どうせ大した役にも立たんくせに」
そんな皮肉を、誰かの家の前で言われたりしたが、それでもなお村長は、村の治安を守ろうと歩き回り続けるのであった。

「太郎は今頃どうしているのだろう。せめて元気でいてくれればいいのだが。そして、あわよくば再起して鬼退治を果たしてくれればいいが」
四方八方から、圧力を感じるほどの蝉の大合唱の中、カッと晴れた天を仰ぎ、手拭で首筋の汗を拭って、村長は嘆息する。
夏なのに……。

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