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2011/07/22

試小説(12.5) 「太郎を待ちながら悶々と」中後編または転の章

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そんな村長の脳裏を、ふとよぎる昔の記憶。
太郎が幼い頃にも、ちょっとした騒動があったのだ。
ちょうど同じ頃、夏の盛りだった。

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太郎が拾われたのは、ちょうど鬼どもが活動を始めた頃。その関係性を指摘する声も、早くからあった。
「幼子を装った鬼の間者ではないのか。一思いに殺してやろう」
そう公言して憚らず、草刈りついでに通りがかった老夫婦宅の前で鎌を振りかざす血気盛んな男もいた。大人たちがこんな様子だから、太郎と同世代の子供たちも、「親なし」などと嘲るだけでなく「鬼の子」「太郎間者」など罵る始末。

もちろん村長としては、村の中で幼子を殺すような事態を看過できない。拾われ子といっても、神前に村長や住職も列席する中で老夫婦が血判を捺して宣言した、公式の養子。つまり正式な村人である。もし太郎が村人に殺されるようなコトがあれば、殺人事件として捜査を行い、裁かねばならない。殺人は吊首が普通で、軽くても処払。いずれにせよ村の貴重な労働力を失う、残念な結果をもたらす。
一方、養子縁組に先立って村長は太郎の様子を観察し、また鬼たちの情報を収集することにも努めていたが、太郎と鬼との繋がりを示す情報は全くなく、太郎にもその様子はみられなかった。
だから太郎と鬼との関係を否定し、老夫婦や太郎の安全を守るコトに努めたのである。ちょうど今回のように。その上で、主立った村人たちの前で、こう発言したのであった。
「私がきちんと調べた。太郎の身の潔白は村長たる私が保証する。太郎が何か悪さをしでかせば、私の責任だ」

この言葉が蒸し返されたのは、まさに太郎と鬼の小競り合いが伝えられた翌日のコトだった。
「太郎が何かしたら、村長さんの責任なんだよね。本当に太郎は大丈夫なのか。アイツの失敗で村の損害が増えたりはせぬのか」
そんな声があると、親戚筋から聞かされたのである。
親戚筋はこうも言った。
「村長一人で太郎を支援していたから、陰ではこう言う者もいるよ。『もし太郎が成功したら手柄を奪うつもりだったのではないか』とね」
さらに、太郎が村長の隠し子なのではないかという噂もあるというハナシだったが、さすがに村長もそこまでは取り合わないコトにした。

さらにその晩、政局の先行きにも暗雲が立ちこめた。
村長一家に次ぐ村二番目の長者の屋敷での出来事だ。暑気払いの酒の席、取り巻きに持ち上げられた二番目長者が、いっそ村長の座を奪ってしまおうかと言い放った。言うまでもなく、その話題は瞬時に村全体へ広まる。ちなみに翌日の昼には、集落から離れた山裾の沢のほとりに暮らす水車小屋の番人夫婦までが知っていた。つまり、言葉の分からぬ赤子と耳の利かぬ老人を除けば、村人の誰もが耳にしていたというワケだ。

村長は、朝餉の席でそれを聞くや、今まさに箸をつけようとしていた焼魚を諦めて手早く茄子の糠漬けを飯に載せ、汁をかけて崩し、一息に流し込んで立ち上がった。
「出掛けてくる。昼飯は不要」

村長は、引退した後には村の相談役となるのが習わしだ。特に現職村長へのアドバイスを求められる立場である。二番目長者の先代が、その相談役の一人となっていた。もう隠居して久しいが、二番目長者の屋敷の離れに今も元気で暮らしている。村長は、日頃のように小さな酒徳利を提げて、しかし常より早い時間に、相談役を訪ねた。
「ウチの息子が、何かぶち上げたようだが、酒の席の勢いだ。気にせず村長の仕事に専念するように」
未だ矍鑠とした相談役は、村長の訪問に応じるなり、そんな言葉をかける。そして村長を伴って屋敷へ上がり、二番目長者の現当主を呼びつけ、前夜の状況を説明させた。
「騒ぎになってしまって済まない、私は村長の座を奪うつもりで言ったのでなく、村人たちの不安や焦りを解消したい一心で、つい口を滑らせてしまった」
そして3人で卓を囲み、蕎麦を肴に酒で手打ちとなった。

とはいえ、二番目長者の放言は、現村長に不満を持つ村人たちに、ある意味で現状打開の期待感を抱かせるものでもあった。翌日には、例によって村を足繁く巡回している村長を掴まえ、「いつ辞めるのか」と詰め寄る村人もいた。些細な失敗は誰でもある。そういうのも理由の一つに挙げて、太郎の一件を決め手として、辞任を迫る声、声。ある日など、村長の屋敷の前を走り抜ける子供たちが「もう辞めちまえ」と叫んでいく始末。
ついに村長は「太郎が帰ってくるまで」と、期限を切るコトを余儀なくされるのであった。
「太郎が勝って帰ってくれば村長としての私の得になる、それが不公平だというのであれば、そうなったら辞職しよう。そうでなければ任期切れまで続ける。それで納得してほしい」

この頃、太郎の消息は、あまり聞かれなくなっていた。犬猿雉を連れて大道芸人として都へ出て行ったのではないか、という憶測さえ流れていた。だが実は、鬼退治に向けて、まさに部下たちの訓練を終え、密かに鬼ヶ城の下調べを進めているところであった。烏帽子や陣羽織、太刀などを武士の館に預け、下草に紛れる色合いの襤褸をまとって城に接近して縄張りを調べたり、ときには小競り合いの際に確認した鬼たちの装束を真似た格好で、大胆にも城内に侵入したりもしていた。

そんなコトなど露知らぬ村人たちは、村長の辞意表明を「延命工作」と罵る。いったん燃え上がった怒りの炎は、もう容易に消せるものではなくなっていた。だが村長は、非難囂々の中でも黙々と耐え続け、粛々と村の行事を取り仕切り、この夏に強化していた村の巡回も怠らなかった。

村長自身、何か、吹っ切れたようでもあった。
「どうせいつか、村長を辞める時が来る。ただそれが、少し早まっただけ」、そんな言葉を、夕餉の席で息子たちに語ったりもしている。
巡回で出会う村人とは、「いつ辞めるんだい」「太郎が帰ってきたらね」「本当に帰ってくるのかい」「さぁね」というのが、挨拶のようになっていた。
そのしたたかさに、むしろ一部の村人は評価するほど。
そんな村長の態度を容認するかのように、相談役や二番目長者も普段と変わらず村の行事を手伝うので、さすがの不満だらけの村人たちも、実際の行動を起こすまでには至らなかった。

そしてついに、太郎が鬼退治に成功した、との情報がもたらされる日が来たのである。
夕立をついて、いつもの武士の使者が村長宅に駆け込んできた。玄関まで迎えに出た村長に、息せき切って伝言を伝える。
「某太郎、大手柄に御座候! 鬼の頭の首を挙げたり! 我が郎党も続いて城に攻め入り鬼どもを駆逐し了えり」

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