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2011/07/23

試小説(12.7) 「太郎を待ちながら悶々と」後編または結の章

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村人たちは喜びに沸いた。
「これでようやく、静かな生活に戻れる」
そして、村長も安堵した。
「これでようやく、静かな生活に戻れる」

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その日から村長は巡回を元のペースに戻し、代わりに相談役や二番目長者と頻繁に相談を繰り返すようになった。村人たちは「二番目長者が次の村長か」と噂するが、当人たちは沈黙を決め込む。周辺からも情報は漏れてこなかった。また村長は、太郎の養父母宅や近隣の村々、さらには近郷の武士の屋敷にも足を運んだ。そして村長の屋敷では、新たな離れの建設も始まった。「いよいよ村長も引退して隠居して相談役か」そんな噂が広がった。

そして、ついに太郎の凱旋の日が訪れた。

台風一過の青空の下、立派な武具(出立の際に用意されたものより派手で、村長が武士から借りてきた)に身を包んだ太郎が、道化のような衣装(凱旋に先立って村長の屋敷で密かに用意していた)で着飾った犬猿雉を従え、村の境石で待つ村長や主立った村人たちの目の前で立ち止まり、挨拶をする。
太郎一行を迎えた村長と村人たちは、連れ立って村長宅の前の広場へ足を進める。そこには養父母が、村長の家族と一緒に待っていた。広場の中央には、机一杯に料理が並んでいる。真ん中の一番大きな皿に載っているのは、山盛りの吉備団子だ。この机を囲むように、太郎と村長、そして近隣の村長や近郷武士のための宴席が設けられている。さらに周囲を、村人たちの席や机が取り囲む。

宴の前のざわついた空気。

皆が落ち着かぬままに席に着くと、上座では村長が太郎に杯を渡す。それを見て人々も杯に酒を注ぐ。その乾杯の音頭が、村長最後の仕事となった。

宴たけなわとなった頃、彼はおもむろに切り出した。
「私は、宣言通り、ここで引退する。そして、この太郎は、今日から私の養子となり、次の村長を勤める」
驚きで騒然となる一座、その中で、ひときわ太く深い声が響く。
「これは快哉! 太郎殿ほどの武人が村の長を勤めるならば、この村も安泰であろう哉!」
声の主は、村長が招いていた武士であった。

さすがに前代未聞の戦果を挙げたとはいえ一村落の出来事、周辺数十カ村の治安維持を自任するほどの一門から頭領が自ら足を運ぶほどではなかったが、むしろ実力者である家老が名代として参加していた。
村長は、武士たちの鬼退治事案の際、この家老と親しくなった。武士たちは成功報酬が得られず落胆していたが、家老だけは慌てず騒がず、嘆くコトもなく鬼たちの様子を詳しく教えてくれた。
「敵ながら天晴れな戦力と智力、そして堅固な砦を設けたものだ」と評し、冷静に戦力を分析していた様子が、当時の村長にも印象深く残っていたのである。もちろん、この家老から伝え聞いた鬼の情報は、後になって太郎の鬼退治に役立っている。だが、そのコトも知ってなお、家老は妬む素振りもない。(それゆえに頭領も部下たちも信頼を寄せるのだろう)
ともあれ、この家老の発言が、太郎を次の村長にするという村長の発言を既成事実化するコトに繋がった。

そうして宴は(一部に不満感がくすぶりつつも)たけなわとなり、普段は寡黙な太郎も酒が回って村人たちから持ち上げられるうちに気分が良くなって、皆から請われるままに武勇伝を語るようになっていた。
「鬼ども、城の手入れなどせぬ。伸び放題の夏草の間に何日も潜んで、鬼の首領が出入りする様子を探っておっても、誰も気付きはせぬ。首領が一人になる頃合いを見計らって一騎打ちに持ち込み、仕留めるコトができたのじゃ」
そんな様子を見る村長、いや太郎を後継者に指名して辞任した前村長も、まあまあ上機嫌といったトコロだったが、全ての責任から解放されたと思いきや、思いも寄らぬ追及の声に戸惑うコトとなった。

それは、太郎を送り出した後の、「太郎は村の公式な鬼討伐ではない」とする弁明であった。ざわめいた宴席が、ともあれ落ち着きを取り戻したときの、家老の何気ない一言が波紋を呼んだ。
「太郎を一人で密かに送り出しておったのも名案であったな、おかげで鬼ども全く油断しておったことであろう。あれは村長の発案かね」
この意見に、村人たちが食いついた。
「村の討伐隊として送り出さなかったのは、手柄を自分の家で総取りするつもりだったのだろう」
「そういえば村長は、妙に太郎をかばっていた。最初から跡継ぎにするつもりだったのか」
再び落ち着かぬ空気に包まれる広場。前村長は、やむなく最後の決断を下したのであった――。

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数週間後、前村長の姿は別の集落にあった。住み慣れた村を去り、少数の部下や下男を連れて、引っ越しをしてきたのだ。
自らが隠居生活を送るつもりで新しく作った離れは太郎を養った老夫婦に与え、そして元村長の慣例である相談役への就任は辞退した。一方、その経営手腕を惜しんだ家老に請われ、武士の配下の荘園で執政役を勤めるコトになったのである。

秋の刈り入れを迎えた荘園。
これまで常勤責任者がいなかった名主の役宅の改装工事もようやく終わり、前村長は引っ越し作業と並行して新たな仕事に取り掛かっていた。収穫物の検収を行いながら、荘園農民たちの顔を覚えていく。

「やれやれ、やっと静かに隠退生活を送れると思ったが、まだまだ仕事は続きそうだな。村長なんて椅子、座った人が勝手に滑り落ちる罠が仕掛けられたようなもので、全く気が休まりはしない。あんまり長く勤めるものではないのだよな」
帳簿の整理を終え、ささやかな夕餉の席で部下たちにそう語った荘園執政は、だけど何だか少し、嬉しそうでもあった。その証拠に、新しい施策の案が次々と出てくる。
「そうだ、鬼どもがいなくなったから、防備や警戒に雇われていた浪人者たちも職がなくなる。彼らを呼び集めて開墾を始めようか」

新しく張り直したばかりの障子戸が少し開いていて、そこから静かに鈴虫の声が聞こえてくる。

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