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2011.07.13

自称逸般塵の不通の日記(276) したたかであるということについて考えさせられた月曜日

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相変わらずの夏空の月曜日はバスに乗って隣の区の駅前まで。
あるバス停では荷を負った年配女性が何人も乗り込んできた。

シルバーパスを見せるだけの乗客が一段落して発車するバス。
次の信号で停まったとき、乗務員が路傍にある店を指さした。
店に商品を陳列するでなく、パイプ椅子が並ぶ健康食品の店。

こういう店は、ポスティングチラシで近隣の高齢者を集めて、
勉強会だのセミナーだのと称して集会を催し、サンプル品を
配るなどして継続購入の契約を結ばせようとしている、との
噂があるが、その集会から出てきた高齢者たちであるという。

目の前の信号が青になるのを待ちながら乗務員は小声で呟く。
「次は別の店が午後に集会をするので、みんなそこへ向かう。
そうやって、幾つもの店を巡ってはサンプルを抱えて帰る」

なるほどね、高齢者を食い物にするような店かと思ってたが、
必ずしも食い物にされるばかりの高齢者だけでなく、むしろ
逆に食い物にしようとするくらい元気のある高齢者もいるか。

一方、終着近くの病院前のバス停では、いかにも病院帰りの
高齢者たちが列を作って待つ。もちろん大半がシルバーパス。
ある意味で、この人たちも、バスを使って自力で移動できる
のだから、やはり結構な元気を持ち合わせているのだろうな。

もちろん彼らの元気さが永遠に続くというコトは決してなく、
遠からず療養や養護介護が必要になっていくのは目に見える。
でもそんなタイムリミットを、したたかに待っているのかも。

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