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2011年7月

2011.07.31

自称逸般塵の不通の日記(280) 身近な不均衡

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外の路上で小型犬の吠え声とヒトの男の怒声が響いた。
何事かと、立ち上がって窓辺から見ると、中年男性が
小さな犬を抱え、どこか路上の一点を睨みつけている。
視線の先は見えないが、もしや、という直感が働いた。
その男は数瞬ほど憤怒の形相のまま睨み続けていたが、
ふいと視線の反対方向に向けて、足早に去っていった。

数分の後、何か固いモノを叩くような音と、猫の悲鳴。
今度は何だよと再び路上を見てみれば、またも先の男。
相変わらず小型犬を抱えていたが、もう一方の手には
何処から持ち出したか、いわゆる「コーンバー」など
持ち、先と同じような格好で路上の一点を睨みつける。

もしかして、あの男は、猫に仕返しをしやがったのか。

--
ここ数日、小さな三毛猫が、近所のアパートの軒下か
どこかで、さらに小さな子猫を数匹ばかり育てている。
子育て中にしてはヒトに対する警戒心が薄いというか、
むしろ人慣れした様子で、ヒトの近くで子猫が遊んで
いても、ほとんど気にする素振りさえ見せない母猫だ。

自宅アパートの前で自転車の整備などしてたときには、
興味津々の子猫たちが来て足許でウロチョロしたりで、
うっかり踏んだり蹴ったりしてしまっては危ないから、
そっと抱えて移動させたけれど、それも気に留めない。
どこかの家では餌を貰ったりしているかもしれないな。

--
そういう母猫に、中年男が食って掛かったという事件。

おおかた犬がちょっかい出したとか、猫が無防備にも
ヒトに甘えて寄っていったのを犬が過敏に警戒したか、
そんな、些細ないざこざだったのではないかと思うが。

路上では、まだ中年男が棒を構えて威嚇し続けている。

さらなる暴力が予想されるが、それは見るに忍びない。
そこで少し乱暴に網戸を開け放ち、わざと退屈そうに
ベランダに出て、路上を見下ろし煙草を一服、つけた。

男は驚き、一瞬こちらを見上げ数㍍ばかり後退ったが、
それでもなお、距離を保ち猫を睨み威嚇し続けている。
まるで小型犬が決して警戒を解かず唸り続けるが如く。

なのでこちらも、さも迷惑そうな態度で男を見下ろす。
男は煙草が終わる頃になってようやく踵を返して去る。
舌打ちをしたように思えたが、二度と来なければいい。

怒りに任せて不均衡な戦いを強いるなど、見たくない。

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2011.07.30

低反発人間(無反発ではない)

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生まれ育ちに由来する性格と、独り暮らし自由業という生活から、
たぶん2日も3日も一つのモノゴトに悩んでいられないのだろうな。

ただ、その2~3日の間に別の理由で悩んでしまったり、あるいは
継続的に悩みの種が居座るような場合は、少し長引くコトもある。

それでも悩みの種が少しでも軽減すれば元気は徐々に戻ってくる。
すぐ次の新しいモノゴトを考え出して、別なコトをし始めるのだ。

苦境に立ったとき、無理に足掻いたりするコトはほとんどないが、
そうやって受け流しているウチに状況は変わり続けていくもので。

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2011.07.29

千里の道は振り返って実感するものかもしれない

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ちょっとしたコトでも、長年コツコツと習慣のようにしてやっていれば、
他に何もなくなってしまったなときにでも何かの役に立つかもしれない。
少なくとも絶望の淵の一歩手前くらいには踏みとどまれるかもしれない。

このブログも、1日1本ペースで掲載するようになって1000件近くになる
(たぶん来月末くらいで達成)。千日回峰行じゃないが、長いものである。

少年時代から書くコトは日常の一部になっていて、よほど落ち込んだり、
疲れ切っていたり、体調を崩していたりしても、ともあれ書いていたが、
その習慣的な活動に支えられているなと感じる局面は、少なくなかった。

あとはコイツが何か別の意味でも役に立ってくれれば、なお嬉しいけど。

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2011.07.28

夏草や、髪も放っときゃすぐ伸びる

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何をしていようと、つまり引きこもっていようと、
あるいは忙しく出歩いていようと、いずれにせよ
身体は生命活動を続けている、だからこその生命。

ずっと動かぬままでいると、動かないコトに慣れ、
むしろ動き出すのが苦痛になってしまいがちだが、
逆に無理して動き続けていても疲弊するばかりで、
随時休息を取りつつ平均すれば適度に動き続ける、
といった程度でペースを維持するのが、丁度良い。
たとえ休息が主で活動が従という関係であろうと。

幸か不幸か長いコト動かずにいると落ち着かなく
なるような性質だから、芯まで腐りきってしまう
前に已むなく重い腰を上げて動き出すのが通常だ。

ともあれ、動き出せば慣性というか惰性がついて、
しばらくは止まるまで動き続けられるというもの。
なにしろ腰が重いコトは慣性力の大きさに繋がる。

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2011.07.27

動けるときに動いておくコト

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落ち込んだ気分から回復してくる頃が一番いい
こういう気分を味わえるなら落ち込むのも良い
なんて思えてしまうくらいに気楽なものである

でもまた落ち込んだりするコトもあって必ずや
もうこんなの嫌だなんて言うのに決まっている

なので回復傾向の状態を覚えておくようにして
あわよくば前回の落ち込んだ状態も思い出して
また立ち直れるのだと思えるようになればいい

もちろんそんなのはなかなか難しいものだけど
友達が落ち込んでるときなどに思い出してみて
それとなく互いに示唆するようにしたりすると
ちょっとは効き目があるかもしれないとも思う

そんな経験を重ねてけば自分を信じられるかも
「自信とは、忘れた頃に、やっとつく」なんて

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2011.07.26

自称逸般塵の不通の日記(279) 残暑の季節

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いつものように駅前の喫茶店に暑さを逃れて仕事しようと出れば、
こんな夏っぽい雲。このあたりでは久しく見なかったように思う。

ほとんど雲など見当たらず日差しから逃れられぬような快晴とか、
雨など降らせる気もないくせに全天を覆って大気の底に蓋をして
ロクに風もなくひたすら蒸すばかりの曇りの日々をもたらす雲か、
はたまた強く吹きすさぶ風に乗せて雨を叩きつける台風の雲など、
まるでオンオフどちらかしか存在しないデジタルな天気が東京だ。

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2011.07.25

暗箱に針穴(35) ピンフォーカスというかデフォーカス

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もちろんボケボケの写真を撮るのは非常に簡単なコトだが、
主題以外を上手に暈かして浮き立たせるのも難しくなくて、
ただ程良く暈かしつつ程良く輪郭や色彩を出すのが難しい。

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2011.07.24

余った談

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たいてい小説のようなモノを書いたときの初校の読者は母である。
今回のヤツを見せたら「前に出てきた太郎とは別?」と聞かれた。
そういえば以前には竜宮城から帰ってきた太郎のハナシを書いた。
なるほど、どっちの太郎も帰ってくるという点では共通してるな。

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2011.07.23

試小説(12.7) 「太郎を待ちながら悶々と」後編または結の章

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村人たちは喜びに沸いた。
「これでようやく、静かな生活に戻れる」
そして、村長も安堵した。
「これでようやく、静かな生活に戻れる」

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2011.07.22

試小説(12.5) 「太郎を待ちながら悶々と」中後編または転の章

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そんな村長の脳裏を、ふとよぎる昔の記憶。
太郎が幼い頃にも、ちょっとした騒動があったのだ。
ちょうど同じ頃、夏の盛りだった。

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2011.07.21

試小説(12.3) 「太郎を待ちながら悶々と」中前編または承の章

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村外れの貧乏な、半ば孤立したような老夫婦の拾われ子といっても、狭い村の中の出来事、太郎が村を離れた事実は、一両日の間には村中の皆が知るトコロとなっていた。もちろん、その目的も(過剰な期待を大量に含む憶測を交えてではあるが)、また村長が非公式に支援して送り出したというコトも、ほとんどの村人が知っていた。

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2011.07.20

試小説(12) 「太郎を待ちながら悶々と」前編または起の章

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その村は何年も前から財政が苦しい状態が続いており、村長は徐々に衰えの見えてきた初老の身体に鞭打ちながら、その立て直しに苦慮していた。村長は村で一番の長者の家の当主でもあり、自分の一家の経営も堅実を旨としていたが、村の財政のあまりの厳しさに持ち出しも多く、家運さえ傾きかねない有様だった。

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2011.07.19

ニホンのキホン「オールジャパン、オアナッシング」

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企業内では部署ごとに個々の事情があり、
しかも妙な具合に同族意識が強くあって、
内へ内へと結集したがるものだから逆に
外との連携が上手く行かなくなったりで、
たとえば一つのモノを作り上げるのにも
いろいろな部署にお伺いを立てたりする
必要があったりと、なかなか進まないし、
出来上がったモノは面白くも何ともない
なんてのは、まあ良くはないんだけれど、
割とよくあるハナシだったりするワケで。
それは標準反射板のように無味乾燥、と。

政治もまた同様に地域だとか省庁だとか、
あるいは政党とか派閥だとか有象無象が、
それぞれの内部事情だけを優先して要求、
他のトコロの都合なんか、目もくれない。

しかも相互の間にあるのは不信感だとか
怨恨関係だったりするからやってられん。
対話しないもんだから妥協も期待できず、
呉越同舟など以ての外、なんてトコロだ。

なので船頭多くして船山に上る、となる。

特定のトコロが我慢したり犠牲を払って、
なんとか全体のバランスを保っていくか、
あるいは誰も彼もが我慢したがらなくて、
全員が残念に思うような結果に行き着く、
なんて状況、そりゃ当然でしょうよ、と。

疑心暗鬼に取り憑かれたような関係の中、
上手く関係者全員の間を渡り歩いて話し、
そいつをどうにかこうにかまとめ上げる、
などの工夫と努力を払うくらいしかない
とは思うのだが、ところがそれでさえも、
「アイツは味方ではない」と思われたら
時間も労力も無駄な上にリスクも食らう。
そんな失敗をせぬよう細心の注意を払い
どうにかこうにか妥協を取り付けたとて、
時間とコストは必要以上に浪費しており、
結果として時機を逸したり損を出したり、
やはり、あんまり嬉しくない結果になる。

そして最後には必ずといっていいほどに、
誰もが責任を他者に押しつけ貶し合って、
そうしているウチに疲れ切ってしまって、
皆が泣き寝入りした後には、致し方なく
飲んで手打ちにした上で、熱さを忘れる。

次へと繋がる反省は、残念ながら出ない。
いつも必ず総論賛成各論反対百家争鳴だ。

(「責任をなすりつける」or「自分で何とかしようとしない」)and「資本力低下・労働人口減少」 means「ジャパン力ウントダウン」てなトコロだろう。

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2011.07.18

ニホンのキホン「無責任論者」

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自分たちの禁忌には触れられたくないし、
他者の禁忌でとばっちり喰らうのも嫌だ。
そんな意識(場合により無意識だけど)が、
全体に及ぶ大きな変化を忌避させている。

そんな複雑に絡み合う利害関係を束ねる
とすれば強力なリーダーシップが必要だ、
なんて考え方が出てくるのも理解できる。
だが、その人物は、現状の日本社会では
極めて孤独でなくてはならないのだろう。
少なくとも、利害関係集団のいずれかに
属していては、他から受け入れられない。

そして、全利害関係集団のために一人で、
おそらく多大な犠牲を払わねばなるまい。
リーダーという存在に対し、このクニで
多くのヒトビトが無意識に求めてるのは、
オレサマではないカミサマになるコトか。

ちなみに多大な犠牲を払った結果として
その本人だとか家族親族が得る報いとは、
神格化対象という危険な崇拝なのであり、
カミサマの姿でカミサマの如く振舞って、
カミサマのように祟らず死ぬトコロまで、
暗黙の裡に求められるようになっていく。

政治家とは国民主権代行業者ではなくて、
いわゆるイケニエのように共同体の中で
何もかも捧げて名だけを残すべき存在か。

果たしてそんなのが台頭できるだろうか。
逆説的に考えると、まず無理だろと思う。

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2011.07.17

自称逸般塵の不通の日記(278) 暑いと無性に故障したくもなるものか

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出掛けようとしてカメラを手にしたら、微かにチャリっという音が中から聞こえた。厭な予感。
レンズなど一式外して振ってみると、音がする。もしかすると中の小さなビスか何か外れたか。
電源を入れた状態での動作そのものには、今のトコロ特に支障はなさそうな様子ではあるけど、
こういうのを放置しておくと重大なトラブルの原因になりかねないから当面は迂闊に使えない、
というより早急に修理に出して、もし部品が外れているなら戻しておいてもらわないといかん。

先月だか先々月に故障したままのプリンタ、そして先日の自転車パンクに続き、またトラブル。
しかも今、とてもカネがなくて、家賃や通信費水道光熱費などの捻出にも毎月のように苦慮中。
先月も一部の使用頻度の低いレンズを処分して補填したが、今月も追加措置が必要かもしれん。

まあそんな貧乏生活自慢などしていたって何も改善しないので、粛々と目の前の仕事を進めて、
支出も可能な限り抑制して、今後の仕事と入金が増えてくるのを期待して待つばかりではある。

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2011.07.16

自称逸般塵の不通の日記(277) 無性に暑いと無償でも腹が立つのか

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オキャクサマはカミサマだからとアタマ下げ下げ
そして下請けには丸投げしてばかりのくせに何か
あったら罵倒して土下座させたりするなんてのが
ニホンの企業のよくあるパターンであったりする。
まあ下で請けている側も「空気を読んで」「無償
サービスで」「アタリマエ」にやっているけれど。

そんなペコペコ生態系に否応なく組み込まれたり
する自由業なんかは、どうしたって仕事は大変で。

まあ要するに、ちょっと丸投げの度が過ぎた仕事
などしたせいで、少し不満が募った日だった次第。
「自由」の言葉には「自己責任」的ニュアンスが
ずっと昔からつきまとうものではあるのだけれど。

でも不平不満や不安や怒りなどオモテに出しても
それを他人に押しつけたって何の意味もないので、
自分自身を文句を言わずに済むように変えていく、
そんな自由を積極的に行使していこうと考えてる。

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2011.07.15

ニホンのキホン「空気リテラシー」

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専門家など、知り得る立場の人物による情報隠蔽が
それこそ数知れず取り沙汰されているようだけれど、
それは彼らが世間の空気をよく読んでいるのである。

素人が専門家を信頼していないコトが明らかなので、
そこで叩かれて立場を失いプロジェクトが頓挫する
なんて結果に陥るのだけは何としても避けたいから、
問題ないという証拠を固めるまで発表したがらない。

そうして専門家の側は自らの本業の責務に専念する。
余計な邪魔が入らなければ失敗の危険は下げられる。
目処がついたら素人たちの側に知らせて安心させる、
互いの為、というのが彼らの正直な感覚であるはず。

たしかに存在するらしい空気による見えない圧力と、
それを読む能力とが相俟って、情報を出さぬままに
処理をした方が有利だと思わせてしまっているのだ。

何も見えないんだけどみんな「察して」「読んで」
そうして動かされ、いやむしろ流されていくような、
そんな空気を、しかし誰もが大切にしているニホン。

そもそもにして少人数の仲良しグループの中でさえ
ソレを読めるかどうかが付き合いに大きく影響する。
親戚付き合いや近所付き合い、会社内の付き合いに、
基本的には同じリテラシーを持つ前提となっている。

そして恥はオモテに出さないってのが、空気の原則。
出てこない前提なので隠しきれなくなったときだけ
世間をお騒がせして申し訳ありませんでした土下座。
そんな態度を取らなかったりすれば「読めない奴」

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2011.07.14

ニホンのキホン「サービス無償化圧力」

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天敵や競争相手が存在しないような環境では、ユニークな生物だとか、
ユニークな風習、そして精神性が、淘汰されぬまま発達を続けがちだ。

もともと生物には、直接の必要性を超えた過剰な進化が生じてしまい
がちな傾向があって、淘汰圧がそれを抑制しているという側面もある。

さて、そんな淘汰圧が弱まりがちな、孤立した列島社会の中において、
暴走してるものの一つが、「アタリマエ」とかいう機能だったりする。

いったんアタリマエとされてしまうと、それを持たぬ存在は社会での
居場所の確保が非常に難しくなってしまうという、そんな機能である。

たとえば「○○は無料でつくのがアタリマエだよね」となれば、もう
それは社会全体で無料でなければならない、といった状況をもたらす。

社会全体として、その部分のサービスの差別化により競争するコトが
できなくなるが、狭い列島だからあえて逆らう存在は出てこなかった。

サービスを担当した個人に対してチップを支払う風習がなかったから
なおのこと無料サービスが蔓延る下地があったとも考えられるだろう。

そうして世界にも類を見ないほど高度な「サービス」が培われていき、
どれほど安い商品にも無条件で「サービス」が期待されるまでになる。

日本には昔から「安かろう悪かろう」という常識が存在していたけど、
過去数十年程度で発達した新たな「サービス」の常識に置き換わった。

今後も「サービス」が長く続くかどうかは未知数ではあるのだけれど、
孤立した列島の中でリソースも無尽蔵ではないのだから限界もあろう。

「サービス」提供のリソースが尽きれば元に戻ってしまう気がするな。
行き過ぎた進化は袋小路に入り込んで自滅していくのが世の常だから。

おそらく再び「安かろう悪かろう」な実態が世間を覆ってしまうまで、
「サービス」に対する要求の暴走バブルは止まらないようにも思うが。

その後には、また何か別の独自ま進化の方向性が自然に生じていって、
淘汰されるのでなく袋小路に陥って自滅、の流れを繰り返すのだろう。

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2011.07.13

自称逸般塵の不通の日記(276) したたかであるということについて考えさせられた月曜日

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相変わらずの夏空の月曜日はバスに乗って隣の区の駅前まで。
あるバス停では荷を負った年配女性が何人も乗り込んできた。

シルバーパスを見せるだけの乗客が一段落して発車するバス。
次の信号で停まったとき、乗務員が路傍にある店を指さした。
店に商品を陳列するでなく、パイプ椅子が並ぶ健康食品の店。

こういう店は、ポスティングチラシで近隣の高齢者を集めて、
勉強会だのセミナーだのと称して集会を催し、サンプル品を
配るなどして継続購入の契約を結ばせようとしている、との
噂があるが、その集会から出てきた高齢者たちであるという。

目の前の信号が青になるのを待ちながら乗務員は小声で呟く。
「次は別の店が午後に集会をするので、みんなそこへ向かう。
そうやって、幾つもの店を巡ってはサンプルを抱えて帰る」

なるほどね、高齢者を食い物にするような店かと思ってたが、
必ずしも食い物にされるばかりの高齢者だけでなく、むしろ
逆に食い物にしようとするくらい元気のある高齢者もいるか。

一方、終着近くの病院前のバス停では、いかにも病院帰りの
高齢者たちが列を作って待つ。もちろん大半がシルバーパス。
ある意味で、この人たちも、バスを使って自力で移動できる
のだから、やはり結構な元気を持ち合わせているのだろうな。

もちろん彼らの元気さが永遠に続くというコトは決してなく、
遠からず療養や養護介護が必要になっていくのは目に見える。
でもそんなタイムリミットを、したたかに待っているのかも。

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2011.07.12

自称逸般塵の不通の日記(275) 「○○しなけりゃよかった」的日曜日

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日曜の朝は実家で迎えた。自宅と違ってエアコンが効く。
ところが、何が良くなかったか、寝苦しくて調子が悪い。
「ここで夕方まで休んでいけば?」とは言われたものの、
半ば観光地化している川越から都心へ帰ると混雑もする。

早めに帰っておきたいと、無理して実家から出たものの、
その電車が途中から思った以上に混雑して新聞バサバサ
させる連中に何故か取り囲まれる格好で気分もガサガサ、
車中で寝ておこうと思ったのが全く休まるコトもなくて、
自宅近くの駅でバスに乗り換える頃には疲れてしまった。

ここからのバスは自宅より少し離れたバス停に到着する。
自宅までの最後の道程は、数分ほどの徒歩だけど、その
短い時間を、できるだけ急がず歩いていても汗をかいた。

ようやく到着した自宅は、言うまでもなく蒸し風呂状態。
窓を開ければ風が入りシャツを濡らす汗も少し乾く感触。
そこそこの居心地ではあるが、それでも仕事にはならず、
涼を求め駅前の喫茶店へ移動して仕事の準備をしてたら
今度は涼しくなったせいで眠気が急激に強まってしまう。

小一時間ほど目を閉じていただろうか、ようやく少しは
元気が戻ってきたので、どうにか集中して作業を行った。

さすがに猛暑の日曜日、喫茶店は昼過ぎ頃から大混雑で、
集中力が途切れるまで粘ったものの、頃合を見計らって
外へ出て、遅い昼食を取った後は家路につくコトにした。

そんな帰りがけには、近所の店で食パンを買ったのだが、
いつもの6枚切のつもりが8枚切だったりするなど小失敗。

もちろん帰宅しても自宅内は暑いままなので、気晴らし
に身体を動かしたい衝動に駆られて三輪車を漕ぎに出た。

日没の頃には戻るつもりで、かつ暑さにやられぬように
と低速でも回りきれる近隣散策コースを選んでいたけど、
最も自宅から遠いあたりを走っていたら、突然のパンク。
負荷の掛かる前輪の踏面が完全に消耗しきってしまって、
中のチューブを痛めてしまったというのは三輪車ゆえか。

いろいろと残念なキモチを抱え、片輪を浮かせた状態で
前二輪の三輪車を押して帰宅してもなお、室内には熱気。
窓を全開にして扇風機と換気扇を回していても、だ暑い。
喫茶店で作業した分のデータを整理するだけで精一杯だ。
また今日も、ロクに仕事が進まぬまま暮れていくのだな。

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2011.07.11

自称逸般塵の不通の日記(274) もう夏や。隅に逃げよう。

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暑い日々が梅雨明け前から延々続いていて先が読めない。
仕事は一応あるけど暑さに負けがちで進捗は振るわない。

気晴らしに半日ばかり実家からドライブしてみたものの、
その晩は熱帯夜だったのか寝付きが悪く目覚めても疲労。

朝まだ暑くならぬウチに帰宅して仕事道具のみ持ち出し、
いつも仕事場所にしている喫茶店へ逃げ込んだけれども、
ちょっとした移動だけで大汗をかくなど不調は否めない。

音漏れしにくいイヤホンに普段より少し大きめの音量の
音楽を流して聞き入っていたら涼しく眠くなってしまう。

そんな眠気にもあまり逆らわず目を閉じて数分ばかりも
意識を飛ばしてやれば多少は元気も回復してくるもので、

とりあえず暑さが落ち着くまで、ひっそり仕事に集中だ、
という気にもなるコトができる。たとえ進捗が遅くとも。

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2011.07.10

ニホンのキホン「土下座プロトコル」

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孤立した列島内で独自の発展を遂げた日本の世間様というのは異様な
風習が数多く存在しており、中には珍種的な内容のものも少なくない。

その珍奇な風習の代表格に挙げられるのが、世間様への「土下座」だ。
所属する共同体、あるいは日本社会そのものからの追放刑に相当する
ような罪とみなされた者が、その共同体や世間様に「顔向け」すべく
行うコトが暗黙裡に求められている、ある種の謝罪プロトコルである。

この独特の姿勢には、世間様および共同体に対して、処罰を甘受する
との意志を物理的な姿で示すような意味があるという。イヌ科動物の
群れにおける仰向けの姿勢に相当する、と考えれば分かりやすかろう。
集団内の序列で最低位に置かれるコトも、やはりイヌ科動物と同様だ。

ただ、イヌ科動物と異なるのは、土下座姿勢があくまでも処罰の入口
でしかないという点にあるだろう。この姿勢をした個体は、世間様や
共同体が要求する謝罪と賠償を、以後無条件で受け入れねばならない。

もし、このプロトコルに相当するとみなされながら受け入れない者が
いれば、前回説明した追放刑が、より強く厳しいカタチで与えられる。
すなわち、孤立列島の閉鎖環境ならではの、強力な裏付けがあるのだ。

逆に言うなら、列島内でも孤立環境とならない分野の共同体であれば、
このプロトコルは裏付けを失って、成り立たないコトになるのである。
要するに。列島の外との関係となれば土下座など無意味といワケだな。

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2011.07.09

ニホンのキホン「人格相互監視システム」

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四方を囲む海と言語や習慣の壁によって外界から隔絶され閉じた環境。
そこには独自の発展を遂げた生物や、ヒトの精神性が維持されている。

隔離されているおかげで強い一体感のようなものが全国を覆っていて、
いささか免疫系の力が強く、ときに暴走気味となってしまうコトさえ。

たとえば“空気”。これを読むリテラシーが、集団の一員として認識
されるために必須とされているらしいコトは、広く知られている事実。

集団内の地位や順位、序列、格付といったものを遵守する姿勢もまた、
その集団内で存在を認められるためには不可欠なものだとされている。

このような集団内の基本的素養は、職場内の個人のみならず業界内の
企業といった法人格にも、また組織を代表する立場にも必要とされる。

もしそこから少しでも逸脱した者がいれば、「秩序を守るため」とて
集団から放逐され、残った者たちは安堵を取り戻すというコトらしい。

狭い日本だからこそ、追放刑は居場所を失うという意味で重罪である。
そしてそれは集団の外のヨノナカに対しての自罰行為にも用いられる。

“世間様に迷惑”という内外の評判もまた集団からの排除という処罰
に繋がり、処罰の対象者は集団どころか世間からも石を以て逐われる。

日本の世間というのは、こうして精神性を論拠に人格を評価し攻撃し、
以て精神性の一体感の維持強化を図る、そんな性質を強く持っている。

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2011.07.08

理系用語で読み解く社会(75) めん毒性ハナシ

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異なった種類でも動物が必要とする栄養素は
ほぼ共通しており、それを蓄積するのが生物
としての道理ではあるけれど、中には身体に
毒を含み捕食されにくくする消極的防御策を
採っているような生物も、いくらか存在する。

とはいえ身体に毒を持つのは自らの身体まで
害してしまわぬようにしつつ栄養にもならぬ
毒素を作り蓄えるという、生命活動の上では
いささか非効率的な対策と言わざるを得ない。

天敵を発見する能力や運動の能力を高めたり、
または大草原や大海原に大群で回遊したりと、
より積極的な防御をする動物の方が生産量で
比較する限りにおいては圧倒的に多数となる。

おそらくは大きな群となるほどの食欲繁殖力、
大草原や大海原を移動し続ける行動能力など、
そういった生存のための武器にこそ力を入れ、
毒素など余計なモノを作るエネルギーを払う
余裕などない、といった背景もあるのだろう。

逆に言えば質量において少数の生物種にこそ、
毒を持った方が有利な条件が揃っているのだ。
毒とは数の力を持たぬ者の武器というハナシ。

ヒト集団の中の非主流派でも、きっと同様で、
毒を含む諧謔は社会弱者にこそ相応しかろう。
主流派が毒を吐くような状態は長続きしない。

むしろ毒など余計なものを作らず持たないで、
環境が許す限り最大限に数を増やしていける、
そんな存在が台頭すれば競争に負けてしまう。

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2011.07.07

たまには時事ネタ(74) 不意に降ってくる引責を見上げつつムラ社会を棚に上げてバタバタする様子

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前にも書いたよな、ヒトは何かの瞬間に変わるのではないと。

大震災・大津波・原発事故という歴史的な出来事があっても、
実はヒトビトの多くが日頃やってきたコトの延長線上で行動。

残念ながら多くのヒトが期待するほどヒトは急に成長しない。
なんとなればヒトが現在あるのは過去の歴史あってのコトで、
その過去が今後の行動に大きな影響を及ぼし続けているから。

だけど全然変わらないというワケでもなくて、むしろ変化を
常に続けているのであって、その蓄積がときたま大きく動く。

今この瞬間に震災前から変化している様子が見られなくても、
たまたま連動しなかっただけのコトであっていつかは変わる、
そう思えば焦る必要もなくなるのではないかと思うが、如何。

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2011.07.06

怒りを忘れた、かなり嫌だ?

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いわゆる世間の理不尽だとか不条理だとかに対しては、
気付けば気の短い誰かが代わりに怒ってくれてるから、
あえて自分から怒る必要を感じなくなってしまったか。

同様に、悲しむ気持ちも嘆く情動も、我先に表明して
表現してくれる人がいるので、そこは任せてしまおう。

そうして残るのは、喜んだときの感覚と楽しむ心構え。
あと若干の香り付けとして、祭りの後の哀愁を漂わす。

つまるトコロ哀れで滑稽な姿が、気楽さという背景に
うっすらボンヤリ浮かび上がって、暈けた影絵の如く。

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2011.07.05

理系用語で読み解く社会(74) 生命的な構造

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社会構造の変化が著しく激しい状況下において、
社会の中で声の大きい存在がワガママを言えば、
たいがい必要以上に大きな影響を及ぼし得るし、
しばしば後々にも禍根を残すまでの弊害がある。

今後、数年10年範囲で社会情勢を考えていくと、
さまざまなトコロで静かながらも大きな変化が
予想されてくるので、そんな懸念も払拭できぬ。

とはいえ常に変化し続ける前提での社会構造を
作っていけるのならば、特定集団のワガママが
悪影響を生じる前に改善できるのかもしれない。

今一度というのでなく、これから幾度も幾度も
このクニを「洗濯」できるよう、繰り返し洗い
に強い素材で、かつ補修も容易にできるように。

そりゃそうでしょ、まさか今の時代に変化が
たったの一度きりで終わるとは思えないよね。
むしろこんなのが、ずっと続くと思わないと、
たぶんまた、同じような問題に突き当たるよ。

選択は多種多様というか、バラバラで当然だ。
一人ひとり全く異なる前提でありつつもなお、
全体の総意としての方向性を示せる方法論を、
試行錯誤し求め続けていく以外にはあるまい。

孤島の中であろうとも、生物は進化を続ける。
生まれて育って繁殖して死ぬ、変化が生命だ。
しかし、どれだけ姿を変えていったとしても、
変化し続ける=生きているコトだけは不変だ。

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2011.07.04

理系用語で読み解く社会(73) 孤立環境における進化の研究に役立ったコトで知られる島の名を冠した、日本を揶揄する文脈で使われる単語表現についての考察

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いわゆる日本人の特徴を掘り下げて考察すれば、
日本人という人種が存在するというのではなく、
日本列島という閉鎖環境に入ってきて適応した
ヒトを総じて日本人と称するのが適切なのかも。

たしかに生態系全体が閉鎖的であるとはいえる。
外来種の流入は少なく域内の移動が活発であり、
この箱庭的環境に適応した方が列島内では強い。

とはいえ孤島の中であろうとも、その限られた
環境の中で激しい生存競争が行われているなら、
そこで高度に発達した生物は他の環境に出ても
高い競争力を発揮できたりするものではないか。
それこそ蠱毒の如く、独特の強みを持つ存在が。

いやしかしそんな存在を現実のものとするには、
冷酷かつ非情なまでに非常に過酷な生存競争が
この狭い孤島の中で繰り広げられねばなるまい。
強力な天敵が存在しない列島内では難しいよな。

それに、多くのヒトにとっては、そんな厳しい
環境など耐えられないので実現するコトもない。
そういう厳しさがあってこその蠱毒なのだけど。

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2011.07.03

箱庭の中にトウが立った蔓草の

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都市部ではサービス網の密度が高くて精度が高くて、
人が集まるトコロにばかり便利さが加速していって、
しかも激化する一方のヒートアイランド現象があり、
箱庭の中の、さらに小さな枠の中で熱が蓄積される。

少しばかり密度を高められそうな要素がある場所に、
選択と集中などして大量のヒトモノカネが投入され、
その密度差がエネルギー勾配を作りヒトモノカネの
さらなる流れを作り出して密度差も拡大する一方だ。

密度が高いトコロから低いトコロへと向かう流れが
自然界では一般的なのだがヒトモノカネに限っては
全く逆で自発的に破れた対象性を強化するものらし。

選択して集中して流れ込んでいったヒトモノカネは、
互いに絡み合い支え合うカタチで空中楼閣の有様で、
集中が行き過ぎれば歪な構造を作り脆弱さの原因に。

そんな都市的な社会でないと維持できない仕事など
選んでしまったので脱出するのも容易じゃないけど、
できるコトならもう少し熱っぽくないトコロがいい。

都市的な社会では利便性がどんどん高まってくるが、
一方で余計なサービスがついてくると感じる場面も。
これまた選択と集中の余計な側面というトコロかね。

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2011.07.02

自称逸般塵の不通の日記(273) 仕事に熱中できない症?

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もともと可用性が高くないんだが特に
暑い時季には稼働率が低下する中年男。

一昨年あたりから冷房が故障したまま
なので猛暑日の昼間は行動不能になる。

それを避けるため仕事がある場合には
喫茶店などへ逃げ込んでいるけど当然
そのコストは節約したいトコロである。

そんなワケで天気予報を見ては出るか
自宅作業を敢行するかを判断している
のだけれども自宅に残るという判断が
失敗したならば日中ほとんど棒に振る。

今かなりの窮乏生活が続いている中で
どちらかというと自宅で過ごす判断を
してしまいがちで失敗のリスクも高い。

天気予報の精度など一朝一夕に高まる
とも思えないから別の対策が必要だな。

まあ可用性向上策には他にもいろいろ
方法があるので実行してきたいトコロ。

人生、まだまだまだまだ先は長いよな。

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2011.07.01

役に立つか苦言かどうかは受け手次第(71) 箱庭には二羽の鶏が(喧嘩しているけど将来の運命は両者ヤキトリ)

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喧嘩してる動物は相手以外の存在が目に入らなくなるコトも多い。
特に生態系の上位にいる動物では脅威も少ないもんで、よくある。

だが生態系のトップにいようと弱れば他の生物から攻撃を受ける。
同種間の闘争では相手に致命傷を与えないで済むような戦い方を
獲得してきた生物も少なくないが、ヒトは現状そうなっていない。

でも非常に脆弱な存在でしかないコトを多くのヒトは忘れている。
政争気分を満喫している余裕があるかどうかは状況次第だろうに。

ほれ環境は流動的で状況は目まぐるしく変わっていて落ち着かぬ、
ただヒトを含む生物を確実に待つ運命といえば死に決まっている。

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