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2011/07/14

ニホンのキホン「サービス無償化圧力」

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天敵や競争相手が存在しないような環境では、ユニークな生物だとか、
ユニークな風習、そして精神性が、淘汰されぬまま発達を続けがちだ。

もともと生物には、直接の必要性を超えた過剰な進化が生じてしまい
がちな傾向があって、淘汰圧がそれを抑制しているという側面もある。

さて、そんな淘汰圧が弱まりがちな、孤立した列島社会の中において、
暴走してるものの一つが、「アタリマエ」とかいう機能だったりする。

いったんアタリマエとされてしまうと、それを持たぬ存在は社会での
居場所の確保が非常に難しくなってしまうという、そんな機能である。

たとえば「○○は無料でつくのがアタリマエだよね」となれば、もう
それは社会全体で無料でなければならない、といった状況をもたらす。

社会全体として、その部分のサービスの差別化により競争するコトが
できなくなるが、狭い列島だからあえて逆らう存在は出てこなかった。

サービスを担当した個人に対してチップを支払う風習がなかったから
なおのこと無料サービスが蔓延る下地があったとも考えられるだろう。

そうして世界にも類を見ないほど高度な「サービス」が培われていき、
どれほど安い商品にも無条件で「サービス」が期待されるまでになる。

日本には昔から「安かろう悪かろう」という常識が存在していたけど、
過去数十年程度で発達した新たな「サービス」の常識に置き換わった。

今後も「サービス」が長く続くかどうかは未知数ではあるのだけれど、
孤立した列島の中でリソースも無尽蔵ではないのだから限界もあろう。

「サービス」提供のリソースが尽きれば元に戻ってしまう気がするな。
行き過ぎた進化は袋小路に入り込んで自滅していくのが世の常だから。

おそらく再び「安かろう悪かろう」な実態が世間を覆ってしまうまで、
「サービス」に対する要求の暴走バブルは止まらないようにも思うが。

その後には、また何か別の独自ま進化の方向性が自然に生じていって、
淘汰されるのでなく袋小路に陥って自滅、の流れを繰り返すのだろう。

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水や、安全だとか安心だとか、また「サービス」とか「土下座」とか、
さらには電波媒体のコンテンツなんかまで、無償で貰えないモノなど
ないのがアタリマエであるかのような、それを疑わないのがニホンで
フツーのヒトとして生きるのに必須の素養だとは必ずしも思えないが。

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