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2011年8月

2011/08/31

自称逸般塵の不通の日記(293) 夏休み最後の気分で

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涼しい夜を使って存分に寝たはずだというに昼間になっても眠気が残る。
生活サイクルを素早く変えるのが難しいのは年齢のせいか怠惰のせいか。

夕方に外で仕事があるので残暑の昼下がりに自宅を出て喫茶店で仕事を
していても微妙な眠気が断続的に襲ってきて、思ったより捗らなかった。

これから仕事が増えてきたとしても対応できるよう心身の調子を維持し
逆に仕事が増えなかったとしても腐らぬようにしていたいものではある。

自らの手で集中できる環境を作り出して仕事でも仕事に繋がる何かでも、
要するに将来の自分に対する宿題なんぞ、やっていかないといけないね。

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2011/08/30

自称逸般塵の不通の日記(292) いよいよ平常運転へ

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日中は蝉の声が優勢な残暑だが夜は長く涼しくなって秋の虫の声。
季節が相克し合う日々を何と呼ぶのが相応しいのか考えてしまう。

ともあれ熱帯夜から脱して夜間なら行動の自由を得られるように
なったのであり、生活パターンも盛夏モードから切り替える時季。

週末の遠出イベントとか数百カットの現像処理も無事に終えたし、
そもそも8月が終わって9月になるのだから、引き続き残暑に留意
しつつも初秋の生活スタイルへと移行して活動量を増やしていく。

そう、行楽の秋、読書の秋、食欲の秋。いずれも欲張ってやろう。
ついでに案件も沢山入って仕事の秋、になってくれたらいいなあ。

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2011/08/29

暗箱に針穴(36) 手持ち960mm相当の選択肢

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先日、友人に誘われて演習場へ行く機会があった。
広いフィールドでの撮影なので超望遠を持ち出す。
席の都合から前の観客が邪魔になるコトしばしば。
なので長い焦点距離のレンズで切り取るしかない。
APS-C判にF8固定600mm、1/250~1/500を高感度で。

10年以上も前から所有しているレンズではあるが、
なにしろ使う場所が限られすぎて使う頻度は低い。
動き回る被写体をMFで追うだけでも大変な仕事で、
砲火の瞬間も狙ってはみたものの間が掴めず失敗。

そして持ち帰って画像を確認してみれば解像感は
最新の赤帯レンズには遠く及ばないと思い知った。
ボディ側の解像度が高すぎる。SRAW程度が限界か。

超望遠レンズでマトモな品を使おうとしたら高い。
使用頻度が高くないので予算に余裕がないと無理。

次までに使い込んで慣れておいた方が良さそうだ。

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2011/08/28

自称逸般塵の不通の日記(291) 夏の終わりの祭りの日

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いろいろあってドタバタしていたりしたものの、
友の誘いで土曜日に遠出してきたのだけれども、
翌日曜日に午後まで寝ていたけどは尻が痛くて、
しかも起きたら隣町の阿波踊りの音が聞こえて、
伸び上がってみれば少しばかり身体が重たくて、
結構な疲労が蓄積していたのだなと、実感した。

特に今年は社会の混乱が続いているせいもあり
祭礼を延期するなどの動きもあったりしたから
まあパーッとやったりしたくもなったのだろう
ほぼ同じ週末に各地の祭礼やイベントが重なり
混雑に巻き込まれて疲れたりしていたワケだな。

まあこれで、いよいよ夏が終わろうとしていて、
つまりは個人的に大好きな秋や冬が巡ってくる。

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2011/08/27

押しても始まりませんが何か

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マスメディアの情報収集・発信・制作などの能力をみると、
近代化直後などの昔は一般市民との格差が大きかったけど、
今は市民の側の能力が上がってきてその差は縮まっている。

マス向けとしては当然「それなりの」デキを求められるが、
品質として求められる一般市民との差を維持するためには、
次第に予算を食うようになってきていて行き詰まり気味で。

中央集権国家で政府や中央銀行が経済を主導していたのが、
資本主義拡大で巨大企業の力が相対的に強まっているとか、
そういうのもまた、かなり似たような構図にあると思える。

それはともかく。日本のマスメディアが信用できないとか、
日本の政府や官僚が信用できないとか、そう言いながらも
他の国のマスメディアや政府の言うコトを信用していたり。

というより実は「日本の」が信用できないというキモチを
裏書きしてくれそうなネタだけを探して回っているのでは、
というくらいに思えるのが今の日本のセロンとかいうヤツ。

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2011/08/26

自信がないせいで感情的になるハナシと、その結末

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これはダメになる、といったコトばかりが伝えられ、
これは良くなるよ、などといった話題は出てこない。
それがマスメディア、要するに日本の世論の代弁者。
だけどそんな見出しばかり見ていると、ホントに……。

政治家たちのハナシも全く同様で、アイツはダメだ、
コイツもダメだ、とかいうコトばかり言ってる様子。
それが国会議員先生、要するに日本の国民の代言者
だけどそんな言い合いばかり見てると、ホントに……。

そもそも国民たちが上から目線でダメなモノゴトを
挙げつらって非難するコトだけしか得意じゃなくて、
しかも、その非難をするにしたっても「アタリマエ」
なる自己都合で区切った枠の中のハナシでしかない。

他の評価軸で考えようとしたコトはあるんだろうか。

ともすれば言語とか通貨とか、列島の海の壁だとか、
そんな都合の良い枠や殻の中に閉じこもり内向きに
なってしまいがちで、俯き加減の劣等感が持つ鬱屈
した攻撃性は常に、叩きやすいトコロに集中砲火だ。

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2011/08/25

たまには時事ネタ(76) 内政感傷

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そんなワケで今の日本国の社会全体が陥っているのと極めて類似の
ジリ貧な状況かつ強い内向き加減の感情に身を任せながら2~3週間。

多くのマスメディアの報道とか、それに対するヒトビトの声だとか、
そういうのを見ていると、それぞれ必死な様子が痛いほどに分かる。
けれども、だんだん追い詰められて起死回生一発逆転ばかりを狙う
ようになっていくのではないかと思うと、将来に強い不安も覚える。

現実と理想とが、それぞれ逆の方向へと離れていくように思うのだ。

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2011/08/24

自称逸般塵の不通の日記(290) 内省観照

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ひょっとしたら今月に入って友達と会って喋るのは二度目であった。
それも、たぶん20日振りくらい。とんと会わずに暮らしていたのだ。

滅多に会えないほど遠くに暮らす友達と電話で喋ったコトは何度か。
あと友達というか実家に行って家族と喋ったり、数少ない仕事の際
親しい仕事仲間と喋ったり、知人の事務所のPCをメンテナンスして
ついでに世間話をしたりとか、そんなのが何度かあった程度だった。

それ以外に友達とコミュニケーションしたのは、携帯電話のメール
あるいはソーシャル()なネットワーク上などで、準リアルタイムな
対話がボチボチあったが、それらも毎日というほどの頻度ではない。

家庭を持っていたり勤め人だったりすると違うのかもしれないけど、
残念なコトに独り暮らしの自営業かつ単独活動の多い仕事だもんで、
幾つかの条件が重なれば自分以外との会話の機会など全く失われる。

とにかく今年は酷く稼ぎが乏しくて出歩く機会も作りにくかったし、
自転車で行ける距離の友人宅にも猛暑だとか雨で足が遠のいていた。
そんなこんなで、ちょっとばかりウチに向いていたのかもしれない。

そんな風に今夏を振り返ると、まるで隠者か何かのような生活だな。
隠居だったら近所の熊さん八つぁんが顔を出して与太話でもしたり、
さもなきゃ助格その他を引き連れ諸国行脚でもしてるかもしれんが。

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2011/08/23

完全には混じらないからこそ「色々」という

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「雲の色って何色?」「虹の色って何色?」
前者の問いと後者の問いでは、人によって
違った読み方となるかもしれないし、全く
同じ読み方をする人もいるだろう、と思う。

「薔薇色って何色?」「玉虫色って何色?」
といった問いかけも、また似たようなもの。

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2011/08/22

不正義枠

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処罰感情に走り安易に断罪していこうとする風潮に警戒感。
「○○を吊し上げろ」はヒトの過去の歴史で何度もやった。
そして現代では歴史の勉強をして莫迦げたコトと思うはず。
でも実際その状況に置かれれば現代人も変わらぬと気付く。

気付いてもなお手を止めないのであれば過去を嗤えまいよ。
将来の世代の範を示すなんてのも到底無理なハナシだよね。

世間から非難されている存在を擁護するような材料なんて、
そんな自発的に出てきてくれるようなもんじゃないはずだ。

だから、そこを自分で探したり考えてみたりするといいよ。
ヒトの陥りやすい道筋に対しバイアスをかけて補うワケだ。

ましてや自分の憂さ晴らしに叩いてたりするなんてコトが、
自分自身で気付かぬまま正義だと信じていたりしないかと。

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2011/08/21

天秤に余計なモノが載っていないか?

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何度交換しても電球が切れてしまうようなとき、
電球の品質が悪いといって取り替え続けるのか、
ひょっとしたら回路が悪いのかと点検するのか、
下手な比喩だけど要するに「責任者の処罰」と、
「再発防止のみを目的とした原因究明」の違い。

実は切れた電球の中に粗悪品が混じってたかも
しれないし最初に粗悪品の電球があったせいで
回路に異常が生じて後続の電球をダメにしたか
という可能性だって考えられるワケだけれども
それは別途調べてメーカーに文句を言えばいい。

クレームなら誰もが発言する権利を持ってるし、
どうせ放っといても誰かが言ってくれるだろう、
けれども感情的になって予断を持てば中立的な
立場で原因を深く掘り下げるコトもできまいよ。

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2011/08/20

自称逸般塵の不通の日記(289) 夏よさらば、また来る日まで(期待を込めて)

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昼前後からという予報を前倒しするかのように降り出した雨に、
それまで熱帯夜と真夏日に汗かきつつ寝ていたのが飛び起きた。

ところが洗濯物を部屋干ししたり食事したりしている間に眠気。
自宅で、これほど涼しい状況は実に久々であり休息欲求が出た。

予報では数日すると暑さが再発するらしいが、逆に考えるなら、
「暑さが続いた後に訪れる涼しさ」を楽しむ機会が、再びある。

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2011/08/19

蔓延元年

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嬉しくもないコトなど、わざわざ探すほどのモノでもない。
どころか今の時代では黙って座ってたって、誰かが勝手に、
求めてもいないのに嬉しくもないコトを耳に入れてくれる。

さしずめ、日々ポストに詰め込まれるチラシのようなもの。
電子メールで毎日送りつけられる広告メールのようなもの。

でもチラシや広告メールと似たように、ある程度の割合で、
嬉しくもないコトに対しても反応して再発信する者はいる。

現代ではソーシャルなんたらの発達もあって再発信された
情報が他の人に届きやすい環境も次第に広まってきている。
中性子の減速材が充填されてきているような状況てワケだ。

もともと「話題性のある情報」の動向に敏感な性質が強い
マスメディアだとか人気取り商売の業界なども、明らかに
以前より強く影響を受けるコトになり、結果としてみれば
本人たちが意識する以上に強く減速・反射材の役割を担う。

そうして臨界が。

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2011/08/18

自分にないモノを持っているから疎ましかったり羨ましかったりするのか

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温度が低くても水分があり、何となしに光も得られる状況であれば、
そこに生命が根付くコトが可能だ。それは全くの自然な道理である。

強い太陽光があり、生命活動を盛んにするような高温の季節が訪れ、
その生命活動を支えるだけの水や養分や空気に恵まれている外界は、
より多くの生物の存在を可能にするけれども、それが全てではない。

そんなに絶対数が多いワケではないけれど、ニッチは多様性に富む。
その情報量を小さな生物量で維持できるのだから、むしろ凄いのだ。

どちらの方が良いのか悪いのか、そんな恣意的な判断は意味がない。
ただ生命の歴史には、ほぼ常に両方の生き方が存在していたはずで。

だけれども一方は他方を疎んじ、もう一方は他方を羨んだりしてる。

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2011/08/17

不適合な助言の真実と地底の温度

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世間では盆休みとかいうのがあるらしいが、
仕事が遅い自由業では毎日が仕事の連続だ。
実家は遠くないので盆だからといって帰省
するほどでもないという事情もあるけれど。

ともあれ仕事の進みが遅いのは改善したい。
環境に恵まれていないかどうかは別として、
環境と仕事の進め方が不適合だと実感する。

1万2万の仕事で煮詰まって数日も悩んだり、
それで他の仕事も遅れるなどという現状は、
いくらなんでも危機的状況と言うしかない。
こんなコトで食っていけるはずがあろうか。

仕事は人それぞれ、仕事する人もそれぞれ。
上手くやるコツなんて自分で見付けるしか
ないのだけれど、なかなか得られていない。

そこそこ上手くやってる連中にしてみれば
そんな簡単なコトもできないのかと笑うか、
簡単なんだからやってみろと簡単に助言を
してみたりするようだけど、それも不適合。

あたかも精神的な不調を訴える人に対して
「正常な人」が非情なまでの気楽さで助言
して逆に傷つけてしまう、そんな不適合さ。

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2011/08/16

自称逸般塵の不通の日記(288) 暑くても眠いのは眠い

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厳しい残暑が続いているが、夏の前半と比べると目覚める時間が遅くなった。
7月には8時か9時には目覚めていたのに対し、8月に入ってからは10時11時だ。
暑さに適応したのか、単に堕落したのか、熱帯夜が増えたので寝付けなくて
起きる時間も遅くなってしまっているのか。まあ全てに心当たりはあるけど。

暑さに慣れたというか、仕事が少ない上に資金も乏しいという事情もあって、
活動は全体的に抑制気味だし、だから食事量も少なめになっているのが現状。
摂取カロリーが少ないと自然に活動性も抑えられ、寝て過ごすコトが増える。
このままでは不活発な人間になってしまうなと思ってはいるが、もうすぐ秋。

涼しくなれば汗や暑さも気にならず好きなだけ散歩したりサイクリングでき、
自然に運動量が増え、食欲も回復して短時間の睡眠で起きられるようになる、
という期待感は強くある。あとは仕事が順調に入って資金不足が解消すれば。
そうだね、これから運良く環境に恵まれれば、もしかしたら余裕ができるか。

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2011/08/15

ニホンのキホン タテマエがアキラメに変わるのは容易じゃない

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意志決定の場に居合わせる人たちの多くが無理だと分かっていても、
組織のタテマエ、個人の体面、そして国民の膨れ上がる欲求の前に、
止めるコトさえできぬまま、ひたすら突き進んでいくような時代が、
このニホンというクニには何度かあって、何度か破綻を迎えている。
おそらく上古の世から今に至るまで、そういった全国レベルの組織
運用に成功できていた期間を通算しても、そう長くないと思うのだ。

もっと問題が小さなウチに解決できていれば、もっと小さな問題を
きちんと組織立って取り上げていれば、なんて後悔は先に立たない。
小問題は小組織が対処すべきタテマエであり、小組織には所属する
大組織に対して無問題だと報告すべき義務を負うのがタテマエだし、
大組織はステークホルダーに無問題だと報告し続けるのがタテマエ。

実際、小問題が小組織で解決できる程度であれば、これで済むのだ。
小組織は無数の小問題に取り組んで、実際に解決してきたのだから。
解決途中の段階で不用意な情報流出があれば、むしろそれが問題で、
解決できる問題でも解決できなくなってしまう、と信じられている。
つまり平時に問題を拡大させないための方策というコトなのだろう。

だから大組織は作文能力や、辻褄合わせの機能ばかりが求められる。
あらゆる小組織がタテマエをアキラメたり、あるいはまた壊滅状態
というほどの状況に陥ってもなお、その高度な能力は大組織自身を
騙しステークホルダーに無問題であるとの情報を発信し続けてきた。
すっかり平時でなくなったにも関わらず対応は平時そのものだった。

平時と有事の切り分けが曖昧であるという点も考慮する必要がある。
よほどクロに近くても灰色であるならばシロと言う余地があるから。
大小問わず組織というのは何らかの契機に応じ状況判断を変えるが、
例えば「前期比10%減」といった具合に変化Δのみを捉えていれば、
もともと1.0だったのが7期後には0.5を下回ったとしても「無問題」
だと言い続けるくらい、作文技術の上で言えば大して難しくもない。
(ましてや、どれだけ10%減が続いても絶対にゼロにはならないし)
そういうタテマエで動いている組織内では個人もタテマエに沿った
指示命令を受けるし、それに従って活動していかなければならない。

問題を先送りするのは簡単なコトだし、外から問題を指摘するのも
また非常に簡単なコトなのだけど、組織内のタテマエにより先送り
されている問題点を組織自身が直視して対処するのは非常に困難だ。
そんな困難さに立ち向かうコトができるような組織体制の作り方を
今に至っても見出せていないままなのに世界有数の経済大国という、
奇妙な状態でいられるのは、きっと環境に恵まれたからではないか。

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2011/08/14

たまには時事ネタ(75) ドカンと一発やるのも大変

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マスメディアは「ポスト菅」の話題ばかり。
ちょっと語呂が「一斗缶」に似ているかな、
と思い少しばかりネタを考えてみたのだが、
「中身が空になれば次の缶を開けるだけ」
とか「音が大きいほど中身が少ない」とか
あまり楽しいネタが思い浮かばなくて残念。

せめてドラム缶、できればタンク車くらい
大きな器があってほしいとも思ったけれど、
それは人の手に余る大きさであり、つまり
それほどに大きな器は人間に期待できない、
というコトになるのかもしれないとも思う。

斗缶だって上手に積みさえすれば大容量だ。
下の缶が潰れないように工夫して高く積み、
狭い島国でも全体としては大きな器になる、
そんなふうにしてきたのが日本だと思うが、
すっかり今は積み方が乱れてしまっていて
ちょっとやそっとの修正では要求に合わぬ。

でも積み替えるとなれば高いトコロにいた
缶でも下に積まれる可能性が出てくるので、
上の方から積み替えようとは言い出さない。

新たな土台の上に一から積み直す以外には
方法がないかもしれんね、ひょっとしたら。
その過程では必ず多くの缶が犠牲になって、
できるコトなら避けたいとは思うのだけど。

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2011/08/13

自称逸般塵の不通の日記(287) 変化があっても対応できていればよし

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冷却機能を喪失したままの空調機。
使えるのは温度計つきリモコンと、
室内の暑い空気を混ぜる送風だけ。

39℃なんて表示が出るほどの気温。
それでもなんとか死んでいないが、
とてもじゃないけど仕事にならん。

でも、そんな気温に耐えながらも
自宅で過ごす時間があるからこそ、
外に出れば「風が吹けば涼しい」
なんて思えるようになるのかもな。

昨日の昼過ぎには洞窟で10℃11℃、
24時間後には30℃も高い室温の中、
そんな温度差は負担でもあるけど、
なんとか耐え凌ぐコトができれば、
むしろ生きている実感にも繋がる。

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2011/08/12

自称逸般塵の不通の日記(286) 温度差25℃

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数日振りに最寄り駅の駅前へ出てみた火曜日。

商店街で七夕祭が続いているのは承知の上で、
駅前の様子を少しだけ見ておこうと思ったが、
予想通りの人出の多さにメゲて隣駅に逃げた。
やはりヒトゴミは無理だなと思い知らされる。

水曜日は久し振りに友達から電話があり長話。

猛暑の室内で長電話した後に駅前へ出て仕事。
おっとその前に食事だけど、食ったら喫茶店。
でも数日来なかなか仕事の調子が上がらない。
暑さもあるが精神的な理由が大きいので対策。

そんなワケで少し遠出をしてきたのが木曜日。

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2011/08/11

かつてクニの中には数々の国があった、今クニの中には数々の枠

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古くから続く村々一つひとつ少数民族のようなもの。
尾根の向こうには別の世界、隣の浦には別の習わし。
当然、村々各自が単独で存在しているのではなくて、
それぞれ物理的精神的な距離や交通の便などに応じ
遠近さまざまなカタチで交流する複雑な関係があり、
互いに影響を及ぼし合いながら独自色も保ち続けた、
そんな存在形態が、長年に渡って続いてきた結果で。
そんな風に思っていたら、こんな文章に出くわした。

地方史は、都を中央と考えての地方史である。それにたいして、地域史というのは、都の存在や役割も重視するけれども、それぞれの地域にコンパスの軸をどっしりと置いて地域のことを考えようというのである。
「地域学のすすめ ―考古学からの提言―」(森浩一/岩波新書)

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2011/08/10

同じ経路を多くの人が歩けば道ができるというだけのハナシ

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新しい世代は新しいメディアにこそ流れるもの、
ただそれだけのコトであり、いずれ彼らもまた
古い世代の古いメディアになっていくのだよな。

次の新しいメディアには新しい世代が適応して、
古い世代と古いメディアはニッチに逐われゆく。
テクノロジーとはヒト社会における環境要因の
一つに過ぎないのではないかと思い始めている。

単に真実を伝えているだけだと言いつつヒトは
自分で選んだ情報セットを伝えているのが実態。
たまたま似たような選択バイアスを持つヒトが
ちょっとした集団を作って新しい潮流だなんて
言い出して気を良くしているだけかもしれない。

なにしろヒトには承認欲求とかいうのがあって、
それが満たされなければ不安不満で落ち着かず、
逆に満足しすぎると慢心してしまう厄介な存在。

聞き流していたり選択しなかったりした情報を
自発的に確認して深掘りするなんて非常に困難。
といって別の立場の他者から指摘されても反発。
あんまりエスカレートすればイデオロギー対立。

自分さえ裏切る程度の気紛れさを持ち合わせて、
「何となく」別の道を歩いてみたり、はたまた
同じ道でも別方向から歩いてみたりするならば、
多少は防げるかもしれないが今度は落ち着かぬ。

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2011/08/09

「なじみの未知」を探すには行けるだけ行ってみるのが早道か

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たまに普段と逆方向に道を往くと、
見慣れぬ景色に驚かされたりする。
夜昼雨晴春夏秋冬気分にても違う。
同行者や移動手段にも左右される。

そう、三輪車があるからといって、
歩いてはいけないワケでもないし、
必ずペダルを全力で漕がなければ
いけないなどという決まりもない。

あるからつい乗る、乗るからつい
走れるだけ走る、そんな無思慮は
振り返ってみると非常に賢くない。

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2011/08/08

自分の鼓動を聞くには耳を塞ぐといいのだろうか

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しかし行動に対するセルフチェックは、なかなか難しいものだ。
人間には自分に矛盾がないと思い込んでしまう性質があるから。

たとえば蛮勇は臆病と同じくらい行動を制約するものだけれど、
行動せずには落ち着かない自分とか動き出せずにいる自分には、
大した嫌悪感など抱いたりしないものだ、普通の人であるなら。

でも自分が抱える不満や不安や焦りや苛つきなどの根底に実は
自己矛盾が常に存在し続けていて結果として自分を苦痛に陥れ
ているコトに気付き深掘りするのは自己破壊にも繋がりかねぬ。

だから大概にして自分の周囲の環境だとか自分が置かれた状況、
さらにはその状況や環境を作り出した他者の存在を槍玉にして、
怒りや不満を抱くようにするコトで自分を守ろうとしてしまう。

そんな自分の中の自己保全的な動機は、どうすれば聴けるのか。

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2011/08/07

目を瞑ると瞼の裏が見えてくる

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しばしば、記憶のセルフチェックをやっているような気がする。
シャワーや風呂など、特にアタマを使わないで済むようなとき、
思い付くまま記憶の芋蔓を手繰り寄せて、思い出していく感覚。
また他人の言葉からの連想で自分のコトを思い出したりもする。
そうして忘れかけていたモノゴトを思い出すコトも少なくない。

しかし記憶を掘り返す作業は、ときには厭な思い出にも繋がる。
誰にも見られず一人でいる場面などは可能な限り禁忌も避けず、
連想に連想を重ねたりしているから、そういうケースも増える。
自分で思い出しておきながら、自分で不意打ちを食らった気分。
キモチに繋がる部分の自己管理は、なかなか難しいものである。

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2011/08/06

自称逸般塵の不通の日記(285) 七夕飾りを遠くに眺め

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急に暑くなった日などには蛇口から出てくる水が冷たく感じたりする。
あたかも1~2日前の水温が上水道を経て伝わってくるような気がして。

外での仕事を終えて夕方近くに帰ってくれば駅前の商店街は七夕祭り。
それと入れ違うかの如く金曜は外の仕事で土日は実家へ向かうという
予定になっているのは明確に認識していたワケではないが混雑回避か。

帰宅してデータ整理をしていたらPCが不調で固まったり再起動したり、
何故か勝手にスリープしたりという有様だったので買い出しの予定を
先送りして対応していたものの気付けば深夜になってしまったりして、
憂さ晴らしを兼ね近所を三輪車で走ってきたら例によって大汗かいた。

とはいえ昨年のように熱帯夜が続いているワケでもなく深夜になれば
全開にした窓から少しは涼しい空気が入ってきて過ごしやすくはある。
昨年のように大量の仕事が入ってるワケではないので財布も涼しいが。

人の集まるトコロに好んで行かないから貧乏を脱出できないのかなと
思ってみたりもするけど笹の葉に短冊吊って書くほどの期待感もなく。

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2011/08/05

自称逸般塵の不通の日記(284) 刀折れ矢尽きて帰って寝た日

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なかなか見掛けなかった夏らしい雲が流れ流れて通り雨になった日、
例によって外で仕事をしていたら、ノートPCと無線で繋がっている
キーボードの、マウスの、ヘッドセットの、電池が、相次いで全部
充電切れで、予備電池もなく手も足も出ない状態になってしまった。

おまけに仕事をしていた喫茶店は節電なのか暑さを隠すコトもなく、
朝からなかなか上がってこなかった集中力は一気に押し下げられた。
こんなとき、やる気を無理に引き上げて仕事しても精神力と時間は
大半が無駄に費やされてしまうばかりだから、むしろ諦めた方が楽。

早めに帰宅して憂さ晴らしに近所を夕方のサイクリングと走り込み、
帰ってきたら何か疲れて寝てしまって深夜、起きて翌日の準備など。

日付が変わる頃にザーッと降った通り雨が涼しい空気をくれたので、
まずは何か食って勢いつけて寝る前のコトを片付けてしまうつもり。
たまにはいいさ、少しくらい遅い時間に寝るコトになったりしても。

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2011/08/04

公衆街道まっつぐ行けば何処へ往く

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今あなたが口にしている肉、それは大陸の地下に眠っていた化石水を絞り出すことで灌漑され栽培された遺伝子組み換えトウモロコシを飼料に育った家畜が、遠い途上国の貧しい農民から取り上げた土地に大資本が作り上げた食肉工場で解体され真空パックされ、石油をガンガン焚く動力で運ばれ(温度も保たれ)、低賃金労働者が調理して、ようやく消化され栄養になろうとしている。だから有難く頂きなさい。

今あなたが求めている「○○ならば安全」だとかいう基準、それは誰かの生命を冷徹に計算するコトで作り出されるもので、今まだ計算する材料が足りなくて決められないような場合には、今いる誰かの生命も材料に加えるコトになるんじゃないかな。少なくとも、注文をつけて文句を言うだけでなく、積極的に知恵を出していった方が、モノゴトは早く進展するというものだ。不安には立ち向かった方が得策さ。

今あなたが生活している日本という国家枠組みの中でアタリマエとされてきた安全だの安心だのといったのは、その多くが戦後半世紀くらいのヒトビトが共同幻想するコトで作り上げられた神話の一つに過ぎず、ある程度以上のヒトビトが不信感を口にするようになれば簡単に壊れてしまうものなので、思ったコトをそのまま吐き出すのも一種の責任を伴う。逆に黙るのも同様。結果も含めて勝手次第という次第。

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2011/08/03

自称逸般塵の不通の日記(283) 道具を運用するコトについて考えた日

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さてそんな三輪車の件について。ここしばらくパンクとの格闘だった。
仕事や所用の合間に作業していたが、台風や戻り梅雨の涼しい期間で、
その点は助かったのだけど、自転車置き場は完全に屋外だもんだから、
雨が降ってホイールを外したり装着するなどの作業を見送ったコトも。

最初のパンクはタイヤが摩耗しきったのが原因だったから思い切って
細身のタイヤとチューブに入れ替えるコトにしたのだけど、交換して
試運転して安心したのに、翌日気付けば空気が抜けてた、という状況。
タイヤ交換なんて20年振りだから下手をしたものかと思い気をつけて
再び修理して試運転して大丈夫そうだったのに、また翌日にはパンク。

作業が下手でチューブを傷つけた、のではないような、気がしてきた。
直後に1~2kmくらいは近所を走ってきて、圧力に大きな変化がないと
確認してきているのに、数時間か十数時間でパンク状態になっている。
そしてパンク箇所はリムに面した内側ばかりで、いずれもピンホール。

そこで今度は少し低い圧力に留めて2~3日、置いてみれば平気だった。
タイヤとチューブが高圧対応だからと高い圧力を掛けていたのだけど、
その空気圧で安全に運用するためには、別の何かが足りなかったのだ。

そこで二度目のパンク時点から気懸かりだったリムテープに着目した。
さほど高い空気圧を想定していない普通の自転車用のホイールだから
安い工作らしくスポークのニップルが突き出していて薄いゴム紐状の
リムテープ越しに等間隔の突起が見えるような状態になっている始末。

再び自転車屋に寄って厚手のリムテープを調達、もともとあったリム
テープの上に重ねて巻き付け、その突出を覆い隠すようにしてやった。
そうして同じく新たに入手した圧力計で調べながら例によって試運転。

7気圧近くまで対応というタイヤに、ひとまずは5気圧程度まで詰めた。
試運転を終えて帰宅した時点で測定すると0.1~0.2気圧の圧力低下で、
その翌日の夜の測定でも同程度の減少だったがパンクは生じていない。
ひとまずリムテープ重ね貼りは一定の効果を発揮しているとみて良い。

圧力減少が早いような気もするが、減り具合は安定しているのも事実。
このくらいの圧力では、このくらいの減り具合が普通かもしれないな。
当分は、小まめに圧力計でチェックしながら使っていくコトにしよう。

ここ暫く続のトラブル対応のおかげで道具も揃ったし作業にも慣れた。
またパンクしたとしても簡単に直せるのだし、別のトラブルが出ても、
そんなに苦労するコトもなく修理をして、乗り続けていけると思うね。

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2011/08/02

自称逸般塵の不通の日記(282) 近所の子猫の後日談

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仕事を休みにした月曜日、前日の深酒が残っていて体調イマイチ。
曇り空で気温は控え目、でも雨が降るほどではないという好都合、
しばらく仕事に追われたりして手を着けていなかった三輪車整備。

ホイールを取り外すためにアパートの下の駐輪スペースに出たら、
道路向うのアパートの駐輪スペースに、いつもの子猫たちがいた。
今日は寄ってこないが相変わらず人間の活動を気にしている様子。

通りがかった人が、子猫に気付いて足を止め、目を細めて眺める。
吠えかかったり、棒で叩こうとする存在ばかりではないのだけど、
でも人間は危険をもたらすコトもあるとは、きっと学んだはずだ。

まあ少なくとも、レンズを向けられても怖くないとは知った模様。

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2011/08/01

自称逸般塵の不通の日記(281) 涼は納めたのか

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どうせ長くは続かないけれども暑さが一段落してくれて助かった。
遅れていた仕事を片付けたら仕事仲間から誘われていた飲みの席。
納涼と称して企画したのが涼しい日というのは実に皮肉なハナシ。

夕方から深夜まで飲んで金欠に拍車が掛かってフラフラになって
間違えて手前の駅で降りて歩いて翌日ぐったりするくらいなんて、
かなり久し振りのコトだけど、毎度毎度こんなのでは大変だよな。

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