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2011.08.09

「なじみの未知」を探すには行けるだけ行ってみるのが早道か

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たまに普段と逆方向に道を往くと、
見慣れぬ景色に驚かされたりする。
夜昼雨晴春夏秋冬気分にても違う。
同行者や移動手段にも左右される。

そう、三輪車があるからといって、
歩いてはいけないワケでもないし、
必ずペダルを全力で漕がなければ
いけないなどという決まりもない。

あるからつい乗る、乗るからつい
走れるだけ走る、そんな無思慮は
振り返ってみると非常に賢くない。

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考えてみれば自転車と自動車の運転ポリシーは大きく食い違う。
ついでに歩行者としての移動ポリシーもまた違った内容である。
いわゆる「ハンドルを握ると性格が変わる」的な状態であろう。
最も荒いと感じられるのは、何といっても自転車に乗ったとき。

自動車の運転については昔かなり自己矯正したし、多種多様な
車種を運転する中で“車なり道なりの運転”が身についてきた。
自分の足に関しては車種など一種類だけだが能力の制約があり、
ちっとは様々な条件下で歩いてきたので、やはり“足なり”だ。

ところが自転車(というか三輪車)に乗るのは約10年振りであり、
まだペダル漕ぎ再開10カ月だから勘所が掴めていないのだろう。

しかしこんな感覚いずれ落ち着くはずだから、今は自分なりに。

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